第三百五十六話:そうだ、海に行こう
第二部第十三章、開始です。
あちらの世界での問題事も一応の解決を見せ、私は家に戻っていた。
今の季節だと、闘技大会が開かれているが、ここ最近は、ほとんど触れることはなくなってきた気がする。
まあ、私は出禁みたいなものだし、お姉ちゃんやお兄ちゃんも同じようなものだからね。
他に知り合いが参加するだとか、以前のように、結界魔道具が壊れて代役を務めてくれとでも言われない限り、もう行くことはない気がする。
そう言うわけで、家で冷風が出る魔道具の前でダラダラとしながら、日頃の疲れを癒していた。
「ハク、お客さんだよ」
「あ、うん、今行くよ」
と、そんな時にユーリからそう声をかけられる。
誰だろうと思って玄関まで行くと、そこにはサリアの姿があった。
「サリア、いらっしゃい」
「遊びに来たぞ」
「とりあえず、上がって上がって」
学園を卒業して以来、クラスメイト達と頻繁に会うことはなくなってしまったけど、サリアは割と会っている方だと思う。
卒業直後は、よく一緒に旅行に出かけたりもしていたしね。
まあ、最近は、魔導船の時に少し会ったくらいで、そこまで頻繁には会っていなかったけど。
「ハク、また旅行行きたいぞ」
ひとまず自分の部屋に案内して、お茶を出すと、サリアはそれには目もくれずにそう言ってきた。
まあ、ここ最近は確かにそこまで旅行はしてなかったからね。
一応、それっぽいことはしたけど、あれはあくまで、材料探しのついでであって、旅行が本命というわけではなかった。
サリアとしては、もっとがっつり遊びたいんだろう。
「そうだね。どこか行きたい場所はあるの?」
「ハクに任せるぞ!」
「そ、そう……」
旅行できれば何でもいいって感じかな。
とはいっても、候補がないと少し困る。
なにせ、国内はもちろん、近隣国の主要な観光名所は大体行ってしまっているからね。
その中から、特にもう一度行きたいって場所があるならともかく、そう言うのがないとなると、もう一度行っても感動は半減するだろう。
もちろん、観光名所だけあって、みんな素晴らしい場所だから、損をするってことはないと思うけどね。
とはいえ、できることなら新しい場所に行きたい。どこかいい場所はあっただろうか?
「観光名所以外となると……」
ぱっと思いつくのは、冒険者として依頼を受けたり、あるいは未開拓地域に行ってみたりってところだけど、それは旅行とは言えないだろう。
一応、サリアの戦闘力はそれなりに高い。闇魔法においては、今まで見てきた人の中ではサリアが一番強いと言えるだろう。だから、もし魔物に襲われるようなことがあったとしても、何とかはできると思う。
でも、それはなんか違うよね? 狩りをする、って言うのは一種の娯楽としてありかもしれないけど、どちらかというと、もっと遊びに近いものをやりたい気がする。
「なら、海に行くのはどう?」
「海?」
ふと、部屋に入ってきたユーリがそんなことを言ってきた。
海、となると水着になって遊ぶってことか。確かに、今は夏だし、ちょうどいいと言えばちょうどいいかもしれない。
ただ、この世界には、水着になって海で遊ぶという習慣がない。
海は漁をする場所、あるいは交易をする場所というイメージが強く、また、強い魔物がいるイメージも強いので、裸同然の格好で海に近づきたいと思う人はいないわけだ。
そう言う意味では、水着で遊ぶのは危険じゃないかとも思うけど、強い魔物が出るのは、もっと沖の方であり、浅瀬に出没することはほとんどない。それに、仮に出現したとしても、私達ならどうとでもなる。
不意打ちが怖いなら、結界で魔物の攻撃だけを弾くように設定しておけば問題ないし、海で遊ぶというのはなかなかありな気がしてきた。
「海で何するんだ?」
「えっと、泳いだり、砂浜で砂遊びしたりって感じかな」
「それって楽しいのか?」
「楽しいとは思うよ。涼むこともできるしね」
サリアは、興味が出てきたのか、目を真ん丸にしながら顔を寄せてくる。
ユーリも割と乗り気なのか、海辺で遊ぶことの素晴らしさを語っていた。
しかし、水着か。私も、海に行ったことは何度かあるけど、遊ぶ目的で行くのはこの世界だと初めてかもしれない。
あちらの世界でなら、普通に楽しんでいたけどね。
少し沖の方に行ったら、クラゲがたくさんいてビビったのは覚えてる。
「ハク、僕海に行きたい!」
「それじゃあ、今度の旅行は海にしようか」
「やったー!」
笑顔を見せるサリアに、私も少し嬉しくなってくる。
しかし、海に行くとなると、色々と準備が必要だ。
この世界だと、水着を着るという習慣がないから、そもそも売ってない可能性が高いし、泳げそうな浜辺も、特に整備はされていないだろう。
それらの調達と場所の選定をしないと、安全な旅行にすることはできない。
まずは、そのあたりから始めて行こうか。
「なあ、いつ行く? 今日か?」
「流石に、まだ準備ができてないから、もう少し待ってね」
「むぅ、わかった」
もう楽しみで仕方ないのか、うっきうきの様子のサリアを宥め、準備ができたら改めて連絡するということにして、今日のところは我慢してもらった。
サリアが帰った後、さっそく、準備に取り掛かる。
まずは水着だ。
基本的な構造は何となくわかるけど、手作りするとなると、ちょっとハードルが高いような気もする。
一番楽なのは、あちらの世界に行って、買ってくることだけど、それでいいだろうか?
なんか、帰ってきたばかりでもう一度行くのは、なんとなく申し訳ない気持ちがあるんだけど。
「私が作ってもいいけど、どうする?」
「ユーリ、水着なんて作れるの?」
「作り方は知らないけど、裁縫くらいならできるよ」
まあ、なんとなくの形は頭に入っているわけだし、布をそれっぽく切って、縫い合わせれば、一応水着にはなるのか?
……いや、それだと不慮の事故が怖い。遊んでいる最中に、ぽろっと取れちゃいましたじゃ、私が困る。
正確には、私は別に見られても構わないけど、他の人のを見ることになるのは少し気が引けるってだけだけど。
うん、ここはやはり、あちらの世界に買いに行くのがいいだろう。
正確なサイズを聞いていなかったけど、それくらいなら、フリーサイズの水着とか色々あるし、いくつかのサイズを買っておけば問題ないと思う。
「それにしても、私が水着を着ることになるのか……」
言ってて思ったけど、一緒に遊ぶ以上は、私も水着にならなければならない。
もはや、男だったことはそこまで気にしていないけど、それでも、女性ものの水着を着なくてはならないのかと少し罪悪感がある。
最悪、私は普通の服を着てるのでもいいかもしれないけど……流石にそれはだめだよね。サリアが悲しみそうだ。
「ふふ、ハクの水着、楽しみにしてるよ」
「そんな大層なもんじゃないからね?」
からかうユーリをしり目に、ひとまずあちらの世界に行く算段をつける。
あ、でもその前に、お姉ちゃん達も行くかどうか聞いておいた方がいいかな。
今のところ、行くのはサリアとユーリ、そしてエルとなりそうだけど、せめて家の住人にくらいは聞いておかないと、何を言われるかわからない。
そう思って、私はまず、話を聞きに行くことにした。
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