第三百五十五話:異世界に帰還して
翌日。私は、あちらの世界に帰るために、準備を整えていた。
昨日、帰ってから、一夜に明日帰る旨を伝えたが、時刻はすでに夜遅く。あまりに報告が遅いということで、怒られてしまった。
一応、もしかしたら明日帰ることになるかもしれないとは言っておいたんだけど、それじゃダメだったらしい。
一夜としては、ショッピングしたり色々したかったらしいのだけど、まあ、今回は諦めてもらうしかないね。
代わりに、次こそは異世界に連れて行ってねと言われてしまい、今からどうしようか悩んでいるところである。
大丈夫だとは思うけど、うーん……。
「何なら今回連れて行ってくれてもいいんだよ?」
「それはダメ」
帰るための待ち合わせ場所は、アパートである。
以前までなら、わざわざ山まで行って、そこから帰っていたけど、私が直接転移魔法で移動できるとわかったので、わざわざそこまで行く必要がなくなったわけだ。
だからと言って、山の魔法陣が必要なくなったかと言われたらそんなことはなくて、私がいない時に、ダンジョンの魔法陣を利用して移動する際や、こちらの世界から、転生者の力を借りて移動する際には普通に使うので、まだ残しておく必要はある。
あれを使わないのは、私だけの特権ってわけだね。
見送りには、一夜が来てくれている。
同期の三人も来たがっていたけど、今日がそのテストの本番ということで、来ることはできなかったようだ。
とても悔しがっていたけど、逆に言えば、次来る時はテストは終わっているはずなので、目いっぱい遊ぶことはできるだろう。
結局、今回はコラボもしなかったし、その時は、きちんとお相手してあげたいね。
「ハク、見てよこれ、めちゃくちゃ好評よ!」
「はいはい……」
私はすでに準備万端。後は、ローリスさんが出てきてくれたら、すぐにでも出発できるのだけど、ローリスさんは未だにパソコンに釘付けである。
どうやら、昨日の間に編集させていた新作が出来上がったらしく、それを投稿したら、かなりのコメントを貰えたようだ。
もはや、昨日襲われたことなどすでに忘れていそうな雰囲気。いや、実際忘れてるんだろうな、なんとも可哀相なことである。
ちなみに、放り出したサイレンス達だけど、すでに撤収したらしい。
サイレンスはともかく、黒服達はそこまで大胆な罰を与えたわけではないので、気が付いたならすぐに帰るだろうとは思っていたけど、無事で何よりである。
まあ、サイレンスに限っては、無事とは言えないかもしれないけどね。
今後二度と暗殺家業できないと考えると可哀そうだけど、まあ、快楽殺人犯みたいだし、仕方ない措置である。
信之さんには、しっかりと対応してもらいたいところだね。
「配信はまたこっちに来た時にしましょう。このままだと、いつまで経っても帰れません」
「えー……。ねぇ、ハク、あっちの世界でもパソコン使えるようにならない?」
「無茶言わないでください」
パソコンの電源を入れるくらいだったらできるかもしれないが、流石にネットを繋げるのは無理である。
もしできるとするなら、それはもはや神様の所業だろう。
私も一応は神様もどきなんだから、できるんじゃないかと思わないこともないけど、仮にできたとしても、そのためだけに異世界にネットを繋ぎたいとは思わない。
というか、できてもそんなことやってる暇ないでしょあなたは。
「仕方ないわねぇ。今回はここで引き下がるわ」
「初めからそうしてくださいよ」
「あんた達、私がいない間、しっかりとチャンネルを盛り上げるのよ」
「「「おー!」」」
転生者達もノリノリである。
仕事に支障をきたさなきゃいいけど……まあ、そのあたりは正則さんが何とかしてくれるか。
パソコンを転生者達に預け、ようやく外に出てきてくれる。
さて、これで準備は整った。
「それじゃあ、一夜。またしばらくしたら来るから、それまで待っててね」
「うん、わかった。次来た時は、異世界に行けるように鍛えておくね」
「それは頑張らなくていいけど……」
まるで、次回は連れていくのが確定しているかのような言い草である。
検討はしてるけど、決まったわけではないからね?
ローリスさんの方も、転生者に別れの挨拶を済ませる。
念のため、少し距離を取った後、ローリスさんの手を掴んで、転移魔法を使用した。
一瞬の後、景色が移り変わる。そこは、城の一室。私がローリスさんに会いに来た時に案内された、応接室だ。
ローリスさんを送っていくために、ヒノモト帝国を選んだけど、よくよく考えたら、応接室はちょっと危なかったかもしれない。
もしかしたら、誰かいたかもしれないのだから。
「ふぅ、帰ってこれたわね。ハク、お疲れ様」
「ローリスさんもお疲れ様です。体に異常はありませんか?」
「大丈夫よ。ああでも、ようやく服を脱げると思うと開放感が違うわね」
そう言って、ローリスさんは着ていた服を脱ぎ始める。
元々、ローリスさんは、裸で胸にサラシを巻いているだけという格好がデフォルトだったが、流石に、あちらの世界でそれは色々な意味でやばすぎるので、体を隠すために服を着ていた。
それが、ローリスさんにとっては割と苦痛だったらしい。
元が猫とはいえ、もう全裸に慣れ過ぎて羞恥心とかどこかに置いてきてそうだな。
「陛下、お帰りなさいませ」
「あら、ウィーネ。ただいま、大事なかったかしら?」
「問題ありません」
そうこうしていると、扉が開いて、ウィーネさんがやってきた。
随分とタイミングがいいけど、まさか戻ってくるタイミングを予知していたのだろうか?
いや、流石にそれはない。私がいつ転移するかなんて読めないだろうし、場所だって特定できないはず。
となると、転移魔法のわずかな魔力のずれを感知したってことだろうか。
ウィーネさんも転移魔法を使えるし、そこらへんが敏感なのかもしれない。
「そちらの問題は解決できましたか?」
「一応ね。みんなで配信者になることにしたわ」
「……なるほど、それはいい考えですね」
一瞬遠い目になったが、特に突っ込まずに、同意を示した。
それでいいのか、ウィーネさん。下手したら、この皇帝もはまりすぎて戻ってこなかったかもしれないんだぞ。
「詳しい話は、お茶でも飲みながら。今ご用意します」
「よろしくねー」
そう言って、下がっていくウィーネさん。
なんか、後から考えると、正体がばれそうになったからと言って、それを配信者になることによって誤魔化すっておかしな話だよね。
いやまあ、記者に目をつけられたり、色々とやむを得ないこともあったけども、転生者達に、余計な仕事を増やしてしまったようでちょっと申し訳ない。
特にケントさんは、そんなに乗り気でもなかったのに、リーダーみたいな役割をさせられたのは可哀そうだったな。
まあ、嫌ならそのうちやめると思うけど、どうなることかね。
後は、ローリスさんとの因縁が少し解決できたのもよかったかな。ほとんど偶然だけど、因縁の相手に復讐できたのは正則さんとしてもよかっただろう。
一応、まだローリスさんを殺した犯人は他にもいると言えばいるけど、またうまい具合に捕まらないだろうか。
「話すことがいっぱいだね」
今回は、お兄ちゃん達を連れていくことはなかったので、事情を説明するためにも、少し話を整理しておかなければならない。
たった二週間ちょっととはいえ、無断でいなくなったから、少し心配だけど、まあ、何とかなるだろう。
そんなことを考えながら、まずはウィーネさんに報告をするのだった。
感想ありがとうございます。
今回で第二部第十二章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第十三章に続きます。




