第百十話:護衛依頼
時たま街中で王子と出会う以外は特に何事もない日常が続いた。
あの時は偶然と思っていたけど、王子ってそこまで外出するものなのだろうか? 会う度にお茶に誘ってくるし、もしかしたら私と会うために狙ってうろついているのかもしれない。
まあ、せっかくだからと誘いに乗る私も私だけど、多分そのせいで勘違いさせてしまっている気がする。
でも、別に今のところ付きまとわれて鬱陶しいってわけでもないし、疎遠になりたいわけでもないんだよね。何というか、確かに私の下に来るは来るんだけど、ちゃんと節度を守っているというか、無理には誘わないし、一度誘った後はちゃんと日にちを開けてくれる。私のことをちゃんと考えてくれていると思うと、無碍にするのもなんだかなぁとか思ってみたり。
おかげで最初の時よりもだいぶ王子の印象はよくなった。もう男友達って言えるくらいには距離を縮めたと思う。これ以上は進展しないけどね。
「……よし、今日はいないね」
今日はギルドへとやってきている。スコールさんに呼び出されたのだ。
前回の決闘事件があってから、私はギルドに近寄っていない。あれで満足してくれたならいいけど、また何かの拍子に決闘など挑まれたらたまらないからね。
今日はスコールさんの呼び出しがあったから仕方なく来たけど、探知魔法を使ってアグニスさんがいないのは確認した。満足したのか諦めたのか、たまたまかはわからないけど、とにかくいないなら何でもいい。手早く話を済ませてしまうとしよう。
「そんなに警戒しなくても、多分大丈夫だと思うよ?」
一緒にやってきたお姉ちゃんが私を見て呆れたように笑っている。
そうは言っても、私は好き好んで戦闘しようとは思わない。確かに新しく開発した魔法の試し撃ちができるのはありがたいけど、それは必ずしも決闘しなければならない理由にはならないわけで、そもそもあんなに強い人が相手だと考えて撃ってる暇があんまりないから試し撃ちには向いてない。
実践の訓練にはなるだろうけどね。というかなった。
「あの戦闘狂とはもう会いたくないです」
「まあ、気持ちはわかるけどね」
お姉ちゃんはアグニスさんの事を知ってるのだろうか。同じAランク冒険者みたいだし、何かしら繋がりがあるのかもしれない。
ともかく、心配しながらギルドに入ると、酒場でくつろぐ冒険者達の視線が私に注がれる。
見られるのはいつも通りなんだけど、何というか今日は視線が多い気がする。特に何かしてくるというわけではないんだけど、とにかく見てくる。
な、なに? 私何かした?
居心地の悪さを感じながら階段を上がり、ギルドマスターの部屋へと辿り着く。ノックして中に入ると、いつもの執務机の前にスコールさんが座っていた。
「やあ、よく来てくれたね。まあ、まずはかけてくれ」
スコールさんが向かいの席に座り、私も言われるがままに席に着く。
最初は身長が足りずに座るのも苦労したソファではあるけど、慣れればどうということはない。
足をぶらぶらさせながら深く座ると、お姉ちゃんが隣に座った。
「実はハクさんに指名依頼が入っています」
「指名ですか。誰からですか?」
「アルト・フォン・オルフェス第一王子だ」
「おぉ……」
Bランク以上の冒険者は指名依頼を受けることがある。指名の場合は別途料金がかかるが、指名依頼は割と多い。
例えば見知った仲だからとか、依頼に最適な能力を持っているからとか、男性ではなく女性を雇いたいからだとか、理由は様々だ。
今回の様に国の要人からの依頼というのもその一つ。王子様の名前を聞いてちょっとびっくりしたけど、私は顔見知りだし、指名依頼をしても何ら不思議ではない。
「それで、内容は?」
「近日中に隣国ゴーフェンの首都オルナスへ向かうため、その護衛をしてほしいとのこと」
隣国というと、今外壁を修理してる錬金術師達を派遣してくれた国だね。
何か重要な打ち合わせでもあるのだろうか。
「期間と報酬は?」
「およそ一か月。報酬は金貨100枚だそうだ。受けてくれるかい?」
「まあ、王子様の指名とあれば受けるしかないですね」
王子には最近お世話になっているし、わざわざ指名してくれたのだから受けなければ失礼だろう。別に国からの指名依頼だからと言って必ずしも受ける必要はないけれど、今回は受けてもいいと思う。どうせ学園が始まるまで暇だし。
「ありがとう。ではそのように返答しよう」
「はい、お願いします」
元々受ける前提で進めていたのかとんとん拍子に話は進み、五日後に出発する運びとなった。
割と早いけど、隣国まで行くのに行きは転移陣を使っていくらしい。転移陣は満月の日にしか使えないからこの日になったようだ。
あの転移陣が使えるのか、ちょっと楽しみかもしれない。
「それで、サフィさん、君を呼んだ理由をお話ししよう」
ここで、先程から空気だったお姉ちゃんに話が向けられる。
ただ指名依頼を受けるだけだったら指名された私だけが来ればよかった話だからね。お姉ちゃんまで呼んだってことは、お姉ちゃんにも何か頼みたいことがあるってことなのだろう。
「もう一つ依頼を預かっていまして、サフィさんにはそれを受けていただきたいと思っています」
「へぇ、どんな依頼なの?」
「アルト・フォン・オルフェス王子の護衛です」
「ふーん?」
あれ、それだと私と同じってことになるのでは?
「実はこれを依頼されたのはバスティオン国王陛下でして、優秀な冒険者を二人ほどつけて欲しいと言われています」
なるほど。元々王様が護衛を頼むつもりだったけど、王子がそれを知らずに自分でも依頼をしてしまったってことかな?
でも、だったらギルドも同じ依頼があるって言えばいいのに。別々の依頼になればそれだけ報酬も上がるからその方がギルドとしては美味しいだろうけど、そういう理由なのかな?
「受けてくださいますか?」
「もちろん、久しぶりにハクと一緒に依頼を受けられるしね」
そう言って私の頭を撫でてくる。
確かに、最近離れ離れで依頼をすることが多かったからね。正式に決めたわけではないけど、私とお姉ちゃんはもうパーティのようなものだし、一緒に依頼を受けられないのはちょっとしたストレスだった。
依頼が別々なのは気になるけど、実質同じ依頼だし、何の問題もないね。
「一人はサフィさんでいいのですが、もう一人が問題でして……」
すんなり決まったと思いきや、スコールさんは浮かない顔をしている。
どうしたんだろう?
「現在、このギルドにいるBランク以上の冒険者はハクさんとサフィさんともう一人しかいません。陛下からの依頼である以上、こちらとしてはその方に頼むしかないのですが……」
ギルドマスターがちらちらと私の方を見てくる。
王様が優秀な冒険者をって言っているのだから、誰とは言われなくても指名依頼となる。となると当然Bランク以上の冒険者でなければならない。
このギルドに現在いるBランク以上の冒険者は私とお姉ちゃんとあと一人しかいないと。そして、その一人には心当たりがある。
お姉ちゃんと同じAランクで最近戦った気がする戦闘狂、アグニスさんだ。そう、もう二度と会いたくないと思っていたあのアグニスさんだ。
「…………」
「その、ハクさんには大変申し訳ないのですが……」
「い、いや、待って、ミーシャさんはダメなんですか?」
確かミーシャさんはBランク冒険者だったはずだ。アグニスさんのイメージが強すぎてパッと思いつかなかったけど、先日注文したものが届いたと嬉しげに語っていたからまだ王都にいるはずだ。
ミーシャさんならば気心も知れているし、多少私とお姉ちゃんを崇拝しているところがあるとはいえ全然問題はない。
ギルドマスターが冒険者の所在を確認していないわけはないし、なぜわざわざミーシャさんを外したのだろうか。
「ああ、彼女は日帰りか長くても一週間程度の依頼しか受けないんです。親に心配かけたくないとかで」
……そういえば週に一度は家に顔出してるとか聞いたような気がする。
今回の依頼は一か月くらいかかるもの。条件からは外れている。
一応、確認はしたんだろう。でも、断られたから候補から外したんだと思う。
恐らくサクさんもダメだったんだろうな。というか、サクさんはすでに冒険者ではないから把握していないのかもしれない。
問題児とはいえ、Aランク冒険者のアグニスさんは理由を適当にでっち上げればついていってくれるのは確定していたし、それによって多少私と揉めるかもしれないけど、私なら断らないと思ったに違いない。
最近はギルドの依頼を受けていなかったという負い目もあるし、お姉ちゃんと一緒の依頼なら喜んで受けているだろう。私のことをよくわかっている。
「そういうわけで、他に頼む人もおらず、ほぼ決定事項となります」
だろうね。王様からの依頼だもんね、下手な人材は出せない。
これがまとめて一つの依頼だったら私とお姉ちゃんの二人でよかったけど、別々の依頼になったことによって余計に一人捻出しなくてはいけなくなった。まさかそれでこんな結果になるとは……。
「……はぁ、わかりました。それでいいです」
「申し訳ありません。ありがとうございます」
依頼を取り下げることもできないだろうし、もう決まっていることなのだからいまさら暴れたところでどうしようもない。
護衛依頼なのだから、アグニスさんも余計なことはしないだろう。そう信じるしかない。
お姉ちゃんと一緒に依頼が受けられると思って浮かれていたのが一転、私は深いため息を吐くことになった。
感想ありがとうございます。