第三百五十三話:実力差
サイレンスが向かったのは、正則さんの家の近くだった。
獲物が正則さんの関係者である以上、正則さんの家の近くで待つのは間違っちゃいないが、あからさま過ぎないだろうか?
途中、スマホで誰かに連絡していて、しばらくすると黒服達がやってきたから、同じように、囲んで叩くつもりなんだろう。
暗殺者という割には、ちょっと堂々としすぎている気がしないでもないが、まあ、普通の人なら囲んで殴れば勝てるよね。
それはともかく、例の二人組とは誰のことだろう。
ぱっと思いつく限り、二人組と形容できそうな人はなかったように思えるけど。
もちろん、私は正則さんの家に行ったわけでもないし、関係者も全然知らないから、わからないけども。
「……あれ? この気配は……」
辺りはすっかり暗くなり、道に設置されている電灯と月明かりが光源となってきた頃、ふと、見知った気配が近づいていることに気が付いた。
こちらの世界には、魔力が存在しないため、普通に探知魔法を使うだけでは、何も映らない。
しかし、こちらの世界でも魔力を持つ者には反応するため、特定の人を探知するだけだったら普通に使える。
この気配は、まぎれもなく、ローリスさんのものだった。
「こんな時間になんでこんなところに……」
普段、ローリスさんは正則さんの家に泊まっているはずである。
だから、正則さんの家の道中であるここを通るのは間違っちゃいないが、いくらなんでも遅すぎないだろうか?
いくらフードで顔を隠しているとはいえ、小さな子が夜に一人で出歩いていたら、下手したら職質される可能性もある。
ローリスさんとて、私達の存在が警察にばれることが問題なのは十分わかっているはずだし、それを考えれば、もっと早い時間に移動するとか、あるいは迎えをよこしてもらうとかするはずである。
それなのに、一人で歩いている。しかも、目視で確認できるところまで来てからわかったが、鼻歌まで歌っている始末である。
これ、多分、動画がうまくいって、上機嫌なんだろうな。
私が考える時間が欲しくて転移で帰らなかったように、ローリスさんもその余韻に浸りたくて一人で帰っているのかもしれない。
いやまあ、最悪その身体能力で逃げることは可能だと思うけど、不用心すぎる。
「……ん?」
「おっと、ちょっといいかい、お嬢ちゃん」
ローリスさんが近づいてきたタイミングで、サイレンスが動き出す。
ローリスさんが狙い? と思ったが、よくよく考えれば、二人組というのはローリスさんとウィーネさんのことかもしれないと気づく。
確か、信之さんに、写真を見せられたことがあったし、間違いないだろう。
まさか、以前殺した相手が再び目の前にいるとは思いもしないであろうサイレンスは、にやりと意地の悪そうな笑みを浮かべながら、即座に黒服に周りを囲ませた。
「何よ、あんた達?」
「なあに、そんな大したものじゃない。そうだな、お嬢ちゃんにとっての死神とでも言っておこうか」
「死神ねぇ……」
勝ちを確信しているのか、サイレンスは笑みを崩さない。
だけど、流石にこれは相手が悪すぎる。
ローリスさんは、スキルの強奪と複製によって、多くの能力を持っている。
今の姿だって、【擬人化】によるものだしね。
その戦闘力は、私だって太刀打ちできないほどである。
いや、正確には、単に戦うだけなら多分勝てると思うけど、スキルの強奪をされると勝ち目がないって話ね。
以前も、色々スキルを奪われて襲われかけたし、ローリスさんだけは絶対に相手したくない。
そんな、私ですら相手したくないと思うような相手を、ただの人間が相手をする。……うん、まあ、勝てるわけないよね。
「あんた、どっかで見たことある気がするのよね」
「そりゃ光栄だね。でも、もう覚える必要はないよ。なぜなら……」
サイレンスは、服の袖からナイフを取り出す。
そうして、ローリスさんに襲い掛かった。
「ここで死ぬんだからね!」
「はいはい、そんな物騒なものはしまっておきましょうね」
「なっ!?」
飛び掛かった瞬間、サイレンスの手にあったナイフが消える。
勢い余って、ローリスさんに覆いかぶさる形になるが、ローリスさんは軽く首を小突いて、そのまま気絶させてしまった。
「……で、まだやる? 束になってかかってきてもいいわよ」
ローリスさんは、適当にサイレンスを放り捨てると、残った黒服達に向かって挑発する。
黒服達は、サイレンスが一瞬でやられたことに動揺したのか、一瞬動きを止めたが、すぐに襲い掛かってきた。
まあ、結果は見えているのだが。
「お疲れ様です」
「あら、ハク。いたの?」
「たまたまですけどね……」
全員気絶させたところで、隠密魔法を解除して姿を現す。
助けに入ってもよかったが、ローリスさんなら、この程度は造作もないだろうと思って、手は出さなかった。
実力差がわからないって、可哀そうだよね。
「この女、私を殺した奴よね。また殺しに来たわけ?」
「そうみたいですね」
「懲りないわねぇ……。ま、お父さんに手土産ができたと思えば、いいかな」
そう言って、私にこいつらを拘束するように頼んでくる。
どうやら、このまま家まで連れて行くらしい。
私も、今後の処遇が気になるので、適当に縄で縛り、ついて行くことにした。
「ただいまー」
「お嬢、お帰りなさい。……って、そいつらは!」
「ちょっと、道中で襲われたから、捻っておいたわ。お父さんに伝えてくれる?」
「わ、わかりました!」
正則さんの屋敷に着くと、門番に伝えて、すぐに正則さんを呼びに行った。
正則さんはすぐに来たが、流石に、十数人も置いておける場所はないので、庭に適当に放って、縁側で話をすることになった。
「で、こいつは一体どういうことだ?」
「それがね……」
ローリスさんは、先ほどあった出来事を伝える。
私も、隠密中に見聞きした出来事を話すと、正則さんは険しい顔でサイレンスのことを見た。
「まさか、また命を狙ってくるとはな」
「あの時はとても怖かったけど、今じゃ全然ね。筋が悪すぎるわ」
「裏の世界じゃ割と有名な奴なんだがな。まあ、そいつを手に入れられたことは喜ばしい。茜、よくやったな」
「えへへ……」
正則さんは、ローリスさんの頭を撫でる。
さて、黒服達はいいとして、サイレンスは生前のローリスさんを殺害した張本人。それは、ローリスさんの証言と、私の情報から明らかだろう。
復讐してやると言っていたけど、一体何をするつもりなんだろうか?
「身内がへましただけって言うなら、指を詰める程度で済むだろうが、こいつは一番やっちゃいけないことをやらかしたからな。できることなら、この手で惨たらしく殺してやりてぇところだが……」
「あの、殺すのは……」
「ああ、わかってる。殺すより、苦痛を与えて生かしてやった方がよっぽど復讐になる。だから、殺しはしない」
一体何をするつもりか知らないが、正則さんはにやりと口角を吊り上げる。
ローリスさんも、ワクワクしているかのようで、正則さんがどう動くのかを興味深い目で見ていた。
まあ、殺さないのなら、いいだろう。私としても、快楽殺人犯を何のお咎めもなしはだめだと思うし、ここは黙って見守ることにする。
その後、目を覚ましたサイレンスから、悲痛な断末魔が上がったのは言うまでもない。
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