第三百五十二話:偶然の出会い
その後、ローリスさんは、動画がそろそろできるかもしれないからと、その場を後にした。
まあ、トラウマを抱えることなく、今を楽しんでいると考えれば、いいことなのかもしれない。
他の転生者にも、軽く挨拶をした後、私は一夜のマンションへと帰る。
しかし、サイレンスか。写真で見る限りは、結構若そうな女性に見える。
こんな人が、平然と殺しをするのかと思うとちょっと複雑だけど、まあ、一応犯罪者だし、なくはないのかな。
もし会うことがあったら、まずは尾行して、根城を見つけ出す。
まあ、根城という意味では、信之さんの家がそれに該当するのかもしれないけど、今のところ、信之さんの家で会ったことはないし、別で家を持っている可能性が高い。
家を見つけられたら、忍び込んで情報を探し出し、信之さんが絡んでいるかどうかを確認する。
もし見つからないなら、直接問いただすってところだろうか。
サイレンスがどれほどの暗殺者なのかは知らないけど、私なら、恐らく対処は可能なはずである。
少なくとも、この世界の人達は、魔法は使えないはずだからね。それだけでも、十分すぎるアドバンテージである。
「まあ、そんなすぐに会えるはずもないから、しばらくは様子見になりそうだけど」
何の手掛かりもなしに、会えるとは思っていない。
それこそ、信之さんの家を張って、出入りを確認するくらいしないと会えないと思うし。
「……っと」
考えながら歩いていると、目の前の信号が赤になっていることに気が付いた。
危ない危ない、危うく車にぶつかるところだったね。
別に、帰るだけなら転移魔法を使えばいいんだけど、今は少し考える時間が欲しかったから、そのためにわざわざ歩いて帰っている。
結局、答えとしては様子見になりそうではあるけど、どうしたものかねぇ。
「……ん?」
信号が変わるのを待ちながら、ふと、辺りを見回してみると、信号の先に立っている、一人の女性に気が付いた。
見た目は、黒のスカートに黒のジャケットと、黒ずくめであり、かなり怪しい。
スマホをいじりながら、長い金髪をたなびかせ、少しきつめの目つきをしているその姿は、見覚えがあった。
そう、先ほどローリスさんに見せてもらった、サイレンスと呼ばれる女性、その人である。
「あっ……」
あまりの出来事にぽかんとしていると、信号が変わり、女性はこちらに歩いてくる。
スマホに夢中なのか、私のことなど見向きもせずに歩き去っていった。
「え、えっと、と、とりあえず尾行……!」
まさか、こんなにも早く出会うとは思っていなかったので、ちょっと思考が停止してしまった。
いったん人目のない場所に行ってから、隠密魔法で姿を消し、後をつける。
この方角は、信之さんの家の方角に近いだろうか。もしかして、信之さんの家に用があるのかな?
見つかる心配はほぼないと思うが、念のためちょっと距離を開けながらついて行くことしばし、ようやく女性が足を止める。
そこは、やはり信之さんの家だった。
「親父、邪魔するわよ」
「サイレンスか。何の用だ」
「ええ、前に言った件、ちょっとは考えてくれたかと思ってね」
そう言って、サイレンスは座布団にドカッと腰を下ろす。
対する信之さんは、険しい顔をしながら、立ったまま応対していた。
話を聞く限り、サイレンスは、とある人物を消したいらしい。
元々、その人物と信之さんは敵対関係にあり、今までにも、数々の妨害を受けてきた。
この先、黒馬組が発展するためには、その人物の存在は邪魔であり、であるなら、さっさと暗殺してしまって、楽になろうということのようである。
しかし、信之さんは、それに反対のようだ。
確かに、その人物がいることによって、黒馬組が妨害されているのは確かである。ただ、だからと言って殺してしまうのは、明らかに短絡的すぎるという判断のようだ。
その人物は、財界でも名の知れた人物であり、信之さんと表の顔で面識があるらしい。
二人の関係は、敵同士というよりは、ライバルのような関係であり、もし殺すとしたら、それは黒馬組が天下を取ってからの話だということらしかった。
「相変わらず考えが古いねぇ、親父は。そんなの、さっさと消しちまえばすぐにでも手に入るものだろうに」
「そうやって、すぐに結論を出そうとするのが貴様の悪い癖だ。茜の時もそうだ。貴様はただ、殺しを楽しみたいだけだろう」
「私は暗殺者、殺すことが仕事だ。私は要望通り、朝倉の奴を殺してやった。その過程で、ちょっと手が滑って娘の方もやっちまったが、結果はそんなに変わらないだろう。私のおかげで、奴は体調を崩し、結果として黒馬組は一歩先を行く形になった。何が不満なのか、私にはわからないね」
「確かに朝倉明海を殺せと言ったのは俺だ。だが、茜は、葵の数少ない友達だった。葵を悲しませるようなことをしておいて、結果は変わらないだと? ふざけるな!」
信之さんの怒号にも、サイレンスは怯まない。
話を聞いている限り、ある人物というのは、どうやら正則さんのことのようだ。
元々は、ローリスさんの護衛であるウィーネさんだけを殺すことが目的だったが、サイレンスの独断で、ローリスさんまで殺してしまった、ということだと思う。
そうなってくると、信之さんはローリスさんを殺すことを望んでいたわけではないっぽいね。
というか、ローリスさんが葵ちゃんと友達だったというのがびっくりだけど。
黒馬組と正則さんは、敵対関係にある。ただし、その娘同士が友達ってことは、明確に敵対していたわけでもなかったのかもしれない。
「とにかく、奴を殺すのは俺の仕事だ。貴様は俺の言われたことだけをしていればいい」
「つまんないねぇ。なら、何か命令をよこしなよ。最近何にもしてなくて暇なんだ」
「ならば、例の二人組を捕まえてこい。何者はかわからないが、重要人物である可能性が高いからな」
「ああ、あのちびか。もちろん、殺しちまっても構わないんだろう?」
「いいか? 必ず生かして連れてこい。これ以上の命令違反は、貴様の寿命を縮めることになるぞ」
「はいはい、わかったよ。つまらん依頼だ」
サイレンスは、やれやれと大げさに手を振った後、立ち上がって部屋を後にする。
信之さんは、その姿を険しい表情で見守っていた。
いくつかわかったことがある。
まず、ローリスさんを殺したのは、サイレンスの独断であるということ。
信之さんは、ウィーネさんの殺害を依頼していたが、その時にサイレンスが勝手にローリスさんまで殺害してしまった。
なぜ、ウィーネさんの殺害を依頼したのかはわからないが、生前から、ウィーネさんはかなりの実力者だったらしいし、戦力を削る目的とかだったのかもしれない。
ウィーネさんの殺害を命じたのは、確かに悪いことではあるが、独断で動いたサイレンスはもっと悪いだろう。
これが本当だとすれば、サイレンスを連れていくこと自体は、特に違和感はなくなった。
問題は、サイレンスの次の獲物が誰かってことだよね。
二人組とかちびとか言っていたけど、そんな人が正則さんの関係者にいるんだろうか?
よくわからないが、このまま見ているわけにもいかないし、止めなければならない。
私は、信之さんのことをちらりと見た後、サイレンスの後を追った。




