第三百五十一話:前世の最期
アパートに着くと、すぐにローリスさんがやってきた。
どうやら、SNSでトレンドに載ったことをいち早く知ったらしく、私に自慢したくてしょうがなかったらしい。
ローリスさんの立ち位置だけど、他の人達が被り物に対し、ローリスさんだけは着ぐるみという形だったので、印象に残りやすかったらしく、それ故に多くのコメントを寄せられていた。
ばれるんじゃないかと少し心配になるが、みんなよくできた着ぐるみですねと称賛していたので、恐らく大丈夫だろうとのこと。
ひとまずは安心と言ったところだが、それに触発されたローリスさんは、自宅ですぐに次の動画を撮ってきたらしい。
今、編集担当が編集しているらしいが、今からどんな反応が返ってくるのか楽しみにしているようだった。
「配信者って楽しいわね。癖になりそう」
「楽しむのはいいですけど、あんまり羽目を外しすぎないで下さいよ?」
まあ、がっつりと全身が映るのは自己紹介動画くらいで、他の動画ではそんな頻繁に映らないと思うから、これから指摘されることはあんまりないと思うけど、例えば、コメントに言われるがまま、自分の情報を答えてしまうとかなったら、やばすぎる。
もちろん、転生者達の正体や、この場所の住所とかの情報は絶対に流さないとは思うが、自分の好きなものだとか、家族構成とか、どこの県に住んでいるとか、そういうことは話しても不思議はない。
ネットでは、どんなに小さな情報でも、繋ぎ合わせれば強固な証拠になることもある。
このくらいいいじゃんという、軽い気持ちで言ったことが原因で、生活が脅かされるようなことがあったら堪ったものではない。
もし話すなら、私のように、あちらの世界のこととか、キャラに合わせた設定とかを話すに止めた方がいいだろう。
「わかってるわよ。それより、今日はどうしたの? 来なくても呼ぶつもりではあったけど」
「そろそろ、あちらの世界に帰った方がいいと思って、相談しに来たんですよ」
「えー、もう帰っちゃうの?」
ローリスさんは、あからさまに不機嫌そうな顔をして頬を膨らませる。
確かに、こちらの世界は、ローリスさんにとっての故郷だし、優しい家族に仲間の転生者がいて、今では趣味も見つけている。
帰りたくないという気持ちもわからないことはない。
だけど、ローリスさんはこれでも皇帝である。それも、魔物に転生した転生者を保護するという目的を掲げた、唯一無二の国だ。
それをまとめられるのはローリスさんしかいないし、残されているウィーネさんとしては、早く帰ってきてほしいと思っていることだろう。
別に、趣味に没頭するなとは言わないが、オンとオフはちゃんと切り替えてほしいものだ。
「すでに二週間近く経とうとしてます。そろそろ戻らないと、ウィーネさんも心配するかと思いますけど」
「うーん、確かに急な出発だったし、ウィーネにばかり負担を押し付けるのは可哀そうか……」
元は、正則さんというお金持ちの娘ではあるけど、だからと言って自分勝手にならないところがローリスさんのいいところだ。
いや、欲望に忠実だから、場合によるとは思うけど、根っこには、ちゃんと周りを慮ることができる清らかさがある。
説得はそこまで必要なさそうだ。
「わかった、それじゃあ、明日帰りましょう。せめて、今作ってる動画くらいは上げたいし」
「まあ、それくらいならいいですよ」
流石に、今日そのまま帰るってことになったら、色々と急すぎる。
配信は、まあいいとしても、前よりは頻繁に会えるとはいえ、一夜にも心の準備が必要だろうしね。
明日の朝、あちらの世界に帰る。そう言う方向で進めて行こう。
「ローリスさん、一つ聞いてもいいですか?」
「なによ?」
「その……ローリスさんは、こちらの世界で、何者かに殺されたんでしたよね? その時のこと、何か覚えていませんか?」
ローリスさんの死の真相。
本当なら、ローリスさんに聞くのは色々と問題があると思うけど、やはり、信之さんの問題をどうにかしたいという気持ちもあるし、単純に、どういう状況だったのか気になる。
少しデリカシーのない質問ではあるけど、正則さんからは、ローリスさんを殺害した犯人を連れて来いと言われているし、その情報を得るためと思えば、そこまで不自然な質問でもないだろう。
「急にどうしたの?」
「あ、いや、ちょっと気になりまして……」
「ふーん。まあ、いいけど」
そう言って、ローリスさんは当時の状況を教えてくれた。
あの時は、ちょうど正則さんの誕生日が近かったらしい。日頃から、正則さんのことを慕っていたローリスさんは、誕生日プレゼントを買うために、ウィーネさんと共に出かけていたのだという。
そうして、プレゼントを買い、帰路につこうとしたタイミングで、数人の男達に囲まれたようだ。
その黒い服装から、すぐに黒馬組の奴らだと気づき、ウィーネさんはローリスさんを守るべく、奮闘した。
しかし、いくら生前のウィーネさんが強かったとしても、多勢に無勢。何とか逃げようとしたが、囲まれていたこともあり、すぐに捕まって、そのまま殺されてしまったのだという。
「お父さんが写真を見せたと思うけど、あいつらがやったのは間違いないわ。主導となっていたのは、その中でも、サイレンスと呼ばれる女だと思うわ」
そう言って、ローリスさんは懐から写真を取り出し、見せてくれた。
確かに、あの時正則さんに見せられた写真の中にも、この女性はいたと思う。
「サイレンスというのは?」
「コードネームみたいなものね。暗殺者って話だから、そこから来てるのかもしれないけど、詳しいことは知らないわ」
「止めはその人が?」
「そうだったと思うわ。と言っても、その時私は泣き叫んでいたから、詳しいことは覚えてないけど……」
今でこそ、ローリスさんに正面から勝てる人なんてそうそういないと思うが、生前は、ローリスさんも普通の女の子だったらしい。
だから、戦うことはできず、ウィーネさんが戦うのを後ろで震えながら見ているしかなかった。
力があれば、多少身を守ることはできるけど、それがないと考えると、確かに恐怖だろうな。
特に、ローリスさんはまだ子供だっただろうし、その恐怖はトラウマ物だろう。
嫌なことを思い出させてしまったかな……。
「嫌なことを聞いてすいません……」
「別にいいわよ、もう気にしてないし。それより、私はそいつらの方が心配だわ」
「というと?」
「私としては、今更そいつらがどうなろうと知ったこっちゃないけど、お父さんはそうはいかない。もしお父さんの前に姿を現せば、どんな手を使ってでも、八つ裂きにするでしょう。そう思うと、ちょっと不憫でね」
「そ、そうですか……」
八つ裂きって、ほんとに殺さないんだよね?
ローリスさんがそれほど気にしてないのはよかったけど、逆に言えば、相手がどんな目に遭おうが興味がないということ。
そして、正則さんのことを慕っているなら、正則さんの方針に従うだろうし、もし見つけられれば、ローリスさんの言うように、八つ裂きにされるのは確定している。
まあ、ウィーネさんを倒す程なのだから、それなりに実力はありそうだけど、転生者達には及ばないだろうし、まじで仕事場に現れるようなことがあったら、速攻で捕まりそうだよね。
「ま、ハクもどこかでたまたま見かけたらでいいから、連れてきてくれると嬉しいわ」
「わ、わかりました」
首謀者は、そのサイレンスという女性で間違いなさそうである。
ただ、話を聞いただけでは、信之さんの指示なのか、独断なのかは流石にわからない。
一番いいのは、そのサイレンスに出会い、話を聞くことだけど、偶然出会う以外に道はなさそうだから、ちょっと難しそうだ。
私は、念のため顔を覚えながら、万が一会った時のことを考えていた。




