第三百四十七話:黒馬組
その後も、ソフトを変えながらゲームで遊び、あっという間に夕方になった。
そろそろ帰ろうと思ったが、葵ちゃんはそれを拒否し、腕に抱き着いてくる。
なんか、前もこんな感じだったような……。
「葵ちゃん、私はそろそろ帰らないといけません」
「ダメ、泊って」
「私にも予定があるんですよ。どうか、離していただけませんか?」
「や」
こうなってしまうと、葵ちゃんは全然離れない。
無理矢理引きはがすことは可能だけど、そうすると、泣きそうな顔になるから心苦しい。
一応、今日は配信しようと思ってはいたけど、絶対ではない。予定をキャンセルして、望み通り泊るってことも可能ではある。
ただ、それをやってしまうと、葵ちゃんは止まらなくなると思う。
それこそ、籠の鳥のように閉じ込めるなんてこともあるかもしれない。
私とて、葵ちゃんを悲しませたいわけではないが、だからと言って、私の生活を返上するほどの関係でもないと思う。
どうしたものかなぁ。
「これ、葵。ハクが困っているだろう」
そう思っていると、信之さんが来てくれた。
前回も、こうして信之さんがやって来て、説得してくれたし、今回も期待できそうである。
葵ちゃんは、信之さんに対して膨れっ面をするも、腕は放してくれた。
ちょっと我儘ではあるけど、お父さんの言うことはちゃんと聞くんだよね。
「またそのうち機会があるだろう。今日のところはこの辺にしておけ」
「むぅ、わかった」
また遊ぶという約束をし、葵ちゃんの部屋を後にする。
やれやれ、子供のことは嫌いではないけど、ここまで熱中されると少し大変だ。
「すまんな。葵が我儘を言って」
「いえ、大丈夫ですよ。ただ、そう毎日はご期待には答えられませんが」
「だろうな。差し支えなければ、何の仕事してるか聞いてもいいか?」
信之さんには、仕事もあるし、日本にいない時もあると言ってある。
普通に考えれば、仕事の関係で日本にいないのだろうと考えるだろうが、これは言ってもいいものだろうか。
配信者って、周りの人からすると、結構暇な印象があると聞く。
実際、私は結構自由にやらせてもらっているし、暇と言えば暇だが、実際のヴァーチャライバーは、配信の他にも、ボイストレーニングだったり、ダンスレッスンだったり、色々とやることがある。
これは、箱に入っているからこそと言えるかもしれないが、割と忙しいことも多いのだ。
だから、ここで正直に配信者やってますというのはどうかという疑問がある。
「……申し訳ないですが、プライベートですので」
「そうか。まあ、言いたくないなら構わんよ」
考えた結果、言わないことにした。
別に、絶対に答えろという場面でもないし、そもそも本当に知りたければ、自力で調べるだろう。
あんな黒服を何人も従えているんだから、私の家を特定するくらいは簡単なはずだ。
まあ、私が転移魔法とかで移動するなら無理だろうけどね。
ただ、その事実を知らないなら、まずは普通に調べようとするだろう。
ここで嘘をついても何にもならないし、答えないのが吉と判断する。
「ああ、そうそう、それとは別に聞きたいことがあったんだが」
「なんですか?」
「これなんだが、何か知ってるか?」
そう言って、一枚の写真を見せてくる。
そこにはとある屋敷の入り口が映っていた。
信之さんの屋敷も立派ではあるが、写真に写っているのはまた別の屋敷らしい。
その入り口には、二人の姿が映っている。
一人は、背の低い人物。一人は、それよりもちょっとだけ背が高い人物。
どちらもフードを被っていて、全容ははっきりしないが、私はその姿に見覚えがあった。
確かに、フードで大半は隠れているが、その下に覗くのは、青い毛並み。
まるで猫か何かのものと見まがうばかりのそれは、合成写真と言われても不思議ではない。
ただ、それはまさしく、ローリスさんとウィーネさんの姿だった。
「俺の部下がたまたま目撃したんだが、この屋敷の関係者にしちゃ幼すぎる。唯一当てはまる奴も、すでにこの世にはいない。だから、少し気になってな」
「……このお屋敷とは、どのような関係なんですか?」
「そうだな。ライバルってところか? いや、そんな大層なもんじゃねぇか……」
なんだか言いよどんでいるけど、恐らく、敵って言いたいんだろう。
ローリスさん達が出てきてるってことは、恐らくこの屋敷は正則さんの家だと思う。
正則さんが敵って考えると、一つ思い当たることがあった。
以前、アパートにて正則さんと会話した時に、数枚の写真を見せられた。
そこには、何人かの見知らぬ男女が映っていたわけだが、正則さん曰く、この写真に写っているのは敵対勢力であり、ローリスさんとウィーネさんを殺した組織の人間なんだという。
そして、その名前が確か、黒馬組じゃなかっただろうか。
なるほど、ずっと引っかかっていたが、ようやく謎が解けた。
私はどうやら、正則さんの敵対勢力と仲良くしていたらしい。
「それで、どうだ。何か知ってるか?」
「……いえ、よくわかりませんね」
「そうか。ま、そりゃそうだよな」
そう言って、写真をしまう信之さん。
ほぼ表情が動かないこともあって、特に怪しまれることはなかったようだ。
しかし、これどうしようかな。
正則さんからは、もし写真の人物を見つけたら、生け捕りにして連れてきてほしいと言われている。
信之さんの写真があったかはよく覚えていないが、恐らく黒馬組のボスだろうし、一番復讐したい相手だろう。
あるいは、葵ちゃんでもいいかもしれない。自分の娘を殺された復讐を、相手の娘にする。それはそれで、ある種の復讐を果たせるだろう。
だが、流石にその選択を取ることはできない。
葵ちゃんはまだ子供だし、いくら殺されないとしても、流石に復讐に巻き込むのは可哀そうだろう。
信之さんに関しても、私視点だと今のところ特に悪い人には見えない。
連れていくことは恐らくできるが、こちらに敵対しているわけでもない人を連れていくのはどうなのか。
もちろん、正則さんの気持ちもわかるから、実行犯は連れて行きたい気持ちもなくはないけど、私はどちらの気持ちを優先すればいいんだろうか。
「それじゃ、また連絡するから、その時は遊びに来てくれ」
「は、はい」
また送ってくれるというので、車に乗せてもらって、屋敷を後にする。
このことを、ローリスさんや正則さんに報告することは簡単だが、事情を考えると、そのまま連れてきてほしいと頼まれる可能性は高い。
そうして頼まれた時に、私はちゃんと連れていくことができるだろうか?
少なくとも、葵ちゃんは絶対に連れていくことはできないと思う。
何か、信之さんの方にもやむに已まれぬ事情があって、というなら、ひとまず話し合いができるように説得するけど、まだどういった経緯でローリスさん達が殺されたのかがよくわからない。
まずは、そこら辺を詳しく調べる必要があるだろう。報告するのは、その後でも遅くはないと思う。
私は、車に揺られながら、そんなことを考えていた。




