第三百三十九話:人外配信者グループ
翌日。私は朝からRTAの練習に勤しむことにした。
ケントさんの反応を確認してみたいという気もするが、流石に、少しくらいは真面目に練習しないと怒られてしまう。
いやまあ、練習しなくても、ある程度時間をかければクリアできることはわかっているから、それでもいいんだけど、やっぱり、見ている側としては、練習の時よりうまいプレイを見たいと思うだろう。
と言っても、運要素が強いルールなので、絶対に練習の時より早くなるかと言われたらそんなことはないと思うが、だからこそ、細かな部分を最適化して、少しでもタイムを縮める努力をする。
ゆるーくだけどね。流石に、何日も練習に費やしている時間はないから、そこらへんは執着しすぎないように。
「やっぱり、中盤以降がきついよね」
RTAの性質として、序盤は取り返しが利くというのがある。
例えば、最初の動きを間違えてしまい、タイムをロスしてしまったとしても、序盤だからさっさとリセットしてやり直せばいいだけである。
練習の際にも、序盤であるが故に、練習の機会が多く、必然的にその部分のプレイはうまくなる傾向がある。
しかし、中盤以降はどうかというと、まず練習がしにくい。
もちろん、中盤頃のセーブデータを用意し、練習を重ねることは可能かもしれないが、実際に通しで走る時は、そこに辿り着くのはそれなりに時間が経ってからである。
人には集中力の限界があり、一定の時間を超えてプレイする場合は、どう頑張ってもミスが多くなってくる。
それに、プレイがうまくいって、タイム的にも良好だという時、この先ミスしたらそれがパーになると考えたら、緊張でプレイにも支障が出るだろう。
いくら練習で完璧な動きをできたとしても、本番で同じことをできなければいいタイムは出せない。
特に、このゲームは運要素も強いし、いくらプレイがうまくても運で持っていかれるなんてパターンもあるしね。
だからこそ、時間が経った中盤以降がきついのだ。
「まあ、私の場合は集中力を切らさないようにすることはできるけども」
元々、私は精霊であり、竜であるという種族的にとんでもなく高スペックな存在である。それに加えて、神様の力まで加わった今となっては、意識して集中を切らさないようにするなんてことも可能だ。
もちろん、集中した分だけ、後で疲れがどっと押し寄せてくることになるから、あんまり多用したいとは思わないけど、これを利用すれば、ある程度操作を安定させることができる。
実際、以前もそうやってタイムを縮めたしね。
「問題は、運ゲーはどうしようもないってことだけど」
いくらプレイがうまくても、やはり運要素はどうしても排除できない。
理想としては、すべての乱数で一発で目的の物を出すってことなんだろうけど、そんなことしたら、それこそツールを使っていると疑われても仕方ないだろう。
神様の力を使えば、運をよくするなんてこともできるんだろうか?
できるとしたら、また別の使い道が出てきてしまうけど。
「まあ、それを楽しむのも醍醐味かな」
仮に、運を強制的に良くして、ほぼ一発で目的の物を回収し、いいタイムが出せたとして、それはなんか違う気がする。
サクサクプレイを見たいというだけなら、それでもいいかもしれないけど、実際にプレイしてやるのなら、やっぱり達成感が欲しいところ。
運をよくしたことで、乱数は味方し、何の苦労もなく世界一位になったなんてことになったら、あまり達成感は得られないだろう。
ある程度苦労してこそ、そういうものは得られるんだと思う。
そもそも、私は世界記録を取るためにRTAをやっているわけではなく、配信者として、みんなに楽しんでもらうため、ひいては自分が楽しむためにやっている。
一部の人はそれでも楽しんでもらえるかもしれないが、やっぱりそう言うのは正攻法でクリアしなければならないと思う。
私としても、何度もプレイした方が楽しいし。
「ハク兄、電話鳴ってるよ」
「あ、ごめん、気づかなかった」
プレイに熱中していたせいか、電話が鳴っていることに気が付かなかった。
見てみると、どうやら相手はローリスさんらしい。
何か用事だろうか。そう思いながら、電話に出る。
『あ、出た出た。ハク、今大丈夫?』
「大丈夫ですよ。何かありましたか?」
『ちょっと相談したいことがあって。一回アパートまで来てくれる?』
ローリスさんが相談したいこととは、一体なんだろうか。
昨日、自分も配信者やってみたい的なことは言っていたが、それを実行するために色々動いているんだろうか?
まあ、それなりに練習もしたし、気分転換がてら行くのもいいだろう。
私は了承すると、電話を切る。
ついでだから、ケントさんの反応も見ておこうか。
「ハク兄、出かけるの?」
「うん。なんか、相談したいことがあるとかで」
「今日は遅くならないでよ?」
「善処はするよ」
相談事がよっぽどぶっ飛んでない限りは多分大丈夫だとは思う。
今日はできれば配信もしたいし、晩御飯までには帰りたいところだね。
一夜に手を振り、アパートまで転移する。
ここは人通りが少ないし、アパートの裏は完全な死角になっているから、転移するのが楽でいいね。
「ローリスさん、来ましたよ」
「あ、来たわね。こっちこっち」
恐らくケントさんの部屋だろうと思って入ってみると、なぜか他の住人の姿もあった。
このアパート、別にそこまで一部屋一部屋が広いというわけではないので、たった数人でも結構ぎゅうぎゅうである。
一体どうしたんだろうか。
「何があったんですか?」
「いや、ケントの動画配信を見て、私も配信やってみたいって言ったじゃない?」
「言いましたね」
「それを他のみんなにも話したら、自分もやってみたいって人が結構いてね」
「えぇ……」
ここにいるのはケントさんとローリスさんを除いて五人。実に半数以上がやりたいって思ったってこと?
そりゃ確かに、ケントさんの動画はコメントもそれなりについて割と好評みたいだし、興味を持ってもおかしくはないけど、君ら仕事あるよね?
ケントさんの場合は、私がとっさについた嘘のせいでやる羽目になったから仕方ないと思うけど、正則さんがせっかく仕事を用意してくれたのに、それを放ってしまうのはどうなんだろうか。
「これだけやりたいって人がいるんだし、いっそのこと人外配信者グループとして売り出すのもいいと思ったんだけど、どうかしら?」
「言いたいことはわかりますけど、流石にリスクが高すぎませんか?」
確かに、ケントさんの動画配信は、あえて人外要素を見せることによって、こういったコスプレをした人がいてもおかしくないと思わせて、いざ見られた時に言い訳がしやすいようにという意図もある。
実際に見られて広まるのはちょっとリスクが高いけど、動画越しであれば、見ている人はまさか本物なんて思わないだろうし、リスクを回避しながら言い訳を用意できる。
だから、そう言った動画配信者が増えることによって、リスクを低減するって言うのはありではあると思うけど、流石にいっぺんにこんなに出してしまったら、どこかでぼろが出る気がする。
とてもリアルな着ぐるみとか被り物とか、そう言う言い訳をするのだとしても、サンプルが複数いたらばれる可能性もあるし、そもそも、環境の問題もある。
このアパートは、別に防音処理とかはされていないようなので、隣の部屋の音が割と聞こえてくる。そんな中、それぞれが配信者として実況なんてしていたら、絶対うるさいと思う。
場合によっては、他の人の配信の声が乗ってしまうなんてことにもなりかねないし、一緒に動画を撮るのだとしたら、一部屋に集まるのはちょっと厳しい。
今、ぎゅうぎゅう詰めになっているこの部屋を見たら一目瞭然だろう。
どう考えても、ローリスさんが自分がやりたいからごり押ししようとしているようにしか見えない。
私は若干頭を抱えながら、どう説得したものかと思考を巡らせた。




