第百八話:学園入学に向けて
サリアの交友関係は狭い。外に出るようになった今、少しずつ広がってきてはいるものの、学園において知り合いなど片手で数えるほどしかいない。
サリアはとても寂しがり屋であり、その気持ちが暴走した結果能力を使ってしまったという事態に陥っていたと考えられる。
入学させるにあたって誰も頼れる人がいない環境に放り込むのはサリアの精神的にも避けたい。
そこで出てくるのが私が学園に入学するという話だ。
今のところ、サリアと最も仲がいいのは私だとされている。ほぼ毎日のように会っているし、私にとても懐いている。
そんな人物が一緒にいればサリアの精神的不安は大きく解消されるだろう。もし、何か問題が起きた場合でも止めに入れるし、サリアを諭すこともできる。要はサリアの力が暴走しないように見張るストッパー役ということだ。
「ハクも一緒に来てくれるのか!」
サリアはその話を聞いて真っ先に食いついた。確かに、サリアにとっても知り合いが近くにいてくれた方が安心するだろう。理にかなった提案だ。
私も学園には興味がある。本来の魔法がどういうものかも知りたいし、サリアさえいいのなら私に断る理由はない。
でも、一応お姉ちゃんに相談した方がいいかな? 私の保護者のようなものだし、何よりお姉ちゃんは冒険者。エリートのAランクとは言え、金銭的な問題もあるだろう。
「そうですね、姉に相談してみます」
「うむ。そなたが入学しないのであればサリアを入学させるわけにはいかぬ。色よい返事を期待しておるぞ」
そう言って王は退席していった。
うん、条件付きとはいえ許可が下りたのは喜ばしい。というか、私がお目付け役になる程度でいいのなら私は喜んで引き受けよう。
嬉しそうに顔を綻ばせるサリアを見てこちらも思わず笑みが零れる。とてもじゃないけど期待を裏切るわけにはいかない。お姉ちゃんはおそらく賛成してくれるだろうけど、もしもの時のことは考えておいた方がいいかな。
お茶会もお開きとなり、帰り道でサリアを見送って宿へと帰宅する。
部屋にはすでにお姉ちゃんがいた。私は早速お姉ちゃんに学園についての話をすることにした。
「なるほどね。うん、いいんじゃない? 学園なんて滅多に通える場所でもないし、いい機会だと思うよ」
お姉ちゃんによると、学園は主に貴族が通う場所であり、平民が通うことはないのだという。お姉ちゃんも通ったことはないらしい。
それにオルフェス魔法学園というのは王国随一の学園であり、ここを卒業すれば将来は安泰だと言われている。王都が最も力を入れている機関の一つだという。
「ありがとう、お姉ちゃん」
「いいよいいよ。学園生活を楽しんできなね」
それほどの場所ならばお姉ちゃんを差し置いて通うことになるのはいささか気が引けるが、お姉ちゃんは全然気にしていないようだった。
後は、学園に通うならサクさんにも伝えておかないとだね。元々不定期に通っている感じではあったけど、ここまで教わってきた以上はちゃんとお礼を言っておかないといけない。
後はギルドマスターにも伝えた方がいいかな? 学園に通うとなればあんまり依頼は受けられないだろうし、そのことを伝えておかないといらないトラブルに巻き込まれてしまうだろう。
それぞれ伝えなければならない人を吟味しつつ、その日は眠りについた。
それから数日。関係各所に挨拶を済ませ、王様にも学園に入ることを報告した。というより、すでに入るのを想定して動いていたようで、すぐに私とサリアの入学準備が整えられた。
学園には一年生として編入することになっている。サリアの歳を考えると六年生なのだが、サリアの学力的に初めから学んだ方がいいだろうということになり特例で編入することになった。
一応、入学の際に学力を測るためにテストを行うことになるらしいが、特に結果を反映したりはせずに入学するのは確定らしい。
なんだかずるをしているようで気が引けるけど、サリアのためと割り切ることにする。
入学に際してのお金に関してはすべて国が負担してくれるらしい。元々サリアの家は国が援助をしていたわけだし、ここで私が一人増えたところでということらしいが、別にそこまでしてくれなくてもよかったんだけどな。まあ、出してくれるというのだからありがたく受け取っておこう。
学園ではそろそろ夏休みに入るらしく、それが終わったら入学という形になる。というわけで、あと二か月ほどはいつも通りの日常が過ぎそうだ。
今のうちにやりたいことをやっておいた方がいいとお姉ちゃんに言われたけど、早々思いつかない。
魔法の研究に関してはむしろ学びに行くのだからそこまで急ぐことはないし、ポーション作りだってそこまで時間を取らないでできるようになったから問題ない。剣術の稽古に関してはすでにほとんどの技を教えてもらっているし、依頼も積極的に受けるほどではない。
うーん、アリシアと少し話してみようかな。学園に通うことになればあんまり時間はとれないだろうし、今のうちに話したいことがあれば話しておくべきだろう。と言っても、これと言って話すことは思い浮かばないが。
道場でいつも顔を合わせているとはいえ、ゆっくり話す機会はあまりなかったからちょうどいいかもしれない。
「で、私のところに来たと」
「うん。お邪魔だったかな?」
「いいえ、むしろ嬉しいですわ」
急に押しかけたにも拘らずアリシアは快く応対してくれた。
稽古終わりだったので一度着替え、いつものドレス姿になったアリシアは私を私室へと案内してくれる。
アリシアの私室は以前と変わらずあまり飾り気のない部屋だった。高そうなのは絵画くらいだろうか、清潔に保たれてはいるが、あまり趣味を感じられない。
メイドさんも零していたけど、アリシアって女の子らしい趣味ってないのかな?
「ふぅ……白夜は中身を知ってるだろ? 俺が女の子らしい趣味を持つわけないだろうが」
「体に引っ張られたりはしないの?」
「いや、そんなには。まあ、たまーに感じることはあるけど……」
アリシアは見た目はまごうことなきお嬢様だけど中身は私と同じで男だからね。確かに女の子らしい趣味を持たなくてもおかしくはない。むしろ、女の身でありながら剣の道を目指そうとしているのだから男らしくすらある。
私はどうなんだろう? 趣味らしい趣味は持っていないからわからないけど、少なくとも男に欲情したりとかはしない。でも、撫でられるのは好きなんだよね。誰でも。でも、それは多分そう言うことをされてこなかったから飢えているのであって、別に女の子らしいとかじゃない気がする。
結局私も中身は男なのだろうか。まあ、それでも構わないけど、私は私って思ってるからなぁ。女だけど男。よくわからない。
「で、何か話したいんだっけ?」
「うん。何か話題ない?」
「そうだなぁ。最近で言うなら、ユルグから手紙が届いたことくらいかな」
ユルグはアリシアが以前出会った転生者のことだ。確か、同時に死んだ恋人を探しているって言ってたかな。
「彼はなんと?」
「まあ、目当ての人はまだ見つかってないらしいんだが、妙な組織から勧誘を受けたらしい」
「妙な組織?」
「ああ。確か、聖教勇者連盟、だったかな」
よくわからない組織名に私は首を傾げた。