第三百三十四話:時間を潰して
とりあえず、時間も余ったので、当初から予定していた通り、アケミさん達のところに行くことにした。
今はテストに向けて忙しいらしいけど、流石に面会謝絶ってわけではないだろう。
私も、こっちの世界に来たからには一回くらいは会っておきたいし、だったらこっちから会いに行こうと思ったわけだ。
念のため、通話アプリで予定を確認しておく。
今日はいつものように学校らしいが、放課後はアケミさんの家で勉強会を開くらしいので、そこにお邪魔することにした。
勉強会というからには、邪魔をしてはいけないので、今回はちょっとした差し入れをして、軽く話すだけで退散するつもりである。
本格的な交流は、次のコラボの時でいいだろう。
そう言うわけで、放課後まで時間を潰すために、デパートに入る。
ここ最近できたところのようで、割と新しい。中には、服屋を始め、様々な店がたくさんあるようだ。
お土産用に、後でお菓子でも買って行こうかというのはいいとして、時間を潰すなら、やっぱりここかな。
「ゲーセンも久しぶりだね」
総合ショッピング施設というだけあって、子供用の場所もしっかり用意されている。
昔は、こういうところに来たら、お小遣いを握り締めて親が買い物を終えるまでずっと入り浸っていたものだ。
コスパよく遊ぶなら、メダルゲームが一番いいんだけど、私がよくやっていたのは、太鼓のゲームだね。後は、ガンシューティングもよくやっていただろうか。
特に、ガンシューティングは、残機さえなくならなければワンコインでも結構遊べたので、攻略法を見つけさえすれば、結構時間的コスパはよかった。
まあ、その攻略法を見つけるために、大量に散財したんだけども。
「さて、何をしようかな」
以前にも、一夜と共に遊んだことはあったが、その時は背の低さが災いし、ほとんどできなかった。
まあ、【擬人化】で大人モードになればいけるんだけど、そこまでしてやりたいものがあるかと言われるとそう言うわけでもない。
今回は、本当にただの暇つぶしだ。そのために、わざわざ人気のないところに行ったり、着替えたりするのは面倒くさい。
なので、身長が低くても関係ないゲームをすることにした。
「こういう時は、やっぱりクレーンゲームだよね」
メダルゲームでもいいが、ここではやたらとクレーンゲームが推されているようだったので、こっちにすることにした。
景品は様々で、ぬいぐるみやフィギュア、お菓子やクッションなど、より取り見取りである。
せっかくなので、小さめのぬいぐるみがたくさんある、クレーンゲームに挑むことにした。
「よっ、ほっ」
ボタンを押して、アームを動かし、ぬいぐるみを掴む。
すると、案外簡単に取れてしまった。
取り出し口を覗くと、先ほどひっかけたぬいぐるみが二つほど落ちている。
こんなに簡単だったっけ?
「この台が特別簡単だったってことかな?」
確かに、この台は、山のように積まれているぬいぐるみの下に獲得口が設置されている。
つまり、しっかりと掴まなくても、多少崩せさえすれば、滑って落ちてくるという寸法だ。
クレーンゲームの景品の原価は知らないけど、小さいぬいぐるみだし、ある程度大量に取られても何とかなるような設計なのかもしれない。
「まあ、取れないでイライラするよりはましかな」
別に、このぬいぐるみが特別欲しかったというわけではないが、取るということに意味があると思う。
クレーンゲームは、取れない台は本当に取れないから、取れるだけましなんだよね。
どうせだったら、お菓子とか狙った方がよかったかな?
お土産は別で買うつもりだけど、結構色々とあるみたいだし。
「……」
「うん?」
調子も出てきたし、他の台にも挑戦してみようかなと思っていたら、不意に裾を引っ張られた。
振り返ってみると、そこには小学生くらいの女の子が立っている。
「……」
女の子は、無言で裾をくいくいと引っ張ってくる。
ついてきてほしいんだろうか?
私は疑問に思いながらも、言われた通りに後をついて行く。
すると、一台のクレーンゲームの前で立ち止まった。
「……取って」
「えっと、これが欲しいんですか?」
「うん」
どうやら、景品が取れなくて困っていたらしい。
台の中にあるのは、結構大きめなぬいぐるみだった。アームも結構大きく、一見すると取れやすそうにも見えるが……。
まあ、なんで私に声をかけたのかは知らないけど、子供にお願いされたとあっては叶えないわけにもいかない。
私は財布から硬貨を取り出すと、投入口に突っ込んだ。
「むっ、だいぶ弱い」
ボタンを押して、しっかり掴めるように降ろしたつもりだったが、アームはぬいぐるみの端を撫でるだけで掴むことはなかった。
このアーム、だいぶ力が弱く設定されているようだ。
こうなってくると、まともに持ち上げようとしてもほぼ取るのは不可能に近い。
これは、もしかしたら長期戦になるかもしれないね。
「持ち上げられないとなると、滑らせるか、押すか……」
一応、弱いアームでも、きちんと重心を掴めば持ち上げられるらしいんだけど、このぬいぐるみの重心がどこかなんてわからない。
なので、もっと簡単に、今回は滑らせることで取ることにした。
アームを片側に偏らせて、アームの締める力でぬいぐるみを動かす方法。
まあ、この方法はこれでデメリットもあるんだけど、うまくすれば、これでも取ることはできるはずである。
何百円か投入し、少しずつずらしていく。
ある程度ずらすと、アームの可動域の問題で、滑らせることができなくなるが、ここまでくれば後は押せば落ちるだろう。
アームの爪をぬいぐるみの端に押し込み、バランスを崩させる。
それを何回か繰り返すと、ようやくぬいぐるみは獲得口に落ちた。
「ふぅ、なんとか行けた……」
私がプレイしている間、女の子はずっと後ろで見ていた。
これで、取れないなんてことになったら、女の子を悲しませてしまうところだった。
代わりに千円近くなくなったけど、まあ、女の子を助けられたと考えれば安い犠牲だろう。
「はい、どうぞ」
「……ありがと」
よっぽど欲しかったのか、女の子はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめている。
それにしても、この子、小学生くらいに見えるけど、親御さんはどこにいるんだろうか。
まさか、こんな小さな子を置いて買い物に行ってるんだろうか?
それとも、迷子になってしまったんだろうか。
いずれにしても、ちゃんと親の下まで送り届けないとまずいかもしれない。
「ねぇ、君、お母さんやお父さんは?」
「ここにはいない」
「じゃあ、一人で来たの?」
「ううん。ごえーがいる」
「ごえー?」
ごえーって、護衛のことか? もしそうだとしたら、この子もしかしたらお金持ちの家の子なのかもしれない。
というか、もし護衛がいるのだとしたら、こんなところに放ってどこに行ってるんだ。
確かに、こんなゲーセンで何か事件が起こるとも考えにくいけど、それでもたまに不良っぽい人はいるし、そんな人に私の時みたいに接触したりしたら、大変なことになっていただろう。
その護衛とやらには、きちんと目を光らせていてほしいものだ。
「その人はどこにいるの?」
「あっち」
そうして指さした先には、黒服のいかにもな人がきょろきょろと辺りを探していた。
一人でなく、複数人いるようで、手分けして探し回っているらしい。
確かに、このゲーセンは結構広いけど、そんな見失うほどか?
よほど、この子が神出鬼没なんだろうか。確かに、私も最初に触れられた時、この子の接近には気づけなかったけど、あれは単に探知魔法がなかったからなだけだと思うだけどな。
まあとにかく、保護者がいるんならさっさと送り届けてあげよう。
私は女の子の手を繋ぐと、黒服の下へと向かうのだった。
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