第百七話:王様に相談
王子が退出した後も護衛の騎士数名は部屋に残ったままだった。
恐らく、私達を監視しているのだろう。ここは城内だし、そこまで危険なものはない。今城の中で一番危険なのはサリアだという認識なのだろう。
じろじろと射抜くような視線が送られてくるのがわかる。サリアは気が付いていないのか、暢気にお茶を啜っていた。
……いや、よく見れば少し震えている? 元気そうに振舞ってはいるけれど、目が笑っていない。どこか怯えているような、そんな気がする。
よく考えればそれもそうか。サリアは今まで人から遠ざけられてきた。近づいてきた者達もそのうち離れていった。皆サリアのことが怖くて逃げだしたのだ。その者達がサリアをどういう目で見ていたのか、常に視線にさらされていたサリアがわからないわけない。
サリアは再び孤独になることを恐れている。向けられている視線の意味を理解しているサリアにとって、それは大きな恐怖だろう。また孤独になるのではないか、みんな離れて行ってしまうんじゃないかと怯えている。
こんなことにも気が付かないなんて、私は何をやっているんだろう。
私は騎士達の視線から隠すようにサリアの前に移動する。そして、ぎゅっと抱きしめた。
「ハク……?」
「大丈夫、私が傍にいるからね」
サリアもまた私を抱きしめ返す。私がこの子の支えにならなくてはならない。このような仕打ちをさせないためにも、現状を変えなくてはならない。
しばらく抱き合っていると、次第にサリアの身体の震えはなくなっていった。
「……ありがとな、ハク」
「私はサリアの友達だから」
小さく呟かれた言葉を受け取り、そっと頭を撫でてあげた。
くすぐったそうに目を細めるサリアの姿を見ると保護欲をそそられる。やっぱり、サリアのことは放っておけないね。
「お待たせした」
しばらくすると王子が戻ってきた。その隣には王様の姿もある。
まさか王様が直々に来るとは思っていなかったので慌てて立ち上がり、慣れない動きでカーテシーを取る。
サリアも同じく立ち上がり、小さく礼を取った。
「そう畏まらずともよい」
うーん、やっぱり権力者を相手にするのは怖い。でも、ここで引くわけにはいかない。
メイドがそそくさと椅子を用意し、王様がそれに座る。王子も隣に着席し、それを見届けた後私も静かに席に座った。
「さて、サリアを学園に入れたいという件だったな」
「はい。どうかご一考いただけないでしょうか」
「ふむ。そもそもどうしてサリアを学園に入れたいのだ?」
「サリアは今までその能力故に屋敷に軟禁されてきました。それ故、学ぶべきことも学べないまま成長し、色々と知識が足りていない現状です。それを是正するためにも、学校というきちんとした機関で知識を学んでほしいと思い相談させていただきました」
サリアを学校に入れたい理由は王子にも言った通りだ。
サリアは今年で16歳になるが、その割には教養がない。野生児というほどではないが、貴族にしては礼儀作法もあまりできていないし、世間にも疎い。最近では少しずつ交友関係を広げてはいるが、それでも片手で数える程度だ。
学校に入れば知識も身に着けられるし、周囲の人間とコミュニケーションをとることによって友達もできるかもしれない。仮に私がいなくなったとしてもサリアが自立できるようなそんな体制を整えたいのだ。
「だが、サリアは16歳。学園は11歳から入ることになっている。それにサリアの扱いについてはそなたも知っているであろう?」
聞くところによると、学園は11歳で入学し、それから6年間の間学ぶことになるのだという。仮に編入するとしてもサリアの学力では高学年の授業についていけるかは怪しく、劣等感を感じてしまうのではないかとのこと。
確かにそれもあるのだろうが、本当の理由は後者の方だろう。サリアがいるから言葉を濁したが、危険なものを学園に入学させるわけにはいかないってことだ。
サリアに危険がないことはすでに伝えてある。それでも、はいそうですかとその言葉を鵜呑みにするわけにはいかないのだろう。周囲から見れば私はただの平民の少女であり、そんな者一人の言葉によって体制を変えるわけにはいかない。
一度は幽閉まで視野に入れていたのに現状維持で済ませてくれているだけでも相当譲歩してくれているのだ。これ以上何かを頼むのは傲慢かもしれない。
でもそれでも、どうにか理解してほしい。ちゃんと誠意をもって接すればサリアは悪い子ではない。ちゃんと応えてくれるはずだ。能力だけを見て遠ざけるのはやめて欲しい。
「サリアはとてもいい子です。周りが真摯に接してくれればそれ相応に応えてくれるはずです。彼女のことを見ていたのなら、そのことはおわかりでしょう?」
「仮にそうだとして、学園でトラブルが起きない保証はあるかね?」
「保証はしかねます。ですが、それでも陛下が思っているような展開にはならないと推察します」
「その根拠は?」
「サリアが能力を使う基準の問題です」
サリアは今まで気に入った人間を近くに置くために能力を使っていた。ぬいぐるみにしてしまえば離れることはなく、ずっと傍にいてくれるから。
例えば学園でサリアが一人の人間を気に入ったとする。しかし、その人間はサリアのことが好きではなく離れて行ってしまった。それを引き留めるためにサリアは能力を使い、その人間をぬいぐるみにして近くに置こうとする。
基準はサリアが気に入り、且つ離れようとする人間ということになる。だが、それは昔の話だ。
今のサリアは人間と人間のまま向き合おうとしている。以前のように誰でもぬいぐるみにしようという考えはなく、ぬいぐるみにしようとする基準もだいぶ変わったことだろう。それこそ、露骨に敵対的な態度を取られでもしない限りは大丈夫のはずだ。
しかし、それでも事故は起こりうるかもしれない。何かの拍子に喧嘩に発展し、その結果相手をぬいぐるみにしてしまうかもしれない。でも、サリアはそれを悪いことだと学んでいる。命の危険が及ぶともなればわからないが、多少の喧嘩程度なら能力は使わないだろう。
「なるほど、そなたの主張はわかった。だがそもそも、サリアは学園に行きたいと思っているのかね?」
「行きたい、です」
事の成り行きを見守っていたサリアはここぞとばかりに答えた。
いつもの口調ではなく、丁寧な言葉遣いなのは相手が王様だからだろうか。はっきりと伝えられた言葉に王様は意外そうに目を丸くしていた。
「……よかろう。そこまで言うのなら学園への入学を認めよう」
王様の言葉に護衛の騎士達が一歩踏み出す。しかし、声には出さず、堪えているようだった。
手を出すなと言明されているのにここで手を出せば王様が危険にさらされてしまうかもしれない。でも、王様の決断は到底受け入れられるものではない。なぜそんな危険な奴を学園に通わせようなどと思うのか、それで何かあったらどうするのかと言外に訴えているようだった。
王様はちらりと騎士達を一瞥した後、にやりと笑って続ける。
「ただし条件がある」
「条件ですか?」
「そなたも共に学園に入学せよ。そして、サリアを支えてやって欲しい」
「……えっ?」
私が、学園に?
してやったりという顔の王様に私はぽかんと口を開けた。