第十二話:初依頼
久し振りに味わうベッドの温もりに身を捩る。暖かい寝床があるって最高だよね。おかげでなかなか起きれなかったわけだけど、アリアに促されてようやく決心してベッドから出る。
お腹もすいたことだし食堂に行こう。
料金を払って席に着く。少し寝過ごしたせいか、お客さんはあんまりいなかった。
待っていると、食事が運ばれてくる。スープにパン、それに今日はサラダがついていた。スープもよく見てみると肉が入っている。今日は中々豪勢だ。
部屋も綺麗だし食事は美味しいし、それに宿泊代も安い。これはしばらくはここに泊まるしかないね。
食事を終えた後、受付に行って宿泊の延長を申請する。手持ちの銀貨が7枚だから、とりあえず三日分でいいかな。その気になればもっと泊まれるけど、まあ、必要になったらまた申請すればいい。
外に出ると昨日と同じく賑わっていた。商業都市というだけあっていろんな地域の物が入ってくるのか、露店には見たこともないような食べ物や道具が並んでいる。
それらに目を奪われつつ向かうのは冒険者ギルド。せっかく冒険者になったのだから依頼をこなそうというわけだ。
ギルドに入ると、酒場にたむろしている冒険者達の視線が集まってくる。……なんだか昨日よりも視線が強い気がする。何というか、好奇心というよりは獲物を狙う獣のようなぎらぎらとした視線だ。
え、何? 私何かした?
視線に戸惑いつつも受付へと向かう。
昨日、受付さんに教えられた手順を踏むとすると、まず掲示板に張ってある依頼を見繕い、やりたい依頼があったらその依頼書を剥がして受付に持って行き、申請すれば依頼を受けられる。
しかし、私は文字が読めない。だから、どんな依頼があるのかがわからない。誰かに教えてもらえればいいんだけど、なんかぎらぎらとした視線を向けてくる連中に頼むのはちょっと……。
だから私は安全策を取ることにした。掲示板には寄らず、そのまま受付に向かう。
昨日リュークさんに教えてもらったけど、依頼の中には常時依頼というものがあって、使用頻度が高くていくらあっても困らない薬草の採集や頻繁に数を増やす魔物の間引きなどが常に張り出されている。
駆け出しの冒険者はまずこれらの依頼を受けて経験を積み、慣れてきたら別の依頼を受けるというのが定石なんだそうだ。リュークさんも昔はそういった依頼から始めたらしい。先輩の助言は生かさないとね。
「薬草採取の常時依頼を受けたいのですが」
「はい、薬草採取の依頼ですね。ギルド証を提示していただけますか?」
ギルド証を見せると、さらさらと書類に何かを記入していく。何事もなく申請が通り、依頼を受けることができたようだ。
受付にお礼を言ってからギルドを出る。終始視線を感じていたが、努めて気にしないようにしていた。
ギルドを出て、今度は街の門へと向かう。
薬草がどこにあるのかは知らないけど、少なくとも私が通ってきた森ならばあるはずだ。
あの森はかなり広く、馬車で二日かけて来たこの町のすぐ近くまで広がっている。外に出てちょっと歩けばもう森だ。
本当は掲示板に張ってある依頼書が読めれば場所くらいは書いてあるんだろうけど、読めないからね。勘で行くしかない。
門から街の外に出ると、早速森へと向かう。出る時も手荷物検査とか必要なのかなと思っていたけど、軽くギルド証を見せるだけで済んだ。
森に入ると、数人の子供達がいた。皆地面に座り込んで何かをしている。何をしているのだろうと観察してみると、どうやら私と同じく薬草を採取しているようだった。
ギルドでは見かけなかったけど、格好からして冒険者だろうか。確かに、禁止されていないとはいえ嗜好品である酒を飲む子供は少ないか。酒場にいたのも成人している人ばかりだったし。
邪魔をするのも忍びないからもう少し森の奥へと入ってみる。
鬱蒼とした森は昼間でもなかなか暗く、視界が悪い。木の根に引っ掛からないように注意しつつ、ずんずんと突き進んでいく。
「今日は薬草採取?」
ある程度奥に入り、周りに人もいなくなってきたところでアリアが姿を現した。
顔の周りをくるくると飛び回り、肩の上に着地するとそのまま腰を掛ける。
「うん。初依頼だしね」
「まあねー。ハクなら簡単に見つけられると思うよ。というか、もう持ってるよね?」
魔力溜まりにあった薬草はあらかた回収してきた。道中でも見かけるたびにしまうようにしていたし、【ストレージ】の中には結構な量の薬草がある。
それを出せば即依頼達成もできるけど、今回はそれは使わないことにしている。
一度依頼の流れを確認しておきたいし、普通に採取してどれくらい稼げるのかを知っておきたいというのもある。
常時依頼の薬草採取の報酬は微々たるもので、本体は薬草の買取による換金だ。多くとればそれだけ報酬が増えるし、逆に全然取れなかったら報酬はほぼゼロに等しい。
だから、一日でどの程度稼げるのかを知っておきたいのだ。銀貨2枚を超えないと宿代にもならないし。
そういうわけで、ひとまず目についた薬草を摘み取りながらひたすら森の奥を目指す。なんか、奥の方がたくさんありそうだし。
途中、ゴブリンの群れに出くわしたが危なげなく勝利。先に発見さえできれば怖くはない。
今回もアリアが見つけてくれたんだけど、こまめに探知魔法でも使っているのかな?
ゴブリンの亡骸を回収しつつさらに奥に向かうと、小さな泉に出た。
そこだけぽっかりと枝葉がなくなり、差し込む太陽の光が泉を照らしている。
泉を見つけるや否や、アリアが肩から飛び立ち、泉の水に触れていった。
「どうしたの?」
「泉は妖精にとって貴重な魔力が回復できる場所なんだよ。川と違って、周囲の魔力を溜めこんでいるから、妖精には憩いの場所なんだ」
「そうなんだ」
楽し気に水に触れては飛び回るアリアを見て少し頬が綻ぶ。
休憩がてら、私も泉の端に座って手を入れてみた。
ほんのりと冷たい感触が伝わってくる。かき混ぜるように軽く手を動かしてみると、波紋が広がって泉をさざめかせた。
水底が見えるほどきれいな水だ。よく見てみると、水底に揺れる細長い草が目に入る。鑑定してみると、これもどうやら薬草のようだった。
低度の魔力を秘めていて、解毒と疲労回復の効果があるらしい。水辺に多く群生する種類のようだ。
せっかくだからこれもいただいておこう。全部は取らないように間引くようにいくつかを【ストレージ】に収めていく。
そういえば、薬草って何に使うのかな?
普通に考えれば薬だよね。傷薬とか、解毒薬とか。確か、ポーションて言うんだっけな。
仕事柄、よく怪我をする冒険者の間ではポーションは必需品だと聞いたことがある。でも、なかなか高くて駆け出しではなかなか買えないとかなんとか。
私は治癒魔法の魔法陣も知っているから怪我の治療については多分問題ないけど。
それより、そんなに高いなら薬草のまま売るよりポーションを作って売った方が儲かるのでは? と思う。
せっかく材料と思われる薬草があるのだ、もしポーションの作り方がわかるならその方が売れると思うし、いざという時にも役に立つだろう。
これは、ちょっと研究してみるのもいいかもしれないね。
とはいえ、今は道具も何もない。日も落ちかけているし、やるとしても明日以降だろう。
せめてすり鉢でも用意できればいいんだけどなぁ。いや、待てよ? それくらいなら土魔法で作れるかも? 明日試してみよう。
最近暑くなってきてそろそろクーラーに頼らなくてはならない季節になってきました。電気代が心配です。