第三百二十二話:厄介な相手
準備をしっかり整えて、駅へと向かう。
何気に、駅に行くのは初めてになるらしい。
まあ、今までは出かけてもアパートの周辺にあるコンビニとかだけだったらしいので、当たり前ではあるんだけど。
就職先が決まった今でも、基本的には歩いて行ける距離らしいのでそこまで行く機会もないようだ。
「この辺の駅は私も初めてかな」
今から行く駅だけど、どうやら無人駅らしい。
この辺りで無人駅は珍しいなと思ったりもしたけど、よくよく考えたら割と無人駅はあったような気がする。
そんなことを考えながら歩いていくと、件の駅へと辿り着いた。
主要な駅と違って、かなり人の出入りが少なく、駅舎も古めかしい。
本当にここが待ち合わせ場所でいいのかとも思ったけど、場所を確認してもここで間違いないようだった。
ケントさんは、近くにあるベンチに腰掛けて、待ち人を待つ。
私は、その様子を少し離れた場所から、隠密魔法で姿を消しながら眺めていた。
「すいません、ケントさん、ですか?」
しばらく待っていると、おずおずと近づいてくる、一人の女性がいた。
どうやら、この女性が待ち人らしい。
ケントさんが小さく頷くと、女性はぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべた。
「やっぱり! 私、長瀬春美って言います!」
そう言って、ケントさんの腕を握る。
見た目的には、20代前半と言ったところだろうか。長い黒髪と、首から下げたカメラが特徴的な人である。
てっきり、あの写真はスマホか何かで撮ったものかと思っていたけど、このカメラで撮ったのかな?
わざわざカメラを持ち歩いているところを見ると、少し厄介そうな匂いがしないこともないけど……。
「いや、あの時は本当にありがとうございました! ずっとネタがなくて困っていたんですよ!」
「……ネタ?」
「はい! あ、私こういう者です」
そう言って、長瀬さんはケントさんに名刺のようなものを手渡していた。
ここからだと何が書いてあるかわからないが、ケントさんが驚いたような顔をしていたから、何か意外な職業だったのかもしれない。
「単刀直入に聞きますけど、ケントさんは人間ではないですよね?」
「……は?」
「ほら、この写真。これって尻尾ですよね?」
そう言って、何枚かの写真を見せている。
もしかしてだけど、この人ケントさんの正体に気づいている?
いや、確かに写真にも写っていたし、もしかしたら直接見ていた可能性もあるけど、だからってすぐさま人外認定するか?
どうにも何かがおかしい。私は、こっそりケントさんの背後まで近寄って、【念話】で話を聞くことにした。
『ケントさん、今どういう状況ですか?』
『あ、えっと、この人記者っぽいです……』
そう言って、ケントさんはちらっと先ほど貰っていた名刺をこちらに見えるように傾ける。
そこには確かに、とある雑誌の記者であることが書かれていた。
この雑誌、コンビニで見たことあるな。確か、世にある超常現象やオカルト的事象を取り扱うゴシック雑誌だった気がする。
なるほど、すぐに人外認定したのはそのせいか。嘘でもいいから、そう言うネタが欲しかったってことね。
「ふっふっふ、私の目は誤魔化せませんよ!」
「いや、尻尾なんてあるわけないでしょ……」
「ほんとですかぁ? その姿は世を忍ぶ仮の姿で、実際は妖怪の類とかではないですか?」
「いやいや……」
長瀬さんは、ぐいぐいとケントさんに詰め寄ってくる。
普通に考えれば、とんでもない暴言ではあるけど、今回に限ってはそこそこ当たっているのが怖いところ。
一応、今は尾羽は隠蔽魔法で隠しているから、どれだけ見られたところで見えはしないけど、隠蔽魔法は隠すことはできるけど、消すわけじゃない。
見えなくても、触ろうと思えば触れるし、ある程度確信を持っている相手からしたら、それだけで十分すぎる証拠である。
下手に尻尾見せてくださいよとか言われてごり押されたら、普通に正体がばれかねない。
「わかりますよ、人の世に溶け込んで暮らしている以上、正体がばれるわけにはいかないんですよね。でも大丈夫です! 今は認められていなくても、私のような記者が世に広めていけば、いつかは認められる時が来ます! だから、安心して話しちゃって大丈夫ですよ」
「そんなこと言われても……」
この人だけに正体がばれるならまだ、とも思ったけど、この言い分だと、絶対記事にするよね。
思えば、あの時SNSでわざわざ投稿したのは、こうやって世に広めることを何とも思ってないってことだったんだろう。
自分で、正体はばれるわけにはいかないんですよね、とか言って置いて、普通に正体ばらそうとしているのは普通にやばい奴だと思う。
これは、どうしたものか。否定することは簡単だけど、この人はある程度確信をもって話している様子である。
こちらがいくら否定したところで、相手が理解してくれなければ意味がない。
尻尾がないことを見せるのでもいいかもしれないが、さっきも言ったように、下手に触ろうとしてこられたら普通にばれる可能性があるし、できればその手段はとりたくない。
しかし、それをやらないとなると、否定しきる手段もない。
どうにか、この場を切り抜けられるような言い訳はないものだろうか。
『ど、どうします?』
『うーん……』
まさか、こちらの好意で助けてあげようとした相手が、こんなやばい奴だとは思わなかった。
これなら、SNSでぼこぼこに叩かれていた方がよかったかもしれない。
変に答えるわけにはいかない以上、このまま何も言わずに去ってしまうというのも手だけど、それはそれであることないこと書かれそうで怖い。
私が見た限りでは、ここでは写真とかは撮ってないように見えたけど、もしかしたら動画を撮っているかもしれないし、去ったからと言って解決するとは考えない方がよさそうだ。
後は、カメラを壊してしまうという手もあるけど、それをやるとなると、この人には気絶してもらう必要がありそうだし、そんなことしたら今度は別の意味で騒ぎ立てられる気がする。
記者というのは相手にするととても面倒くさい。味方なら結構心強いんだけどね。
『尻尾が生えていてもおかしくないような状況って何……?』
あるとしたら、コスプレ会場とかに紛れ込むってところだろうけど、状況的にそれは絶対にありえなかった。
まあ、後は夜誰もいないことをいいことに、こっそりコスプレを楽しんでいる人って言う体で話を通すという手もあるけど、それだとケントさんが少し可哀そうだしなぁ。
後なにがあるだろう。人外要素があっても、怪しまれない状況……。
『……あ』
その時、ふと頭に浮かぶものがあった。
いや、これもだいぶ苦しい言い訳ではあるんだけど、他の言い訳よりはまだましなんじゃないかと思えるものである。
相変わらず、長瀬さんはキラキラした目でこちらを見てきているし、時間的猶予もない。
相談できないのがあれだけど、ここはそれで通すしかないだろう。
私は、とっさにケントさんに考えた言い訳を伝える。
果たして、これでうまくいくといいのだけど。
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