第三百十九話:身バレの恐れ
第二部第十二章、開始です。
魔導船を造り始めた頃は、まだ雪がちらつくような寒い時期だったが、今ではすっかり夏である。
私は、冷風が出る魔道具の前でくつろぎながら、何をしようかと考えていた。
魔導船のプロジェクトに関しては、一応の完成はしたものの、まだ完全版というわけではない。あの時出来上がったのは試作品であり、これからも改良を続けていくことは決定していた。
支援国も、その流れに賛同し、今後も定期的に素材の提供を行うことになったので、全く暇になったというわけではないけれど、私の役割はほぼ終わったと言っていい。
素材を提供すると言っても、よっぽど厄介な魔物の素材でもなければ私の出番はないし、一応完成したという事実はあるので、そこまで急ぐ必要もない。
だから、乞われれば手伝いはするけど、以前のように、毎日ドッグに張り付いている、なんてことはもうしなくてもいいだろう。
それよりは、ここ最近できていないことをやった方がいいと思っている。
「最近、全然あっちの世界に行ってないしね」
真っ先に思いつくのは、元の故郷であるあちらの世界のことである。
最後に行ってから、すでに一年以上経過してるし、配信の頻度的にも、そろそろ行った方がいいだろう。
一夜や、同期のみんなにも会いたいしね。
「そろそろ、転生者達も仕事を始めた頃かな?」
ローリスさんの計画によって、送り込まれた転生者達。
拠点となるアパートを用意してもらい、仕事もローリスさんの父親である正則さんに斡旋してもらうことによって、あちらの世界の基盤を築く手はずになっていた。
こちらの世界とあちらの世界では、時間の流れが違うけど、あちらの世界で計算しても、およそ一か月くらいは経っているだろうし、そろそろ本格的に仕事を始めている頃かもしれない。
みんな、【擬人化】の影響で人間に近い見た目にはなっているけど、絶対にばれないという保証はない。
だから、その辺が心配だけど、だからと言って、ずっと引きこもっていたのではあちらの世界に住む意味もあまりない。
なんとか仕事をして給金を得て、きちんと生活できるようになったらいいんだけど。
「……と、噂をすれば、来たのかな?」
そんなことを考えていると、玄関の前に唐突に大きな魔力反応を感知した。
この感じは見覚えがある。いつも唐突にやってくるけど、まあ、今は暇だから問題ない。
玄関に向かい、扉を開けると、そこには修道服のような服に身を包んだ、一匹の蒼きワーキャットが立っていた。
「いらっしゃい、ウィーネさん」
「ああ。久しぶりだな」
ウィーネさんが来たということは、恐らく転生者関連だろう。
あちらはあちらで勝手に進めていると思うんだけど、何か聞きたいことでもあったんだろうか?
「とりあえず、中へどうぞ」
ひとまず、玄関先で話すのも何なので、応接室へと通す。
ウィーネさんは、軽く礼を言いながら、ソファへと座った。
「それで、どうしたんですか?」
「少し、相談したいことがあってな」
エルにお茶を用意してもらい、お互いに軽く唇を湿らせると、用件を聞く。
ウィーネさんの相談というのは、やはりあちらの世界に送った転生者のことらしい。
あれから、ローリスさんは定期的にダンジョンの魔法陣を用いてあちらの世界に向かい、転生者の様子をチェックしていたようなのだけど、つい先日、ようやく転生者の配属先が決まったようだった。
色々と候補はあったが、ひとまずは夜間警備員として使って見て、問題ないようなら別の場所にも、という風に考えているらしい。
まあ、いくら見た目が人に似ているとはいっても、完全ではないからね。ばれるリスクを考えると、いきなり大っぴらに活動はできないだろうから、夜間警備員は悪くないと思う。
ただ、いくら夜間とは言っても、全く人に目撃されないわけではない。
色々と不運が重なったというのはあるが、どうにも、転生者の一人が、人外の部分を見られてしまったらしいのだ。
「やばいじゃないですか」
「そうだ。目撃したのは一人だけだが、その時その人物はとっさに写真を撮ったらしく、その写真をSNSに投稿してしまった。おかげで、ちょっとした騒ぎになっている」
事の経緯としては、転生者の一人が、出勤する際に偶然その人物が襲われているのを発見し、助けた。もちろん、なるべく顔は見せないように立ちまわったし、人外の部分も見せないように意識してはいたが、その人物がとっさに撮った写真に、偶然それが映ってしまったようだ。
転生者はすぐにその場を離れたが、その人物は、助けられたお礼がしたいらしく、この人物を探していますと言った形でSNSに投稿。そして、その写真を見た人が人外の部分を発見し、騒ぎになった、ということのようだった。
と言っても、全員が全員信じているわけでもない。
人外部分も、写真のブレの影響だとか、たまたま映った何かがそのように見えただとか、あるいは特殊メイクだとか入れ墨だとか色々言われているようだ。
しかし、逆に言えば、一定数は信じている人もいるようで、結構物議をかもしているらしい。
写真に関しては、個人を特定できるほど鮮明に映っていたわけではなく、証拠となるのは、その近くに住んでいるってくらいだから、揉み消すって程ではないにしろ、転生者としては、自分のせいでその人物がいわれのない批判を受けていることに責任を感じており、どうにか助けられないかと考えているようだった。
「まあ、顔が見られなかっただけましかもしれませんけど……」
「一応、写真に関しては本当にブレブレだったし、特に気にするほどのことではないようだが、自分のせいでその人物が貶められるのは何となく嫌だから、どうにかできないかと相談してきた結果、お前の知恵を借りたらどうかという結論に至った」
「いや、私に言われましても……」
まあ、確かに本当のことを言ってるのに嘘だと批判されるのは可哀そうではあると思うけど、そもそもその人がSNSに写真を投稿しなければ、こんなことにはならなかったはずだ。
それに、何とかするって言ったって、人外だとばれてはいけない以上、会うわけにもいかないし、そもそもその人物を特定するのも難しいと思う。
何か手段があるとしたら、その人物がその投稿を消して、謝罪するくらいしかないんじゃないだろうか?
下手に連絡を取って、自分があの時助けた者ですって言ったところで怪しさ満載だし、受け入れられないと思うしね。
まあ、それだと消すように促すこともできないし、どうしようもないんだけど。
一応、どうにかその人の住所を突き止めて、会って、正体を明かし、このことは二人だけの秘密だよ、的な感じに言いくるめれば丸く収まる可能性もあるけど、そもそも、許可を得ていない個人をSNSに投稿するような人だしなぁ。約束したところで、いつか破られる気がする。
正体を明かさず、しかし本人だと伝える方法はないものだろうか。
私は、腕を組みながら、しばし考えを巡らせた。
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