幕間:試乗を眺めながら
オルフェス王国の外交官、フェンスの視点です。
魔導船という、夢の船を造る計画。その計画の一助として、オルフェス王国が支援をする名誉を受けた。
元々、オルフェス王国とゴーフェン帝国は、友好的な関係を築いていた。
ゴーフェン帝国は、昔は数多くの国から狙われた背景があるが、オルフェス王国はそれには加担しておらず、初めからそれなりの関係だったと言えるだろう。
それが功を奏したのかはわからないが、今回、この壮大なプロジェクトに参加する機会を受け、オルフェス王国としては、嬉しい限りだった。
「魔導船、一体どんな代物なのかとは思っていましたが……」
空を飛ぶ船、とは聞いていたが、あんなにも巨大な船だとは思っていなかった。
空を飛ぶということは、大きくなればなるほど、浮力が必要になるということ。
人間一人でさえ、飛ばすのには相当な魔力を消費することから、大きくてもせいぜい、小型の帆船くらいなものだと思っていた。
それがまさかの、今まで見たどの船よりも大きい、巨大な船だった。これが驚かずにいられようか。
こんなものを飛ばせるだけの技術力があるのもそうだし、そもそもこれだけ巨大な船を造れるというだけでも凄いことである。
流石は、技術大国ゴーフェンである。
舐めていたつもりはないが、少し過小評価していたかもしれない。
「ただ、あんまり乗る気にはなれませんね……」
今回、オルフェス王国は、協力国の中でも特に高い功績を上げたということで、真っ先に試乗に招待された。
ハク殿は、うきうきで頷いていたが、私はどうにも乗る気にはなれなかった。
なにせ、空を飛ぶのである。真っ先に考えるのは、落ちたらどうするのかって話だ。
もちろん、そう簡単には落ちないように設計されているだろうし、風避けなども完備されているようだから、風に煽られて飛ばされるってことも少ないだろう。
せっかくできた夢の船なのだから、乗ってみたい気持ちもなくはなかったが、それ以上に、恐怖が勝ってしまった。
まあ、ハク殿が行ってくれたおかげで、私が行かなくても特に嫌な顔はされなかったが、しっかりとした完成品ならともかく、試作品に乗るのは遠慮したかった。
「それにしても、よくもまああれだけの素材を集められたものです」
私は、提供できる素材を示す際に、魔物の素材も一緒に提示していた。
魔物の素材は、防具などに利用されるほど優秀なものも多く、もしかしたら、魔導船の部品の一つして使えないかと考えていたのだ。
ただ、他の国と会話をしていると、魔物の素材というのは、案外取りにくいものだということに気づかされた。
ただ単に、魔物を見つけて狩るだけじゃないかと思っていたけど、そもそもその見つけるのが大変な魔物も多いし、狩るのだって、危険度が高くなればなるほど大変である。
オルフェス王国の場合、Aランク冒険者であるラルド殿とサフィ殿がいるというのが大きいのだろう。
国からの依頼もてきぱきとこなし、高難易度な依頼というのもここ最近ではなくなっていた。
だから、魔物の素材なんて、手に入れようと思えばすぐにでも手に入れられるものだと勘違いしていたのだ。
聞かされた時は、やってしまったなと思ったけれど、実際、その二人とハク殿が合わされば簡単なのは間違いないようで、シーサーペントという魔物の鱗も簡単に入手することができていた。
オルフェス王国は、かなり恵まれた国なのかもしれない。少なくとも、あまり強い冒険者がいない国は、どうしたものかと四苦八苦していたようだから、それよりはましだと思う。
まあ、これはオルフェス王国がというよりは、ハク殿がおかしいだけな気もするが。
「本当に、一体何者なんでしょうね」
ハク殿が王都に現れたのは、今から10年以上も前になるが、その当時から、ほとんど変わっていない容姿が特徴的である。
あの見た目で、大人ですら凌駕しうる魔力量があるのもおかしいし、魔法を開発できるだけの知恵を持っているのもおかしいし。
もし、ハク殿が国に仇成すような存在だったら、今頃オルフェス王国は滅んでいるだろう。
それほどまでに、重要な人物である。
今回のプロジェクトでも、どうやっているのか、定期的に陛下に直接報告を上げていたようだし、魔物の素材を始め、多くの素材を持ち込んだのもハク殿である。
特に、ミスリルなんて、あんな量をどこから持ってきたんだろうか。
オルフェス王国にもミスリル鉱山はあるが、そこからかき集めたとしても量がおかしいし、そもそも時間的余裕もないはずなのに。
少なくとも、ただの人間ではないのは確か。巷では、魔族返りとか言われていることもあるようだけど、特に邪悪な気配は感じられない。
まさか、ギルドで言われているような、天使というわけではないだろうな?
確かに、神の遣いである天使なら、容姿が変わらないのも納得だし、あれほどの技量を持っているのもわかるけども。
「陛下は何か知っている様子でしたが、教えてはくれませんでしたね」
恐らく、ハク殿は自らの正体を陛下には明かしているんだろう。
陛下が特にハク殿に対して圧力をかけないということは、それほど高位の存在ということでもある。あるいは、友好的だからその必要がないとも取れるが。
確かに、それほどの存在なら、世間に広めるわけにはいかないし、隠すのは当然ではあるが、すでにハク殿は色々と噂が絶えない人物になっている。
今のところは、ハク殿の性格故か、街の人々には割と好評で、特に悪感情を抱かれていないというのが救いだが、他の国ではどうかわからない。
10年近く姿が変わらず、ずっと子供のままというのは、見る人によっては不気味に映るだろう。
王都とそれ以外で、その差が現れるのが少し心配である。
「まあ、ハク殿なら、それくらいは乗り越えそうな気もするが」
今のところ、ハク殿がいることによって、メリットはたくさんあるものの、デメリットとなるようなことはあまりない。
仮に、ハク殿の正体が露見し、ここからいなくなってしまうようなことがあれば、それこそオルフェス王国にとっての損失である。
最終的に、ハク殿なら自力で何とかしてくれそうという期待はあるが、それ以上に、国がハク殿を放っておかないはず。
いざとなれば、揉み消しや情報操作など、色々やってくることだろう。
私にできることは、その時にできる限り味方になって上げることである。
「さて、そろそろ戻ってくるでしょうし、お出迎えの準備をしておきましょうか」
魔導船の試乗は、今回は遠慮したが、今回の結果次第では、いつかは乗りたいと考えている。
ハク殿を取り巻く環境に色々と思うことはあるが、やるべきはいざという時の心構えくらいで、実際に手を回すのは私の仕事ではない。
であるなら、今は魔導船に夢中なハク殿を温かく迎えるのが一番いいだろう。
ついでに、感想も聞けたらいい。
そう思いながら、空に飛来する魔導船を見やる。
見たところ、目立った問題は起きていないようだが、果たして。
私は、わずかな期待を抱きながら、降りてくるのを待っていた。
感想、誤字報告ありがとうございます。




