第百六話:王子様に誘われて
「ところで、ハクはここで何を?」
ひとまず落ち着いたところで王子様が切り出してくる。
偶然出会ったという感じだったけど、よくよく考えると王子様走ってきてたような? どう考えても、私達を見つけて走り寄ってきたようにしか思えないけど、それって偶然って言うのかな。
「服を買いに行っていたところですよ」
「服を? その割には何も持っていないようだが、買わなかったのか?」
「ちゃんと買いましたよ?」
買った服は【ストレージ】にしまってある。ここで見せてあげてもいいけど、【ストレージ】はレアスキルだからあまり人前で見せるわけにはいかない。
そのカムフラージュのためにポーチを持ってるんだけどね。でも流石にこのポーチから服が出てくるのはおかしいだろうからやめておく。
王子様は不思議そうに首を傾げていたが、やがて納得したのか特に深く聞いてくることはなかった。
「そうか。ではこの後は暇かな? よければ城でお茶でもどうだろうか」
「アルト王子……」
「大丈夫だ。ハクがいる限り心配はないはずだ」
城へとどうかと誘う王子様に対し、護衛の騎士は不安そうだ。
今私を招くということは一緒にいるサリアも城に上げるということになるからね。思った以上に警戒されているようだし、騎士達からしたら王様や王子の身に何かあったらと思うと面白くないことだろう。
この後は武器防具屋にでも行こうかなと思っていたんだけど、こうして誘ってくれるのならば行くのも吝かではない。ちょうど話したいこともあるし。
「お誘いありがとうございます。謹んでお受けいたしましょう」
「そうか! よし、では向かうとしよう」
不安そうな騎士達とは裏腹に王子様はとても嬉しそうだ。
一度は告白した相手だしね。生憎その気持ちに応えることはできないけれど、好意自体は嬉しい。
このまま良好な関係でいたいものだ。
「城に行くのかー?」
「うん。サリアは大丈夫?」
「おう、平気だぞ」
サリアに対する監視の措置はサリア自身には伝えられていない。だが、気づいている可能性はある。
もしかしたら王に対して不満を持っているかもしれないし、城へ行くのを嫌がるかもとも思ったのだが、どうやら杞憂だったようだ。
私としては、このまま何も知らずいつか自然と警戒が解かれる日が来ることを祈るばかりだ。
同意も得られたところで王子と共に城へと向かう。元々中央部を散策していたこともあってそんなに時間を掛けずに辿り着くことが出来た。
王子の指示でてきぱきとお茶会の用意が進められていく。とはいえ、そんな大仰なものじゃない。通されたのは庭が見える一室だった。
庭は以前に王子に案内された中庭で、ここからだと全体像を見ることが出来る。相変わらず素晴らしい庭だ。
そんな庭が一望できるテラスにテーブルと椅子を用意し、メイドさんがてきぱきとお茶の準備をする。
私達は王子に勧められるがままに席に着いた。
「まずはお誘いに乗ってくれて感謝する。ありがとう」
「いえ、こちらこそお誘いいただきありがとうございます」
「ありがとなー」
サリアの言葉に部屋の隅で待機していた騎士達の鎧がかちゃりと鳴る。
王子がとっさに目線を送ったことで動くことはなかったが、やはりサリアは歓迎されていないようだった。
まあ、相手は王子様だし、言葉遣い云々で何か罪に問われたらたまったものではないから私も少しひやひやしてるんだけど。
平民である私に気さくに対応してくれているからあまりそういうことにはこだわらない性格なのかなと思いたいけど、どうなるかわからないからね。
「それにしても相変わらずハクは美しい。街中で出会った時は女神の降臨にまみえたのかと思ったほどだ」
王子様は相変わらず私にご執心のようだった。次から次へと歯の浮くような台詞を連発している。
かなりの美形だし、普通の女の子がこんな台詞を言われたらきゅんと来るのかもしれない。だが私は男だ。いくら言われたところで靡くことはない。
「しかし、その、ハクはいつもサリアと共にいるのか?」
「そうですね。頻繁に会っていますよ」
「そうか……」
しばらくは私の話題であったが、ここに招かれているのは私だけではない。サリアもいる。それを感じてか、サリアの話題を振ってきた。
サリアとは比較的たくさん会っている。たまに護衛依頼とかで王都を離れる時はあるけど、それ以外はほぼ毎日と言っていいほどだ。
それを聞いた王子は少し浮かない顔をしていた。
私は特に何とも思ってないけど、国にとってはサリアは厳重観察対象だ。危険な能力を持っているからそれを使わせないように監視している。
王子であるアルトさんも当然そのことは知っているだろう。そんな対象が自分の好きな人と一緒に行動していると考え、不安になっているのかもしれない。
でも、その心配は的外れだ。だってサリアはとてもいい子で、危険なんて全くないのだから。サリアが危険だとされていたのは周りが過剰にサリアを避けていたせいであって、サリア自身が悪いわけではない。普通の子と同じように接してあげれば何も危険はない。
「そうだ。サリアの件で少し話したいことがあるのですが」
「なんだ?」
「サリアを学校に入れてもらいたいのです」
「……何?」
王子の目が険しくなる。まあ、当然だよね。
王子からしたらサリアはとても危険な人物で監視対象になっている相手なのに、それを学校に入れろなんて何を企んでるんだって思うよね。
「学校って言うと、オルフェス魔法学園か? なんでまたそんなところに」
「サリアは今まで屋敷に軟禁されてきました。当然、本来通うべきだった学校にも行けていないのです。だから、今からでも間に合うのならきちんと学んでほしいと思ったのです」
どういう人が学校に入るのかはわからないけど、サリアは貴族だし、闇魔法に関してはかなりの熟練者だ。その資格は十分にあったんじゃないかと思う。
もし今からでも間に合うならちゃんとした機関で学ばせてあげたいと思う。
「……いくらハクの頼みでもそれは即答できない」
「承知しております。ですが、どうかご一考いただけないでしょうか」
「うーむ……」
私のことをいくら信用していようとも流石に長年危険人物とされてきたサリアを二つ返事で学校に放り込むことはできないだろう。
万が一にでも学校の生徒に被害が出ればそれは国の責任となってしまう。サリアの能力に関しては城の中でも一部の者にしか伝わっていない秘密であり、事が起これば当然そのこともばれてしまう。
国にとってはサリアを学校に入れることは百害あって一利なしなわけだ。それは私にも理解できる。
でも、だからと言ってこのままでいいとは限らない。
今の対応が続けばサリアは何もできない。学ぶことはもちろん、職に就くことも、王都の外に出ることだって制限されるかもしれない。
それはサリアという人物の自由を奪う行為だ。確かに危険かもしれない。でも、本人はその能力をちゃんとコントロールできているし、よほどのことがない限りは周囲に危険が及ぶことはない。
だから、私は国にサリアの見方を変えて欲しい。一方的に危険だというのではなく、危険だとしてもわかり合えるのだと理解してほしい。
「……わかった。そこまで言うなら父上に相談してみよう。少し待っていてくれるか?」
「ありがとうございます」
しばし悩んだ後、王子は席を立って部屋を出ていった。
門前払いされるのが普通であって、相談してくれるというのだからかなり譲歩されている方だろう。
王様が何とか受け入れてくれることを祈りながら、冷めたティーカップに口を付けた。
誤字報告ありがとうございます。