第三百十七話:事件の犯人
「これからどうしましょう」
「どうしましょうって、帰るんじゃないですか?」
「ここまできておいて、帰るのはもったいないじゃないですか」
もう助けだしたのだし、さっさと戻ってみんなを安心させたらいいと思うけど、セレフィーネさんはどうしても仕返しがしたい様子。
でも、これ以上どうしようもないと思うんだよね。
私の探知魔法は、町一つをカバーできるほどに範囲が広いけど、その探知魔法で見てみても、この辺りに人の気配はない。
つまり、監禁場所があるとしても人はおらず、仲間はこいつらだけということになる。
まあ、強いて言うなら、こいつらを捕らえて、色々と情報を吐かせるって感じになると思うけど、それで仕返しにはならないんだろうか?
「多分、この先に仲間はいないですよ?」
「そうなんですか? てっきりもっといるものかと」
「少数精鋭なんじゃないですかね」
この人達がどこの国の人かは知らないけど、流石に大勢で入ったらばれるだろうし、恐らくあらかじめ入り込んでいたスパイか、あるいは商人などに偽装して入り込んできた人かってところだろう。
いずれにしても、今回の作戦のために用意された、少数精鋭ってところなんだと思う。
「とにかく、ここは帰りましょう。情報なら、こいつらから取れるでしょうし、報復は国が行ってくれるでしょう?」
「うーん、一泡吹かせたいのですが……」
未練がましく気絶した男達を見るセレフィーネさん。
よほど恨みが募っているのか、それとも単なる好奇心か知らないけど、勘弁してほしい。
私は、何とか説得を試みる。
セレフィーネさんは、何度か反論してきたけど、やがて折れたのか、身を引いてくれることになった。
全く、助けに来たのになんでこっちを説得しなくちゃならないんだ。
「それでは、彼らも連れ帰りましょうか。大体どこの人間かはわかりますが、取り調べは必要でしょうしね」
「そのつもりです。ついでですから、この馬車を使いましょうか」
馬車をこのまま残していくわけにもいかないし、護送にちょうどいいだろう。
御者台にセレフィーネさんを乗せ、馬車に男達を乗せる。
男達は気絶しているが、一応縛っておくことにした。途中で起きられても面倒だからね。
「これで一段落つけばいいんだけど……」
セレフィーネさんの誘拐計画は失敗に終わった。
まあ、私が助けなくても、セレフィーネさんなら自力でどうにかしていた疑惑はあるけど、それは置いておいて。
こいつらを取り調べれば、妨害していた国も明らかになると思うし、後は公式に抗議すれば、一段落はついてくれるはず。
ただ、油断は禁物。妨害していた国が一つだけとも限らないしね。
「ああ、そうだ、ハクさん、助けてくれてありがとうございました」
「いえ、そういう約束でしたからね」
「助けるのが早い、なんて言ってごめんなさい。せっかく、約束通り助けに来てくれたのに」
「気にしてないから大丈夫ですよ」
確かに、助けるのが早いと言われた時はちょっと面を食らったけど、気持ちはわからないでもないからね。
自分が作った設計物を、どこの馬の骨ともわからない輩に邪魔されたとあっては、気分も悪くなるというもの。仕返ししてやりたいというのは何となくわかる。
「帰ったら、改めてお礼させていただきますね」
「別に構いませんよ?」
「いえ、そういうわけにはいきません。ぜひお礼させてください」
「まあ、そういうことなら……」
別に、今回の件はそこまで大事にはならなかったし、特に手間でもなかったから別にいいけど、まあ、国としては大事だろうし、お礼は受け取っておいた方が立場が悪くなることもないか。
何をくれるのかは知らないけど、楽しみにしておくとしよう。
そんな会話をしながら、皇都へ戻り、そのまま皇帝に報告することになった。
城に向かうと、エルバートさんが血相を変えた様子で走り回っており、セレフィーネさんを伴った私の姿を見かけるや否や、「貴様が攫ったのか!?」と噛みついてくるという一悶着はあったが、セレフィーネさんが説明することによって事なきを得た。
わざと攫われたというなら、エルバートさんには伝えているのかとも思ったけど、そんなことはなかったらしい。
そこらへんはしっかりしておいてほしかったけど、もし伝えていたら、エルバートさんは絶対に許しはしなかっただろうから、仕方なかったのかもしれないね。
「ハク、まずは礼を言う。セレフィーネを守ってくれて、感謝する」
「いえ、予想できていたことですから」
エルバートさんも加えて、皇帝に謁見すると、まず礼を言われた。
皇帝も、セレフィーネさんの誘拐の線は考えていたようだが、他でもないセレフィーネさん自身が護衛を断ってきたので、どうしたものかと気を揉んでいたようだ。
今回、実際に攫われてしまい、このままではまずいと思っていたところを、私がすぐに連れ帰ってきたものだから、少し拍子抜けした様子である。
セレフィーネさん自身は、特に自分の地位を誇ってはいないようだけど、ゴーフェン随一の魔道具発明家という立場は、国にとってもかなり重要なポジションであり、言葉にはあまりしないものの、地方領主としては他と比べても一目置くほどの存在である。
それに、今回の魔導船の発明は、他でもないセレフィーネさんの設計だし、その設計者が攫われたとあっては、国の威信にも関わる。
だから、大事になる前に解決できて、本当によかったと語っていた。
「さて、今回セレフィーネを攫った間者だが……」
「はい、どうやらアルバン王国の手の者のようですね」
アルバン王国は、ゴーフェン帝国から北東に行ったところにある、小国の一つである。
過去に、ゴーフェンに喧嘩を売った国のうちの一つであり、その時に大部分の領地を吸収されたことによって、現在は周辺諸国の中でもかなり小さな国となってしまっているようだ。
技術者が多く集う国であり、ゴーフェンと同じく、魔道具の生産によって潤っていた国だったが、ゴーフェンのドワーフ達の技術力には及ばず、今では細々と魔道具を作る国となっているようである。
まあ、相手が悪かったと言えばそうだけど、自国の名産が、他国の劣化版と言われたら、黙っていることはできないんだろう。
それで戦争を仕掛けるのは違うと思うけど、まあ、気持ちはわかる。
「あそこか。昔から、やたらと突っかかってくる国ではあったが……」
「とうとう、越えてはいけないラインを超えてしまったようですね」
「まったくだ! セレネを攫うなど、万死に値する!」
エルバートさんは、興奮したように叫んでいる。
皇帝の前ではあるが、皇帝もその気持ちはわかるのか、うんうんと頷いていた。
基本的に、ゴーフェンは自分から仕掛けることはない。相手が歯向かってくるなら叩き潰すが、そうでないなら見逃す、そんな国である。
しかし、国の威信をかけた壮大なプロジェクトを邪魔した挙句、国の技術者を誘拐するという暴挙は、看過できるものではない。
まだ、確実にアルバン王国がやったとは確定できていないけど、捕らえた間者を拷問でもして吐かせれば、すぐにはっきりすることだろう。
そうなれば、後は報復するだけである。
アルバン王国のことについては何にも知らないけど、今後の行く末を考えると、少し不憫だなと思ってしまった。
感想、誤字報告ありがとうございます。




