第三百十六話:誘拐事件
今日もドックは平和だった。
爆発事故が起きてから、また同じことが起こるんじゃないかと、職人達は少し不安げだったが、あれからこの場所にあるものはすべて検め、危険性はないと判断されたし、後から持ち込むものにも、厳しいチェックが成されるようになったので、一応は安心することはできていると思う。
まあ、そのせいで作業がだいぶ遅れてしまっているけど、それはもう仕方ない。
妨害してきた国に文句言うしかないね。
「このまま何もなければ……」
「た、大変です! セレフィーネ様が行方不明に!」
「……よかったんだけどなぁ」
突如、ドック内に駆け込んできた警備の人によって、平穏は破られた。
いやまあ、確かに相手が仕掛けるならそろそろだと思っていたし、狙われるとしたら魔石よりはセレフィーネさんを攫う方が簡単だろうから、そっちが狙われるとは思っていたけども。
こんなことなら、セレフィーネさんの意見を無視して見張っておけばよかったとも思うけど、まあ、まだ慌てるような時間じゃない。
行方不明ってことは、殺そうとしたのではなく、攫って行ったってことだと思う。
セレフィーネさんは恐らく家にいただろうし、もしそんな短慮な相手なら流石にエルバートさんが気付くはず。
まあ、攫われたとしても気づく気がしないでもないけど、とにかく、死んではいないはず。
であるなら、あらかじめ渡されていた共鳴石を使うことで、後を追うことができるはず。
「さて、一体どこにいるのか」
私はドックから出て、さっそく共鳴石を使ってみることにした。
共鳴石は、同じ波長を持つ共鳴石の方向を示すらしい。
いったいどのように示すのかと思ったけど、どうやら振動して示すらしい。
対となる共鳴石がある方向に向かって振動してくれるので、手のひらの上に置いていると少しくすぐったいが、これならなんとなくの場所はわかりそうだ。
まあ、ちょっと使いにくい気はするけどね。
振動という方法だから、若干わかりにくいし、大まかな方向しかわからないから、これだけをヒントに探すのは少し難しそう。
私の場合は、探知魔法があるから、近くまで行けばセレフィーネさんの魔力を探知できると思うけどね。
とにかく、振動を頼りに、攫われたと思われる方向へと進んでいく。
「いつ攫われたかにもよるけど、そう遠くではなさそう?」
しばらく歩いていると、だんだんと振動が強くなっていくのがわかった。
近づくにつれて、振動の強さが変わるのかな?
探知魔法でも、しばらくしてセレフィーネさんの気配が引っ掛かった。
どうやら、近くにある鉱山付近に向かっているのかな?
セレフィーネさん以外に、気配が四人ほどある。
流石に、これだけでどこの国の人かまではわからないけど、まあ、見れば何となくわかるだろう。
「さて……」
木々が生い茂る道中。
どうやら、奴らは馬車に乗っているようだった。
外からだと見えないけど、探知魔法で見れば、あの中にセレフィーネさんがいることは明白である。
さて、どうしたものか。
恐らく、攫われたことは間違いない。警備の人も、行方不明だって言ってたし、少なくとも誰かに伝えてからいなくなったわけではないだろう。
だから、ここで問答無用で襲い掛かって、セレフィーネさんを救出するって言うのでも、問題はないと思うけど、万が一ということもある。
これで、お忍びでどこかに行ってましたじゃ、私が悪者だし、ちょっと様子を見たいところ。
今のところ、奴らにセレフィーネさんを殺すような意思はなさそうだしね。
まあ、セレフィーネさんが縛られたりして、辛い状況に遭ったらちょっと可哀そうだけど、多分大丈夫だと信じたい。
「いったいどこに行くつもりなんでしょうね?」
「さあ。あんまり地理には詳しくないけど……」
一応、この先には鉱山があるということは知っている。だが、その先に何があるのかまでは知らない。
というか、ゴーフェンの妨害をするためにセレフィーネさんを誘拐するのはいいとして、そのあとどこに連れていくかだよね。
考えられる可能性としては、どこかに監禁しておくとか、あるいは自国に連れ帰るとかだけど、後者の場合、ちょっと難しそうな気はする。
なにせ、隣国だとしても、皇都から行くとなると最低でも一か月以上はかかる。
その間、セレフィーネさんを大人しくさせておけるとは思えないし、転移魔法陣で連れていくにしても、あれは目立ちすぎるから無理がある。
となると、どこかに監禁しておくって考えるのが自然か。
鉱山は、その隠れ蓑なのかもしれない。
「とりあえず、鉱山に着いたら助けようか」
あわよくば、監禁場所を突き止めて、まとめて検挙したいところ。
私は、気づかれないように隠密魔法をかけながら、馬車の後を追う。
しばらくすると、鉱山の近くまでやってきた。
鉱山そのものに用があるのかと思ったが、どうやらそういうわけではないらしい。
途中で馬車を止め、中からセレフィーネさん達が姿を現す。
どうやら、セレフィーネさんは両手を後ろに縛られ、猿轡をさせられているらしい。
ちょっと可哀そうな光景だけど、抵抗しなかったのか、そこまで酷い傷はなさそうだ。
他は全員男で、黒い外套を身に纏っている。
明らかに怪しげな人達だし、誘拐されたのは確定のようだ。
「なんか可哀そうだし、もう助けちゃうか」
ここで降りた以上、恐らくこの先に監禁場所があるとは思うけど、別にここで助けてしまっても、後から探し出せばいいだけの話である。
流石に、ここからそう遠くはないだろうし、探知魔法を駆使すれば、人がいるならすぐにわかるだろう。
いないならいないでこいつら以外に仲間はいないってことだし、問題はない。
「ちょっと失礼しますよっと」
「な、なんだおま……」
即座に近づいて、全員の首をトンってやって気絶させる。
最後の一人に気づかれかけたけど、まあ、顔は見られてないだろうし大丈夫。
私は、セレフィーネさんにつけられている猿轡を取り、縄も解く。
すると、セレフィーネさんはちょっと膨れっ面をしていた。
「ハクさん、助けるのが早いです」
「え?」
「せっかく、このまま彼らの国まで連れて行ってもらおうと思ってましたのに」
「えぇ……」
なんか、助けたら文句を言われてしまった。
助けろって言ったのはそっちじゃないですか……。
「もしかして、わざと攫われました?」
「はい。私の設計した船にケチをつけるのですから、その落とし前はつけさせてもらおうかと思いまして」
「危ないですよ」
「大丈夫ですよ。その証拠に、こうして助けてくれたじゃないですか」
そう言って、私のことを指さすセレフィーネさん。
どうやら、妨害をされたことを思ったよりも怒っていたらしい。それで、仕返しをしたいって思っていたようだ。
だからと言って、それでわざと攫われるのは違うと思うけど……。
思った以上に、セレフィーネさんはアグレッシブな性格なのかもしれない。
意外な一面に、思わずため息をついた。
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