第三百十四話:妨害工作
調べた結果、原因はわからずじまいだった。
有力なのは、何者かが火魔法で爆発を起こしたってところなんだろうけど、ドワーフは魔法の扱いが不得手だ。意図的にしろそうでないにしろ、そうそうやるとは思えない。
ならばドワーフ以外がいたのではないかとも考えたけど、あの時ドッグにいたドワーフ以外というと、私とエルくらいしかいない。
もちろん、私達は何もしていないし、完全に想定外だ。
監督者も、エルバートさんも、何が原因なのかわからないようで、とにかく皇帝に報告しようということになり、城に行くことになった。
一応、もしかしたらこれをやらかした犯人がいるかもしれないので、エルには見張りとして残ってもらって、私とエルバートさん、セレフィーネさんで謁見することになった。
「それで、被害状況は?」
「幸い、怪我人はおりませんでした。船の方も、一部のコーティングが傷ついたくらいで、特にダメージはありません」
「ふむ、まずは怪我人がいなくて何よりだ」
皇帝が真っ先に心配したのは、怪我人がいるかどうかだった。
船も大事だろうが、やはり優先すべきは人員である。
いくら大きなプロジェクトとはいえ、そこは履き違えないようだ。
「原因はわからないのか?」
「はい。爆発跡を調べてみましたが、これと言った証拠は見つけられず……」
「そうか……」
あの場にあったのは、コーティングに使っていたシールっぽいものと、木材の破片くらいだった。
作業していたドワーフに話を聞いたりもしてみたけど、特にこれと言った証言は得られず。
本当に、なんで爆発したのか、見当もつかない状態だった。
「どこかの国の妨害工作か……?」
「それは、確かにあり得るかもしれません」
今回のプロジェクトは、夢の船を完成させようという、壮大なプロジェクトである。
これに参加している国は、ゴーフェンが選んだ、特に友好的な国だけであり、それ以外のそこまで友好的でない国は含まれていない。
プロジェクト自体は、一応秘密裏に行われてきたけれど、流石に半年近くも経てば、どこからか情報が洩れてもおかしくはないだろう。
ゴーフェンにお呼ばれされなかったことを恨んで、あるいは純粋にゴーフェンのことを恨んでいる国が、邪魔するために爆発事故を起こした、と考えれば、辻褄は合う。
ただ、いまさらそんなことしてどうするんだって話ではある。
確かに、今回のプロジェクトが頓挫すれば、ゴーフェンの信用は失墜するだろう。
なにせ、参加を打診された国は、ゴーフェンが新たな時代を築くその一歩に、一枚噛ませてやろうという割と上から目線の物だった
これでできなかったら、そうして誘った国々からバッシングを受けてもおかしくないし、ゴーフェンの技術力が劣っているという証左になってしまう。
だが、それはプロジェクトが完全に頓挫した場合だ。
いくら妨害工作をしたところで、ずっと続けることはできないだろう。物理的にゴーフェンの技術者の命が狙われたり、設計図が盗まれでもしない限り、プロジェクトは止まることはない。
そして、もし途中で妨害していることがばれれば、ゴーフェンは全力で潰しに来るだろうし、あまりにリスクが大きすぎる。
確かに、ゴーフェンの信用を失墜させることができると考えれば、賭けに出てもおかしくはないけど、それだってあからさまに誰かに妨害されてってなったら、バッシングもそこまで強まらないだろう。
明らかに、リスクとリターンが見合っていない気がする。
「もしそうだとしたら、あまりにも短慮が過ぎるが、ゴーフェンを敵視している国もないわけではない。恨みが積もって、というのも考えられる」
「だとしたら、どうしましょう? 私としては、このまま開発を続けるべきだと考えますが」
「うむ、開発自体はこのまま続けるつもりだ。まだ誰かが仕掛けてきたと決まったわけではないが、それに関してはこちらで調べておく。妨害に負けず、必ずや完成させようではないか」
「もちろんでございます」
結局、今回のことは、事故として済まされることになった。
もちろん、皇帝が調べておくと言ったからには、暗部が動くだろう。
今回の爆発事故は、結構巧妙に仕組まれたもののようだけど、流石にそう何度も通用するとは思えない。
そのうち、誰が妨害していたのか、ひいてはどの国が恨みを持っているのかもわかるはず。
まあ、そう大きな問題にはならないだろう。
「ハクさん、少しよろしいですか?」
「はい?」
謁見を終え、城を後にする道中、セレフィーネさんが話しかけてきた。
珍しく、エルバートさんに聞こえないように、わざわざ離れて寄ってきたので、これは何かあるんじゃないかと思い、こちらも居住まいを正す。
いったい何の話だろうか?
「今回の事件、恐らくこれで終わりにはなりません」
「それは、そうですね」
これが、ただの誰かのミスであるならば、これで終わりになる可能性もあるだろうけど、誰かが妨害しようとしているなら、また妨害があってもおかしくはない。
いくらリスクとリターンが見合ってないとはいえ、相手はそうと思ってない可能性もあるし、愚直に妨害してくる可能性は十分にある。
「このプロジェクトを妨害するにおいて、最も確実な方法は何かわかりますか?」
「確実な方法ですか? それは……設計図を盗むとかですかね」
「ええ、それもあるでしょう。ですが、それだけでは足りません。なにせ、私の頭の中には、設計図があるのですから」
確かに、設計図が盗まれるのは致命的だが、設計者であるセレフィーネさんがいれば、仮に盗まれてしまったとしても、新たに作成することができるだろう。
もちろん、設計図が盗まれるということは、魔導船の弱点を晒すということでもあるから、完成した後にも破壊される可能性があるけど、ただプロジェクトを成功させるだけだったら、セレフィーネさんがいさえすれば、問題はないとも言える。
「致命的なことは二つ。一つは魔導船のコアとなる、魔石が盗まれること」
「それは、確かに……」
魔導船の動力源となる魔石は、現状替えが効かない。
魔力を帯びたギガントゴーレムという、珍しい個体を丸々魔石として利用することで、コアとしようとしている関係上、これを盗まれたり、破壊されたりしてしまうと、魔導船を作ることができなくなってしまう。
まあ、あれは恐らく城の宝物庫とかに保管されていると思うから、そうそう手は出せないと思うけどね。
もし手を出せるとしたら、城の人が裏切ったってことになっちゃうだろうし。
「もう一つは、私自身が攫われることですね」
「あっ……」
確かに、その可能性もあったな。
セレフィーネさんの頭の中に設計図があるなら、セレフィーネさん自身を攫ってしまえばいい。
セレフィーネさんは、ゴーフェンでも随一の魔道具発明家だし、ゴーフェンの国力を低下させるという意味でも、セレフィーネさんの存在は重要だ。
設計図を盗まれるより、よっぽど大変なことである。
「もちろん、私も自衛のためにいくつかの魔道具は所持していますが、それで身を守り切れるかわかりません。ですので、ハクさんに、これを渡しておこうかと思いまして」
そう言って、手渡してきたのは、ペンダントのように装飾された、小さな丸い結晶だった。
魔石を小さく砕いたもののようにも見えるけど、これは一体?
「それは、共鳴石と呼ばれるもので、同じ波長を持つ共鳴石の方向を示す効果があります」
セレフィーネさんは、そう言って懐からもう一つ同じものを取り出す。
なるほど、セレフィーネさんの言いたいことがわかってきた。
「つまり、もし攫われるようなことがあったら、これを伝って助けに来て欲しいと?」
「そういうことです。兄様では、どんな無茶をするかわかりませんからね。ハクさんなら、信用できるというものです」
「そういうことなら、承りました」
「よろしくお願いします。私も、まだ死にたくはないので」
最後ににこりと笑うと、セレフィーネさんは去っていった。
しっかりと先のことを考えているあたり、セレフィーネさんはやはり油断ならない人である。
まあ、一番は攫われないことだけど、もしそうなったら、しっかり助け出すとしよう。
というか、その可能性があるなら、私もアクセサリーを渡しておいた方がいいかな?
あれには、防御魔法を仕込んであるから、いざという時には守ってくれるはずだし。
私は、急いでセレフィーネさんの後を追う。
さて、厄介なことにならなければいいけど。
感想、誤字報告ありがとうございます。




