第三百十三話:建造の見学
それから約一か月ほどが経った。
船体を作るための木材や、コーティングのための魔物の素材の追加など、ちょくちょく手伝うことはあったが、それ以外は特に問題も起こらず、順調に開発が進んでいった。
本来なら、船体を作るだけでも、数ヶ月以上はかかってもおかしくないのだけど、流石はゴーフェンというべきか、すでに船体は造り終え、コーティングの作業に入っているらしい。
浮力を生み出すためのミスリルのパーツも粗方試作品が完成し、後は噛み合わせを見ながら、徐々に調整していくだけである。
いやはや、とんとん拍子に進んでいくね。
いや、木材の魔力伝導率の問題だったり、魔物の素材の供給だったり、問題がなかったわけではないけど、割と順調に進んでいるように見える。
本来なら、試作品の完成だけでも、最低でも年単位の時間がかかると思うんだけど、この調子だと、半年ちょっとで出来上がりそうだな。
「完成が楽しみだね」
このまま、完成するのを待っていてもいいんだけど、せっかくだから今日は建造の現場を見てみることにした。
今までは、邪魔になるかなと思って入ろうとは思わなかったんだけど、以前皇帝から、一度くらいは見て行ってくれないかと頼まれた。
今回のプロジェクトで、最も貢献しているのはオルフェス王国らしい。
木材もそうだが、特に魔物の素材に関しては群を抜いていて、オルフェスがいなければここまでスムーズに建造することはできなかっただろうと言っていた。
だからというわけではないが、このまま素材だけ提供して完成を待つよりも、一度くらいは見学して、どのように作られたのかを記憶に残してほしいということらしく、じゃあ一回くらいは見てみようかと思ったわけだ。
魔導船の建造は、ゴーフェンにある新設されたドッグで行われている。
別に、既存のドッグを使っても問題はなかったのだけど、一応、巨大なプロジェクトということで、気合を入れたかったらしく、作ったようだった。
ドッグに向かい、警備の人に用件を伝えると、すぐに中に通される。
中には、すでにほぼ完成形に近い船体が鎮座しており、せっせと何かを張り付ける作業をしているようだ。
恐らく、あれが魔物の素材によるコーティングだろう。
パッと見る限り、シールのように伸びて、張り付けられているけど、一体どんな加工をしたんだろうか。
私達が納品したシーサーペントの鱗とか、確かにしなやかではあるけど、あそこまでの展延性はなかったと思うんだけど。
「む、貴様も来たのか」
「エルバートさん、それにセレフィーネさんも。こんにちは」
完成に近づいている魔導船を眺めていると、ドッグの端の方に、エルバートさん達がいることに気が付いた。
まあ、設計者なのだし、いてもおかしくはないか。
私はあいさつのために近寄る。
エルバートさんは相変わらず嫌そうな顔をしているけど、別に邪魔はしないから許してほしい。
「進捗はどのくらいなんですか?」
「六割と言ったところだ。魔力伝導率を計算したところ、思った以上に層が必要なことがわかった。なので、その作業に時間を取られている」
「なるほど。でも、六割できてるだけでも早いと思いますよ」
「プロジェクトが動き出してからすでに半年近く経つ。むしろ遅いくらいだ」
エルバートさんとしては、いくらおとぎ話の中の船でも、三か月もあれば実現できると踏んでいたらしい。
動力源となるコアの問題があったが、それに関しては、皇帝から問題ないと伺っていたため、ならば他の部分は何とかなると本気で思っていたようだ。
しかし実際は、素材の問題や、運搬の問題なども重なって、結構遅くなってしまった。
だから、今の状況は、エルバートさん的には好ましくないものらしい。
「この調子で行ったら、あとどのくらいでできますかね」
「素材の納品はほぼ足りているし、順調に行けば、あと一か月もあればできるだろう」
「早いですね」
「これくらいできなければ、ドワーフの名折れだ。誇るほどのことでもない」
「兄様、それは職人の皆さんに失礼ですよ?」
「む、そ、そうだな、失言だった」
ここにいる職人達は、皆夢を追い求めて志願してくれた人達ばかりだ。
それを、誇るほどのことでもないというのは、流石に失礼というもの。
セレフィーネさんに窘められ、エルバートさんは発言を撤回する。
相変わらず、妹には弱いようだ。
「ま、まあ、貴様も今のうちに目に焼き付けておくといい。魔導船が出来上がるさまをな」
「はい、しっかり見ておきます」
作りかけの魔導船を見上げながら、しっかりと返事をする。
あと一か月もすれば出来上がると思うと、ワクワクしてくるね。
もちろん、できたからと言って、それで完全版というわけにはいかないと思うけど、試作品でも、ぜひとも乗って見たいものだ。
「それじゃあ、そろそろ……」
粗方見終わったので、そろそろお暇しようと思った時、ふと爆発音が響き渡った。
弾かれたように音のした方を見てみると、船の一部から煙が上がっていることに気が付く。
職人達が慌てふためいているのが見えたので、何か問題が起こったことは間違いなさそうだ。
「何事だ!?」
「爆発です! 火災も発生しています!」
「す、すぐに消せ!」
監督者と思われる人が、慌てて指示をするが、ドワーフは魔法が苦手だ。水の魔法ですぐに消火というわけにはいかない。
なので、とっさに私は、煙を吹いている部分に水魔法で雨を降らせた。
幸い、小さなボヤだったようで、火災はすぐに収まったようだ。
現場の混乱も次第に落ち着き、平静さを取り戻していく。
「い、一体何が……」
「兄様、話を聞いてみましょう」
原因を探るべく、監督者に話を聞くことにする。
監督者自身も、部下から報告を受けたばかりのようだったが、どうやら、コーティング作業中に、一部で爆発事故があったらしい。
ミスリルパーツを取り付ける際に、多少火を扱うことはあるが、今回は、そう言った部分ではないようで、爆発の原因は不明とのこと。
幸い、コーティングしている材料は魔物の素材を加工したもの。耐火性もそれなりにあったため、船体自体にダメージはなく、燃え広がらずに済んだようだった。
すぐに水魔法で消火できたことも要因の一つだとして、私に礼を言ってくる。
「この作業区間で爆発だと? 一体何がどうなったらそうなるんだ……」
エルバートさんが、腕を組んで呟いている。
確かに、この事故は少し妙な部分がある。
なにせ、爆発が起こった場所では、火を使ったりはしていなかったのだから。
今回のプロジェクトは、失敗は許されない。それ故に、職人達には、いつも以上に危機意識を持って作業に当たるように呼び掛けられていた。
そもそも、火の扱いに慣れたドワーフが、間違って爆発を起こすなんて考えられないし、何かしらのイレギュラーがあったことは間違いない。
私は、爆発があった場所を見てみる。
もし、これが魔法によるものなら、魔力の残滓で大体わかるはず。
そう思って見てみたんだけど、特に怪しい魔力は感じられなかった。
となると、物理的な爆発物?
残骸を見る限り、そんなに怪しそうなものは見当たらない。
そもそも、ダイナマイトすらないこの世界で、物理的な爆発ってどうやるんだろうか。
何か見落としてる? 確かに、コーティングされた素材のせいで、多少魔力が読みにくくはあるけど、そんな見落とす程じゃないと思うんだけど。
私はしばらくの間、何が原因なのかを調べ続けた。
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