第三百五話:適した木材
木材の納品は、そのまた一か月後に行われることになった。
お試しということで、それぞれ木材を十数本ずつである。
まあ、十数本しか取り寄せられなかったという方が正しいかもしれないけどね。
あらかじめ、連絡できていたならともかく、帰ってから準備に取り掛かって、木材を取り寄せるとなると、時間が足りない。
ただでさえ、木材は大量に運ぶと重い上、嵩張るから量が運べないって言うのに、そんな急に納品できる場所は少ない。
近くの町だったとしても、かなりぎりぎりになっていたことだろう。
切れ端でもいいなら早く運べたかもしれないが、流石にそれでは評価できないだろうしね。
なので、今後のことも考えて、まずは少量で様子見というわけだ。
すでに話は通しているから、運ぼうと思えばいつでも運ぶことはできる。それぞれの町としても、この大口の取引は逃したくないだろうし、張り切っていそうだよね。
まあ、絶対に使うかどうかはまだわからないんだけど。
「納品ありがとうございます。さっそく、使えるかどうか、試験をしてみますね」
木材を渡すと、相手方は早速試しに行ったようだ。
他の国からも、続々と納品されているようなので、これで適性があると判断されれば、まずは一歩前進である。
さて、うまくいくといいんだけど。
「お待たせしました。結果が出ましたよ」
それから数日して、結果が明らかになったようだった。
結果を始めに言うと、どれも適性はなかったらしい。
というのも、ただ単に、船を作るための木材として使用するだけなら、特に問題はないのだという。
ただ、今回造る魔導船は、浮力を出すために、色々なパーツが取り付けられる予定なのだ。
そのほとんどはミスリルであり、その主な採用理由が魔力の通し方となると、魔力伝導率の話もしなくてはならない。
木材は、魔力伝導率という意味では普通だ。だが、それ故に不具合が起こるようである。
浮力を発生させるための設備には、ミスリルが使われる予定だが、円滑に魔石の魔力を伝えるために、魔力伝導率は重要な要素である。
その噛み合いに、木材が使われると、道中で不自然な回路が出来上がってしまい、結果的に効率が落ちる、ということだった。
もちろん、多少効率が落ちるだけで、使えなくなるわけじゃない。
魔力を全く通さない物質がほぼない以上、絶縁体のようなものを用意することはできないし、多少効率が落ちる程度だったら、問題ないとも言える。
しかし、これは最終的には、空を飛ぶ乗り物になる予定である。
他の場所で十分にエネルギーを賄えるのだとしても、効率が悪ければ、その分安定性に欠けることになる。
それに、効率が悪くても完成すればいいや、みたいな考え方は、ゴーフェンのドワーフにとってはあまり思わしくない思考であり、できることなら完璧なものを作りたい、そう思っているようだった。
だからこそ、相性がいい木材が欲しかったわけだが、それは今回の納品では見つからなかった。
これでは、先に進んだとは言えないかもしれないね。
「それは、難題が出ましたね……」
「納品してくださったところ本当に申し訳ありませんが、ここで妥協するわけにはいかないのです」
今回、相性としてよさそうなのは、魔力を全く通さない、あるいは、ミスリルと同じくらい魔力伝導率がいい木材ってことになる。
魔力伝導率の違いによって不具合が生じるのだから、同じくらい魔力伝導率が良ければ不具合は出ないってことだね。
究極的なことを言うなら、すべてをミスリルで作れば解決だけど、流石にミスリルは高すぎるし、そもそもいくら軽い素材と言っても、全部ミスリルで作ったら流石に重量がとんでもないことになる。
どこかで木材を使用しなければならないのは仕方のないことだ。
「その、魔力伝導率を調べるには、どうすればいいのですか?」
「専用の機器もありますが、簡易的に調べるだけなら、自身の魔力を流してみて、その通り方を調べるという方法があります」
「……それで感じられるものなんでしょうか」
「ある程度魔力制御に長けている方なら、わかるかと思います」
「なるほど……」
フェンスさんは、ちらっと私の方を見る。
まあ確かに、日常で魔力伝導率なんて言葉を聞く機会ないだろうね。
魔力伝導率が重要視されるのは、今回みたいな魔石を使った装置を作る場合だったり、あるいは魔術師が使う杖を作るためにってところである。後は刻印魔法を使うものとかね。
魔法を日常的に使わない人からしたら、なんのこっちゃな話だよね。
一応、私は探知魔法で魔力の流れを見ることができるから、魔力伝導率を調べること自体は簡単にできる。
木材の魔力伝導率は結構悪い方だと思っていたんだけど、普通だと聞いて少しびっくりしたけどね。
建物とかを見ても、魔力の流れって全然ないから、てっきり悪いのかと思っていたのだ。
そう考えると、あんまり探知魔法で調べるのは意味がないかもしれないね。
「わかりました。何か魔力伝導率がいい素材がないか、調べてみます」
「よろしくお願いします」
魔力伝導率がいい木材か、一応、ないことはないと思う。
例えば、私が持っている世界樹の杖だけど、あれは相当魔力伝導率がいい。
最初はあんまり魔法が使えなかった私が、一端の魔術師を名乗れるくらいには威力が上がったのは、あの杖があったからというのもある。
だから、世界樹と呼ばれる木なら、ある程度は何とか出来るんじゃないかと思うのだ。
まあ、世界樹と言われるくらいだから、そんな大量に木材を確保することはできなさそうだけどね。
結局、世界樹って見たことないんだけど、どこにあるんだろうね? ちょっと見てみたい気はする。
「さて、どうしましょうか……」
打ち合わせを終え、部屋を後にしたフェンスさんは、腕を組んで悩んでいた。
まさか、持ってきた木材が全滅するとは思っていなかったようで、今後どうするかを考えているんだろう。
他の国の持ってきた木材もダメって話だったから、オルフェス王国が一歩出遅れたというわけではないけど、それでも難しい問題であることに変わりはない。
このままでは、何も納品するものがなくなってしまうのだから。
「魔力を全く通さない物質、あるいは魔力を良く通す木材ですか? 魔力伝導率と言われても、正直ピンとは来ないのですが……」
「まあ、武器や魔道具を作ったりする時にしか使いませんからね。知らないのも無理はないと思います」
「ハク殿は、何か心当たりはありますか?」
「……まあ、ないことはないですが」
魔力を通さない物質というのには、少し心当たりがある。
それが、アダマンタイトだ。
神金属と呼ばれる幻の金属であり、どんな攻撃を受けても壊れない、不変の特性を持つ。
これの特徴の一つに、魔力を全く通さないというのがあるのだ。
全く通さないというか、通せる隙間がないと言った方がいいかもしれないけどね。
アダマンタイトは、内部に神力がみっちりと詰まっており、他の魔力が入り込む余地がない。故に、魔法攻撃などに対しても、全くびくともしないわけだ。
だから、これを絶縁体として嚙ませれば、うまくいきそうではある。
ただ、アダマンタイトは、というより神金属は、本来地上には存在しない物質である。
現在あるのは、欠片の欠片とも言うようなほんの小さなものだけであり、それをただの絶縁体として使うなんてことは全く考えられていないだろう。
私の場合、ダンジョンでアダマンタイトが見つかる場所を発見した関係上、時間をかければ無限に入手することができるけど、そんな背景があるから、おいそれと表に出すわけにはいかないということだ。
以前は、どうにか使えないかと武器を作ったりもしたけど、今考えるとやり過ぎだったよなと思わなくもない。
「それは、容易に手に入るものですか?」
「いや、それは無理です。なので、今回の素材候補としては役に立たないかと」
「そうですか……」
出せないことはないけど、出したら大騒ぎになるものだから出すに出せない。なんとももどかしいことである。
まあ、強いて他に候補を上げるとするなら、魔力溜まりにある木だろうか?
魔力溜まりにある植物は、そこにある神力を吸収して、無限に成長する。
神力と魔力という違いはあるが、少なくとも、普通の木材よりは魔力の吸収率はいいだろう。
魔力伝導率とは、その物質内で動くことができる魔力の量という言い方もできる。
建材として使われている木材は、ほとんど魔力の流れがないのに対し、魔力溜まりの木は、絶えず流動するような流れを持っている。
さっき、探知魔法で判断するのはよくないとは言ったけど、もしこれが当てはまるのなら、今回の魔導船の素材としては最適なんじゃないかと思う。
と言っても、これも魔力溜まりに行かなくてはならないから、入手は容易ではないんだけども。
普通の手段で入手できるものと限定すると、結構候補がないなと思いつつ、どうしたものかと頭を悩ませた。




