第三百一話:町へ繰り出し
用事を終え、フェンスさん達の元へと戻る。
今回、この説明会にやってきた人々には、それぞれ客室が割り当てられており、そこで過ごすように言われている。
各国との打ち合わせをすると言っていたが、今日のところはさっきの説明会だけで、特に予定はないようだった。
だから、明日までは暇である。さて、何をしたものか。
「フェンスさんは、この後予定はありますか?」
「打ち合わせが明日の午前中になっているので、それに向けての資料の整理でもしていようかと」
「わざわざ資料なんて作ってきたんですね」
「いくらゴーフェンが技術大国とは言っても、オルフェスも負けないところはあります。今回のプロジェクトで、少しでもお役に立ち、オルフェスの優秀さをアピールしなくては」
フェンスさんは気合が入っているようで、そう意気込んでいた。
まあ確かに、今回支援をして欲しいとゴーフェンが呼んだ国はいくつかある。それに優劣は多分ないとは思うが、望まれた素材を快く提供する国と、全く用意できずに役立たずになる国、今後を考えて、どちらと仲良くすべきかは明白だろう。
もちろん、今回ゴーフェンが呼んだ国は、特に友好関係が深い国ばかりだろうから、こうしてこのプロジェクトに呼ばれた時点で、信用されていると見てもいいけれど、その中でも特に注目されたいというのは国としては当然のことである。
果たして何の素材を要求されるか知らないが、オルフェスが用意できるものだったらいいのだけど。
「整理のために、部屋から出る予定はないので、ハク殿は自由にしてもらっていても構いませんよ」
「いいんですか?」
「もちろんです。ハク殿のお手を煩わせるようなことは致しません」
資料の整理というから、手伝おうかなと思っていたけど、そういうことなら、街に出てみようかな。
何か面白い魔道具とか見つかるかもしれないし。
「それじゃあ、私は街の方に行ってますね。何かあったら、連絡してください」
「わかりました。気を付けて行ってらっしゃいませ」
フェンスさんに見送られながら、街へと繰り出す。
ゴーフェンの魔道具は、品質がいいことで知られている。
元々、ドワーフが作るものは品質が良く、長持ちするとは言われているが、ゴーフェンのものはブランド化されているくらい、高い価値を持つ。
しかし、高いのは他の国でだけで、ゴーフェン内ではそこまで高くもない。
むしろ、誰にでも手が届きやすいリーズナブルな値段であることも多く、ゴーフェンを訪れるのなら、魔道具の一つや二つは買って帰るのもやむなしと言われている。
さて、一体どんな魔道具があるだろうか。
「へぇ、こんなのもあるんだ」
魔道具は、アイデア次第でいくらでも作り出すことができる。
日常的に使われているのは、火を起こす魔道具だったり、水を出す魔道具だったりだが、ここではいろんなものが見れる。
例えば、冷風を出す魔道具。
うちにも、似たような魔道具が置いてあるが、ここに置いてあるものは結構小型で、片手で持つことができるくらいのサイズである。
あちらの世界で言うところの、携帯扇風機ってところだろうか?
ただ単に、風を出すだけだったら、風の魔石を使えば済む話なんだけど、冷風となると、その風を冷たくする機能も必要になってくる。
そのためには、必然的に氷の魔石が必要となり、最低でも二つの属性の魔石が必要になるわけだ。
魔石は、それぞれの属性の魔力を流すことで変換が可能だけど、基本的にはどれか一つの属性に染め上げてしまうことが多い。
一応、加減すれば、一つの魔石に二つの属性を混在させることはできるが、仮に風と氷の二つの属性を合わせた魔石を作ったとしても、簡単に冷風を出す魔道具ができるとは限らない。
しかし、これだけ小型化しているということは、その技術を使っているはず。
その上で、きちんと動作するように仕上げられるのは、魔道具職人の腕の良さを物語っているだろう。
やはり、ここは面白い。別に必要ないかもしれないけど、ついつい買いたくなっちゃうね。
「魔道具と言えば、カイルさんどうしてるかな」
カイルさんは、以前ゴーフェンを訪れた時に、エルバートさんに無茶振りをされて、店を潰されかけていた人だ。
結局、あの時は私がギガントゴーレムの魔石を提供することによって事なきを得たが、あの後どうなったんだろうか?
説明会の場にはいなかったから、エルバートさん達のように呼ばれているわけではなさそうだけど。
気になったので、ちょっと工房に足を運んでみる。
そこには、以前と変わらぬ姿の工房があった。
「いらっしゃい。……って、ハクの嬢ちゃんじゃないか。久しぶりだな」
「お久しぶりです、カイルさん」
店に入ると、ちょうど店番をしていたカイルさんが出迎えてくれた。
あちらも、私のことは覚えていてくれたようで、カウンターから出てきて、ハグをしてくれる。
この様子だと、潰れかけているというわけではなさそうだ。ちょっと心配していたから、無事で何よりである。
「今日はどうしたんだい?」
「ちょっと、皇帝に用事がありまして。その護衛できたんですよ」
「ああ、そう言えば以前も護衛だったんだっけな。流石、高ランク冒険者は引っ張りだこだね」
護衛できたというのは、正確には違うが、まあ、大きくは間違っていないのでいいだろう。
あんまり、プロジェクトについて話すのはよくないと思ったので、多少濁した形である。
「しかし、バルト陛下に用事ってことは、例のプロジェクトについてか?」
「知ってるんですか?」
「噂程度にはな」
なんだ、せっかくぼかしたのに、知っているんじゃ意味がなかったな。
まあ、元々噂程度に流すって言うスタンスだったようだし、王都の魔道具職人なら、知っていても不思議はないか。
「正直、無謀だとは思うんだがなぁ」
「カイルさんは、魔導船は無理だと思ってるんですか?」
「まあな。いくら魔石が優秀とは言っても、限度はある。小型の、それこそ一人乗りくらいの小さな船だったらまだ可能性はあるかも知れんが、モデルは大型船らしいし、とてもじゃないが、それを浮かせられるだけの魔石があるとは思えない」
夢はあると思うがな、とカイルさんは笑う。
まあ、確かに普通はそういう感想になるのか。
ゴーフェンが技術大国とは言っても、何でもかんでもできるわけじゃない。理論的には可能でも、物理的に不可能なことなんていくらでもあるだろう。
魔道具職人だからこそ、魔導船に必要となる魔石の大きさを考えることができ、そして、それは入手不可能だと思ったんだろうね。
実際、ギガントゴーレムがなければ、無理なのは違いなかっただろうし。
「嬢ちゃんは、できると思うか?」
「できたらいいなとは思ってますよ。乗ってみたいです」
「はは、それなら、頑張るしかないな。まあ、あのセレフィーネ様がついてるんだ、もしかしたら、ワンチャンあるかもしれないぞ?」
「そうですね」
ゴーフェンの人でも、夢物語と思う人は少なくないらしい。
私は、これから挑むプロジェクトが、割と難題なんだということを改めて理解した。




