第百四話:Aランク冒険者
もはや行き慣れたギルドマスターの部屋に連れていかれた私は事の次第を説明した。
私は急に決闘を申し込まれた被害者であり、私に非は全くないと。
これに関しては多くの冒険者が証言してくれたこともあり、すんなりと信用してもらえた。それにどうやらあのアグニスという女性は普段からあんな感じらしい。
根っからの戦闘狂で、とにかく強い奴と戦いたいという一心で困難な依頼に挑戦し、ついにはドラゴンまで狩ってしまったAランク冒険者。
その戦闘対象は魔物に限らず、同じ冒険者や傭兵、兵士に至るまで様々な人間に喧嘩を売ってるらしい。特に、闘技大会ではいつもやりすぎて相手を再起不能にしてしまうことがあるため、出禁にされているとかなんとか。
ギルドの間ではなるべく厄介な依頼を押し付けて黙らせようというのがいつもの対応であり、今回はちょうどその依頼が終わったタイミングで王都に戻ってきて私の噂を耳にしたようだった。
「今回は済まないね。事前に知らせておくべきだった」
「いえ、今回は仕方ないでしょう」
本来なら依頼はもう少しかかるはずだった。しかし、彼女の力があまりにも高く、目算よりも早く帰ってきてしまった。
依頼がいつ終わるかなんて正確に把握することはできないし、そのうち伝えようと思っていたのがいきなり帰ってきたのだから仕方がない。
とはいえ、もし帰ってくれば英雄と噂されている私に勝負を挑むことは予想できていたわけだし、そういう冒険者がいますよってことくらいはもっと早く教えてほしかった。そうすれば、もっと早く察知して逃げられたかもしれないのに。
まあ、終わってしまったことをいつまでもぐちぐち言うつもりはない。結果的に魔法の研究の成果を試せたことだし、良しとしよう。
「それにしても、あの紅蓮のアグニスを倒すとはね。しかも一対一で」
「たまたまですよ」
「だとしても、Aランクの冒険者を倒せるだけの実力があるのは凄いことだよ」
冒険者にはそれぞれランクが設定されている。Fから始まり、最高ランクのSまである。その中でAランクの扱いはかなり高い。
曰く、一人で町一つ滅ぼせる、軍の一個師団の戦力に匹敵する。
数も極端に少なく、せいぜい一国に10人いるかどうかという話らしい。
Sランクに至っては過去に一人しか存在していない幻のランクで、今ではAランクが実質のトップと言える。
そんなAランクの冒険者に勝ったというのはかなりのニュースだ。英雄の噂と相まって、冒険者の中で噂になるのは間違いないらしい。
うーん、そんなことになるなら負けた方がよかったかなぁ。でも痛いのは嫌だったしなぁ。これは必要経費と割り切るべきだろうか。
確かに勝ったとは言え、割とぎりぎりだったのは否めない。一回でも対応を間違えていたらあの大剣に両断されていただろうし、仮に防御したとしても骨の一本くらいは持っていかれていたかもしれない。ドラゴンを狩ったことがあるというだけはある。もの凄い膂力だった。
気にしないようにしてたけど、受ける度に手が痺れてたからね。あの連撃がもう少し続いていたら危なかった。
「どうだい、よかったらAランクの昇格試験を受けてみるかい?」
「それってどんなものなんですか?」
「具体的に言うと国から依頼されている危険な魔物の討伐だね。ちなみにアグニスさんはドラゴンを狩ってAランクになった」
「大変そうですね」
本来はBランクに上がるのにも特別な依頼を受ける必要があるそうなのだが、私の場合はオーガの軍団を退けたという功績から特例でBランクに上がった。
だから特別な依頼とはどんなものかと思っていたんだけど、なるほど、かなり大変そうだ。
ドラゴンがどの程度の強さなのかはわからないけど、少なくともワイバーンのような劣化竜というわけではないだろう。それこそ、国を脅かしかねないような強力な個体に違いない。
オーガですら、一般的な冒険者がパーティ単位で討伐するような相手なのだ。それを一人でとなると難易度も跳ね上がる。
まあ、実際はパーティでの討伐も認められているとは思うけど、あの戦闘狂がパーティ組んでるとは思えないし、やっぱり一人で狩ったのだろうと思う。
私に狩れるかなぁ。近づかれさえしなければ割と何とかなりそうな気はするけど。でも、魔法無効とか厄介な特性を持ってたらわからないか。
まあどっちにしろ、私がドラゴンを狩ることはないだろう。そうホイホイドラゴンが出てくるわけもないし、そもそも狩ってはいけない気がするし。
ドラゴンって邪悪の権化みたいな言い方されることが多いけど、別にそんなことないと思うんだよね。ただ単に力が強くて、そのせいで少し周りに被害を出してしまっているだけ。被害を与えようとしてやっているわけじゃない。
むしろ何もしなくても勝手に歯向かってくるから迎撃しているだけで、被害者ですらある。ただ平穏に暮らしたい人が多いと思うんだよね。
……なんでこんなこと思ったんだろう? ドラゴンのことなんて全然知らないはずなのに。
うーん、まあいいか。
「私にはまだ早いかなと思います」
「それはないと思うが、これは任意だからね。もちろん、緊急ともなれば指名依頼されるかもしれないが、今のところはそこまで急な依頼はないから」
Bランク以上の冒険者は指名依頼を受けることがある。これは他の冒険者が手に負えなくて誰も受けなくなった依頼を処理するための措置で、Bランク以上の冒険者の使命でもある。
もちろん、困難な依頼が多いため報酬は上乗せされるし、積極的に受ければ名も売れて依頼も増えるため皆名声のために頑張る。
基本的にはそれでほとんどの依頼は解決するが、それでも解決できない依頼は国の指定依頼となり、場合によっては軍と共に行動したり国からの援助を受けることもある。
正直そんなに困難なら冒険者に頼らず国で解決すべき問題だと思うんだけど、その辺りはどう考えているんだろうか。
一応、指名依頼を受けても断ることはできる。実力に見合わないと感じたら辞退するのは冒険者として生きる上でも大事な力だからね。
「まあ、今は外壁工事関係の護衛依頼かな。明日にも入ってるんだけど、受けていくかい?」
「そうですね。せっかくだから受けましょうか」
私の今の主な依頼は外壁工事の材料を調達するための馬車の護衛だ。
あれだけの規模ともなると王都だけでは材料が足りないらしい。近場の街も不足していて、今や遠くの街から取り寄せるしかない現状。人手も足りないらしいのでこうして受けているわけだ。
お姉ちゃんも同じく依頼を受けていて、別々に受けることが多い。正直一緒にいたいけど、AランクとBランクが揃って依頼を受けているのは戦力的にももったいないからと仕方なく分かれて受けている。
サリアとなら一緒に受けてもいいかなとは思っているけど、いくら戦う力があるとはいえ、厳重保護対象であるサリアを連れ出すのはちょっとはばかられるということでいつも私一人だ。
「ではお願いします。場所はいつものところにいつもの時間で」
「わかりました。では、また明日に」
その後、正式な依頼の手続きをしてギルドを後にする。
そういえば、アグニスさんどうなったんだろう? 医務室に運ばれて行ったのは見たけど。
まあ、あれだけ頑丈なら死にはしないだろう。
できればもう出会いたくないと思いつつ、私は宿へと戻った。
誤字報告ありがとうございます。