第二百九十六話:罪を償って
その後、しばらくして奴らに対して刑が執行された。
密輸、違法薬草の所持に加えて、恐喝や罪の擦り付け、挙句の果てには裁判所内で暴力行為を働こうとしたなど、全く反省している様子はないとして、極刑となった。
男達は最後まで無実を訴えていたようだが、これ以上はやばいと感じた弁護人の商人が口を割り、冤罪ではないことは証明されたので、さっさと刑を執行したって感じだね。
まあ、元々他国の大きな犯罪グループの一員だったようだし、それを考えれば極刑でも仕方ないと思う。
真面目に商売していれば、結構人気も出ていたのだから、稼げたはずなのにね。欲に目がくらんだ人間というのは、ここまで落ちるものかと遠い目をしてしまった。
そして、肝心のラスト先生だけど、判決では厳重注意となったが、素直に注意だけというわけにはいかなかった。
流石に極刑ではないけど、密輸と知っておきながら、加担したのは問題なので、反省しているか監視するために、一か月の懲役が科せられることとなった。
一応、その気になれば、これすらもなくすことはできたけど、ラスト先生自身、いろんな人に迷惑をかけたし、加担していたことは事実なので罪を償いたいということで、仕方なく罰を与えた感じである。
まあ、懲役と言っても一か月だけだし、他の重犯罪者のように、拷問を受けるようなこともないはずなので罰としてはかなり軽い方だけどね。
「結局、留学生達も、本気で迷惑行為を楽しんでいたのは一部だけっぽいし、なんだかんだ、約束は守ってくれていたんだね」
今回の件で、ラスト先生は、留学生達に、意図的に迷惑行為をするように指示していたわけだが、それを心から楽しんでいたのは、ほんとに十数名だけらしい。
多くの留学生は、お金が貰えるなら少しくらい、とか、ラスト先生の頼みなら、と言った感じで、迷惑行為もそんなに積極的には行っていなかったようである。
もちろん、迷惑行為を楽しんでた一部の留学生には罰を下したが、これから特別授業をちゃんと受けてくれるのなら、特にお咎めはなしでもいいのではないかと、学園長が言っていた。
ラスト先生が牢屋に入れられたと聞いて、多くの留学生は心配していたからね。中には、面会に行きたいなんて子もいて、なんだかんだ、愛されているんだなと感じた。
留学生に対して当たりが強いとは何だったのか。口ではそう言っていたけど、実際に手を上げることはしていなかったってことなのかな。
今までのラスト先生の行動を見る限り、確かに他国の人間に対して嫌っている節はあるけど、それはあくまで大人だけであり、子供に対しては、むしろ甘い反応をしていたことも多かったように思える。
他国の人間とひとくくりにしたのが間違いだったのかもしれないね。
「あれからもう一か月だし、迎えに行かないとね」
今日は、ラスト先生の出所の日である。
出迎えは、私と学園長、それに、メルデルさんである。
メルデルさんだけど、今までずっとラスト先生のことを探していたようだ。
孤児院に預けられた後、あの時の恩を返したいと、必死に勉強し、どこかに就職するのではなく、自分で店をオープンした。
最初こそ、苦労の連続だったけど、こんなのラスト先生のためなら全然へっちゃらと突き進んだ結果、わずか数年でオルフェス王国でもかなり有名な食堂となり、王都にまで進出することができたらしい。
別に、オルフェス王国は他国の人間に対して厳しいというわけではないけど、孤児だった子供が一人で店を立ち上げて、人気店になるなんて相当凄いことだ。
それだけ、ラスト先生に対する情熱が凄かったってことなんだろう。
王都に来たのはただの偶然らしいけど、そこで無事に出会うことができたのだから、何か運命的なものを感じるね。
「わざわざ出迎えに来てくれたんですね、学園長」
「うむ。君のような優秀な教師を、手放すのは惜しいからね」
「……私を、まだ教師として認めてくださるのですか?」
「もちろんだとも。確かに、少し行き違いはあったが、それもすべて、子供達を守るための行動だったのだろう? それならば、何ら恥じる必要はない」
本来、牢屋に閉じ込められるのは、相当な不名誉である。
あちらの世界程気にはされないと思うけど、それでも世間のイメージというものはあって、逮捕されるような輩を雇っているとイメージが下がるということもあって、牢屋に入れられた時点で解雇されてしまうことも多い。
だから、その条件を満たしているにも拘らず、解雇どころか受け入れようとしている学園長は、ラスト先生から見れば恩を感じざるを得ないだろう。
深く頭を下げ、感謝の意を伝える。学園長は、それを笑顔で見守っていた。
「ねぇ、私には何かないの?」
「ああ、メルデルか。お前、なんでこんなところにいるんだ?」
「会って最初に言うことがそれ? もっと感傷に浸ってよ!」
そう言って、メルデルさんはぷくっと頬を膨らませている。
その様子に、ラスト先生は頭をかきつつ、困ったようにこちらに視線を向けてきた。
まあ、奇跡の再会なんだし、お互いに出会えたことを喜べばいいんじゃないかな。
特に、メルデルさんにとっては、かけがえのない恩人との再会である。無事でよかった、とか、元気そうで何より、とか、気遣う言葉があってもいいとは思うけどね。
「あーあ、せっかく会いに来たのに。助けに行ったのは間違いだったかな?」
「いや、感謝している。わざわざ駆けつけてくれて、ありがとう」
「ふふ、まあ、良しとしましょう」
ニコリと微笑み、ラスト先生の腕に抱き着くメルデルさん。
明らかに、誘っている雰囲気だけど、ラスト先生は全く気づいていない様子。
まあ、ラスト先生らしいと言えばらしいけど、メルデルさんが報われる日は来るんだろうか。
「ハク、君も来てくれたんだな」
「ええ、まあ。ラスト先生のことは、ずっと気になってましたからね」
「私はてっきり、君には嫌われていると思っていたが」
「なんでです? 嫌われるようなことしました?」
「ほら、君を特別講師から外すように進言しただろう?」
「ああ、あれですか」
確かに、あれは嫌がらせのようにも思えるけど、今考えると、ラスト先生なりに、留学生達を守ろうとした結果なんだと思う、
表向きには、留学生のことを嫌っているような感じだったけど、実際には子供好きで、手を上げることは一切なかった。
そんな中、ポッと出の私が、留学生を正そうという目的の下、容赦なく腕を切り飛ばしたもんだから、こんな奴を放っておいたら留学生が可哀そうだと思って、それで進言したんだと思う。
実際、あれは確かにやり過ぎだった。確かに、一部の留学生は迷惑行為を楽しんでいる節があったが、あの時腕を切り飛ばしたのは、そういった意思のない子も混ざっていただろう。
自分はそこまで悪いことをしているつもりはないのに、こんな仕打ちを受けたら、トラウマになるのは間違いないし、それでラスト先生のことを裏切ることになるのは耐えがたかったはずだ。
だから、あそこで私が特別講師から外されたのは当然のことであって、ラスト先生は何も悪くない。むしろ、張り切り過ぎた私が悪い。
「あれは私が悪いので、気にしてませんよ。むしろ、手を出してしまってごめんなさい」
「そうか。なら、いいんだが」
歯切れが悪いが、あれはもう終わったことである。今こうして、ラスト先生が出所して、教師に復帰できそうだという事実があるというだけで、十分じゃないだろうか。
私は教師にはあまり向いていないってことがわかっただけでも儲けものだし。
「ね、ラスト、お腹すいてない? うちにご飯食べに来てよ」
「そうだね。出所祝いに、私が奢ろう」
「い、いいんですか?」
「かまわんよ。ほら、メルデル君もこう言っているし、牢獄での食事はそこまでいいものではなかっただろう?」
「それは、はい。わかりました、行きます」
「やった! 早く行きましょ」
メルデルさんは、ラスト先生の腕を引っ張って連れていく。
ラスト先生は少し困惑しているような顔をしていたが、その口元は、嬉しそうに笑っていたので、そこまで嫌ってはいないのかもしれない。
さて、私も行こうかな。まだ少し心配だし。
前を行く二人を見ながら、その後を追った。
感想ありがとうございます。
今回で、第二部第十章は終了です。数話の幕間を挟んだ後、第十一章に続きます。




