第二百九十四話:裁判の日
それから数日。案の定、裁判が開かれることになった。
本来なら、もう少し時間がかかるものだけど、今回は、やたら商会の反応が早く、不当逮捕だとして早々にしゃしゃり出てきた結果、こんなにも早く裁判が開かれることになったのである。
恐らく、あらかじめ商会に伝えていたな。
自分達が捕まった時のことを想定して、すぐに助けに来るように伝達していたんだろう。
普通、異国の商人からのそんな依頼なんて、商会が安易に受けるはずがないと思うけど、今回は、留学生達の迷惑行為が横行しているという下地があった。
留学生、すなわち異国の子供達がそんなことをやるなら、そういう事件が起こってもおかしくはない、そんな風に思ったのかもしれない。
あるいは、単純に賄賂を渡して、言うことを聞かせたのかもしれないね。
「これより、開廷する」
被告人として連れてこられた四人の男達。弁護側には商人と思われる細身の男が立っており、にやにやと気味の悪い笑みを浮かべている。
余裕しゃくしゃくと言った感じだが、果たして。
裁判長の指示により、罪状が読み上げられる。
今回の罪は、違法薬草を不正に密輸しようとしたことである。
そもそも、違法薬草を取り扱うこと自体違法だし、それを密輸しようとすることも違法である。
いずれもかなりの重罪であり、どちらの罪も認められれば、最低でも片腕を落とされるきつい罰が待っていることだろう。
私は、傍聴席でその流れを見守っている。
本当は、検察側に入りたかったけど、流石にそれは許されなかった。
剣爵如きである私が、こうして傍聴席にいられるだけでも、かなり温情を貰った形なので、文句は言えないけど。
「弁護人、反論はあるか?」
「もちろんでございます」
読み上げた罪状に対して、被告人はもちろん否定。
今回の件は、近頃横行している異国の子供達による迷惑行為の一部であり、彼らは巻き込まれただけに過ぎない。
むしろ、それを指示した犯人こそが、真の犯罪者だと反論した。
この犯罪者というのが、ラスト先生のことである。
「証人として、本人を呼び出してあります。呼んでもよろしいかな?」
「よろしい。証人を前に」
弁護人の提案により、ラスト先生が呼び出された。
別に、ラスト先生としては、今回の呼び出しなど、無視してもよかっただろう。
今のところ、ラスト先生が奴らに関わったという証拠はないんだから。
でも、ラスト先生は、わざわざ敵からの呼び出しに答えた。
少しでも加担していた負い目からか、それとも留学生達を守るためか、いずれにしても、ラスト先生は、覚悟を決めたような目をしていた。
「証人、発言を許可する」
「……はい。確かに、私は、留学生達に迷惑行為を働くように、指示を出しておりました」
ラスト先生の発言に、傍聴席がざわつく。
教師という、約束された高い立場でありながら、なぜそんなことをしたのか。
もちろん、地位があるからと言って、それに満足せずに犯罪に手を染める人もいるとは思うけど、ラスト先生はそんなことをするようなタイプではない。
ここにいる貴族達は、少なからずラスト先生のことを知っているはずだし、なぜそんなことをしたのか、疑問に思う声もあった。
だが同時に、ラスト先生なら、やりかねないという人もいる。
ラスト先生の、留学生に対する当たりの強さは、有名な話のようだった。
「ですが、今回の件に、留学生は一切関わっていないと断言させていただく」
「ほう。異国の子供達をそそのかし、あえて迷惑行為をさせていた理由があるというのかね?」
「私は、彼らに密輸の話を持ち掛けられ、留学生を利用したいとそそのかされました。しかし、私は留学生に罪を着せるような真似はしたくなかった。だからこそ、私は留学生達に対して、一つの約束をしていたのです」
「その約束とは?」
「決して犯罪行為はしないこと。仮に、留学生達が今回の事件に関わっているのなら、すべての責任は、私にあります」
被告人は、一瞬驚いたような顔をして、若干焦りを感じ始めたようだ。
すべてはラスト先生の指示であり、留学生は今回の事件に全く関わっていない。それは事実だろう。
そもそも、迷惑行為をしていたのは留学生であって、異国の子供ではない。
広義では同じことかもしれないが、学園に所属している留学生と、異国の子ではあるけどただの孤児院の子供、そこには明確な違いがある。
実際、被告人も孤児院の子供達と言っていた。ラスト先生の言い分は、一応通る。
だが、それが認められるかと言われたらわからない。
なにせ、ラスト先生がそこまでする理由はないのだから。
「あなたは密輸の話を持ち掛けられ、それに乗った。このことに間違いはないですか?」
「ありません」
「つまり、被告人はあらかじめ密輸を計画していたと、そういうことですね?」
「その通りです」
「ふざけるな!」
ラスト先生の言葉に、被告人が怒鳴り声を上げる。
今回、ラスト先生の発言で重要なのは、留学生が関わっていたかではなく、密輸の計画を持ち掛けられたことである。
それが事実だとしたら、被告人の言い分は通らなくなり、犯罪者になってしまう。
せっかく、証人として呼んだのに、それでは意味がない。
弁護人も、証人の言うことはでたらめだと慌てて否定する。
だが、そのあからさまな態度に、裁判長は若干訝しがるような表情を見せた。
「静粛に。被告人の発言は許可していない」
「しかし!」
「このままでは、裁判の妨害で、さらに罪を重ねることになるぞ?」
「うぐっ……」
裁判の妨害は、裁判長の機嫌次第でかなり重い罪になる。
いくら反論したくても、発言を許可されていないタイミングで発言することは、それだけで罪になってしまう。
これは、案外いい方向に転がっただろうか?
「さて、証人。あなたは、密輸を持ち掛けられ、それに乗った。それが重罪であることに、考えが及んでいなかったのですか?」
「もちろん、密輸が重罪であることは承知しておりました。しかし、断ることはできなかったのです」
「それはなぜ?」
「それは……」
「それは、こいつが人殺しだからです!」
そう言って、弁護人が声を上げる。
また、発言を許可されていないタイミングではあったが、そのワードは裁判長の興味を引いたらしく、そのまま発言が許可される。
「こやつめは、過去に殺人を犯した。同じ犯罪者だからこそ、話に乗ったのです!」
「ほう、殺人。証人、それは事実ですか?」
「……事実です」
再び、場がざわつき始める。
ラスト先生が否定してくれたらよかったけど、ラスト先生自身が、そのことを後悔している節があった。
だからこそ、簡単に打ち明けてしまったのだろう。
密輸の加担に、過去の殺人。ここまでくれば、極刑でもおかしくない。
どうやら、奴らはうまくラスト先生に罪をなすり付けられなかったことで、ラスト先生を道連れにしようとしているらしい。
実際、言っていることは嘘ではない。ただ、その殺人の質が想像しているものと違うだけで。
「それが事実だとしたら、あなたは罰を受けなければならない」
「承知しております。私は、罰を受けなければならない」
ラスト先生も覚悟を決めたのか、その表情は穏やかだった。
まずい。どうにか反論したいけど、ラスト先生が認めてしまっている以上、それは難しい。
このままだと、本当にラスト先生は道連れにされてしまう。
私は、焦りを感じつつも、何もできない自分に歯噛みしていた。
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