第百三話:決着
雷魔法は特殊属性に入る。高威力で素早い攻撃方法が多く、ある程度の汎用性がある。
今回やったように雷を檻状にするというのは本来にはない使い方だ。しかし、魔法である以上はイメージに大きく左右される。
雷の檻なら迂闊に触れれば痺れてしまうし、やりようによってはそのまま攻撃ともなりうる。
檻を作るだけだったら得意な水属性でもよかったが、炎の魔剣を使っている以上、相性によって強引に突破される可能性もあったため雷魔法を使ったまでだ。
しかし、使ってみると意外と使いやすい属性かもしれない。
いつもやっているように魔物の首を狩るというのは難しいが、単体に対して威力が高く、攻撃も素早い。
これは他の属性も積極的に使っていった方がいいかもね。研究自体はしているが、普段使いするとなるとやっぱり使い慣れたものを優先してしまうのは悪い癖かもしれない。
「雷の檻だと? 随分器用なことをするんだな」
「こうでもしないと止まらないでしょう?」
檻の中で立ち上がったアグニスさんは物珍し気に檻を眺めている。
これでも、少しでも触れたら感電するくらいには高い電流が流れている。やりすぎかとも思ったけど、この人にはやりすぎくらいでちょうどいいだろう。現に、雷の直撃を食らったのにぴんぴんしてるし。
「負けを認めてくれますか?」
私は水の剣を生成し、檻越しに突きつける。やろうと思えばいつでもやれるんだぞという意志表示だ。
「いや? 俺はまだ負けちゃいない」
「この状況でも負けを認めないんですか?」
「ああ。このくらいの障害、俺にはないも同然だからな!」
「……ッ!?」
いやな予感を感じ、とっさに飛び退いた。その瞬間、雷の檻がバチバチと音を立てて霧散していった。
何のことはない。ただアグニスさんが剣を振るっただけだ。たったそれだけで、檻は脆くも崩れ去った。
これが水の檻だったのなら相性の関係もあるしわからなくはない。けど、相性など関係ない雷の檻でそれをやられたのが一瞬理解できなかった。
確かに強いとは思っていたけど、まさかこれほどまでとは……。
そうやって呆けていたのが悪かったのだろう。檻を脱したアグニスさんは一瞬で距離を詰め、私に肉薄してきた。
振り下ろされる剣を持っていた水の剣で受け止める。しかし、それは容易に打ち払われ、一瞬にして蒸発して消えてしまった。
水はダメだ。別の属性で!
とっさに選択したのは火属性。同じ属性同士は相性が悪く、お互いに真価を発揮できない。しかしだからこそ、長く戦うことはできる。
即座に腕と足に身体強化魔法をかけ、生成した炎の剣で剣戟を往なす。
そこからは怒涛の連撃が始まった。私が距離を取る暇を与えず、力の限り振り回してくる。
その一撃一撃が重く、受けるたびに体が持って行かれそうになる。
身体強化魔法で強化した足で強引に耐え、なるべく威力を逃がすように往なしていく。
小回りの利かない大剣だというのにそれを感じさせないほどの素早い攻撃。正直言って並外れている。
素早い相手に接近された場合の対処法。その一つとして剣術を学んでいたが、どうやら間違っていなかったようだ。とはいえ、激しい攻撃に防戦一方になってしまう。
私は通常であれば剣を持ち上げることすら難しいほど筋力がない。それを補っているのはひとえに身体強化魔法の力だ。だが、身体強化魔法を使っているのは相手も同じこと。違うのは、常時発動しているか否かだ。
本来の身体強化魔法は剣を振り下ろす際に腕力を強化するだとか、ジャンプするときに脚力を強化するだとか、そう言った要所要所で力を底上げしサポートしているに過ぎない。支援系の魔法は消費魔力が少ないものが多く、身体強化魔法もその一つ。その上どの属性でも使えるため、多くの人が使うことが出来る魔法でもある。
魔法には詠唱が必要って言われているけど、私が今まで会った中で身体強化を使っていると思われる人はみんな詠唱なんてしてなかった。それは恐らく、それだけ使いやすい魔法ってことなんだろう。
そんなお手軽な身体強化魔法だが、常時使うとなると話は変わってくる。
一瞬使うだけなら魔力が1で済むけど、常時使うとなれば時間ごとにどんどん消費されて行ってしまう。強化を施す部位を増やせば消費量はさらに増していき、やがて賄いきれなくなるのがおちだ。
だけど、私の場合は幸運にも魔力が普通の人よりも多い。これは魔力溜まりにいたことによって齎されたものだけど、量だけなら常人よりも優れていると言える。
だからこそこうして継続して使うことが可能であり、常にその恩恵を受けられる。
もし、相手も常時身体強化魔法を使っていたら私は勝てないだろう。この差があるからこそ、私は互角に戦えるのだ。
とはいえ、ここまで筋力の差があると身体強化魔法だけでは追い付けなくなってくる。
目に掛けた身体強化魔法によってまだ追えるからいいものの、これが通常の視界だったらとっくに負けていることだろう。
一撃一撃が必殺の一撃級の重さなのに、平然と連撃してくるのだからアグニスさんの実力が窺える。
出来ることならさっさと離れたいところだけど、受けるのに精一杯でそれも叶わない。
ならばどうするか。剣で反撃するしかない。
「うらぁ!」
アグニスさんの豪腕から繰り出される一撃が私の剣を吹き飛ばす。取ったと言わんばかりのにどや顔を見せてくれた。
だが、それは囮だ。
私は素早く懐に入ると新たな剣を生成し、胴体目掛けて横なぎに振り抜いた。
「なっ!?」
受けるだけで精一杯と思われていた相手からのまさかの反撃にアグニスさんも動揺しているようだ。でも、これだけでは終わらないよ。
「弾けろ!」
私が剣に向かって強引に魔力を流すと、溢れた魔力が膨張し、剣を起点として小さな爆発を引き起こす。火属性を内包した剣はそのまま爆炎となり、辺り一帯を包み込んだ。
私の小さな体は爆風で吹き飛ばされる。が、それも予想通り。
魔力に物を言わせて身体強化魔法で防御していたからダメージはほぼなし。風魔法を使ってゆっくりと着地してみせた。
「…………」
爆発魔法は威力的には上級魔法に入る。今回は火の剣を媒介にして発動させたけど、どれくらいの爆発になるかは私にも未知数だった。
一応、訓練場が壊れない程度には加減していたつもりだったけど、周囲数メートルに渡って黒焦げになっているところを見るとちょっとやりすぎたかもしれない。
でも、これくらいしなければアグニスさんは倒せなかっただろう。
なにせ、爆発をもろに食らってなおまだ立っているのだから。
硬い硬いとは思っていたけど、正直そこまで硬いと逆に引くわ。
しかし、立っているだけで精一杯といったところ。しばらく立ち尽くしていたが、やがてふらりと仰向けに倒れ込んでしまった。
勝負あり、でいいのかな?
「そ、そこまで! 勝者ハク!」
僅かな沈黙の後、試合終了の宣言がなされる。その瞬間、周囲は大いに沸き立った。
訓練場の外から見ていた野次馬達が押し寄せ、私はあっという間に飲み込まれてしまう。
皆口々に「よくやってくれた」とか「さすがは英雄だ」とか賞賛してくる。
手荒い歓迎に戸惑ったが、みんな揃って私のことを撫でてくれるのでまんざらでもなかった。撫でられるのは嬉しい。
「一体何事かな?」
そんな中、冷静な声が聞こえてきた。その声を聞いた瞬間、騒いでいた冒険者達はぴたりと大人しくなり、道を開けていく。
「まあ、なんとなくは察せるがね。詳しい話を聞こうか?」
現れた壮年の男性、ギルドマスターのスコールさんは口元をひくひくとひきつらせながら私の目を見ていた。
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