第二百八十八話:過去の罪
話を聞く限り、ラスト先生の弱みは、過去の出来事のようだった。
私が調べた時には出てこなかったが、どうやらラスト先生、過去に殺人を犯しているらしい。
相手は彼らの母国の人間らしく、行商人時代にたまたま起こった出来事のようだった。
その際、ラスト先生は殺した相手が連れていた子供を引き取った。恐らく、流石に子供まで殺すほどの非情さはなかったんだろう。
しばらくその子供と共に旅をし、途中に寄った町でその子供を孤児院に預け、再び行商の旅に出たようだった。
殺人は、そこそこ重い罪である。
まあ、貴族がする手打ちは、罪に問われないことも多いけど、平民がする殺人は、たとえ相手が他国の人間であろうとも、裁かれるべき対象である。
もちろん、あちらの世界と違って、場合によっては見逃される場合もあるんだけど。
聞いていた限り、ラスト先生は、その事実を隠蔽し、未だに罰を受けてはいない様子。
だが、もしそれが露呈すれば、少なくとも教師を続けることはできないだろう。
下手をすれば、片腕を落とされるくらいの刑が執行される可能性もある。
もちろん、証人はいないので、本当に刑が執行されるかどうかはわからない。その生き残った子供に関しても、今はどこにいるかわからないし、証言させることはできない。
しかし、仮にそれが嘘でも、噂として広まってしまえば、ラスト先生は苦しい立場に立たされることになる。
弱みとしては、十分な理由だね。
「これは、どうしようか」
今ここで、こいつらを捕まえることは簡単だ。
ラスト先生に事情を話し、証言してもらえば、こいつらが密輸を企んでいたことはわかるだろうし、国も動くだろう。
ただ、人質とかならともかく、過去の悪行が弱みとなると、捕まえた際に、ばらされる可能性がある。
確かに、実際に罪を犯しているなら、罰は受けなくてはならないとは思う。それに、弱みを握られていたとはいえ、密輸に加担していたのだから、ますます罰は受けるべきだ。
けれど、恐らくラスト先生は、留学生を利用するのではなく、守ろうとしていたんだと思う。
その根拠は、ラスト先生が留学生達にした約束。すなわち、犯罪を犯さないこと。
密輸は明確な犯罪だ。留学生がラスト先生との約束を守っているなら、絶対に加担しないはずである。
そんな中、密輸が発覚し、留学生が疑われたらどうなるか。
恐らく、ラスト先生は、初めから自分が指示したと言って、留学生達を守ろうとするんじゃないだろうか。
そうでなければ、これが留学生を守ることに繋がるなんて言わないはずである。
今までの行動を見ても、ラスト先生は別に留学生達に対して辛辣な態度を取っていたというわけでもないし、弱みを握られて仕方なく協力したが、それのせいで留学生達が不利にならないように、そう言った約束をしたんじゃないだろうか。
そんな風に、留学生達を守ろうと動いていた先生を、密輸を阻止するためとはいえ悪者にしてしまうのはどうなのか。そんな気がする。
「密輸は阻止するべきだし、捕まえるのは確定しているけど……」
ラスト先生を悪者にしないためには、こいつらの口を封じる必要がある。
それこそ、記憶を消す魔法でも使ってしまえばいいのかもしれないけど、それだと密輸の証拠がなくなってしまう。
実際に密輸を起こさせて、そこを逮捕するという手もあるけど、子供達にいらぬ罪を着せることになりかねないし、あまりいい手とは言えない。
どうあがいても、こいつらから情報を得ようとした時点で、ラスト先生の悪行が暴かれてしまう。
うーん、せめて、情状酌量の余地があると進言してみるか?
過去はともかく、留学生達を守ろうと動いていたのは事実だろうし。
いやでも、これは今のところ私の憶測ってだけで、本当にそうかはわからない。仮に本当だとしても、ラスト先生の態度によっては、情状酌量の余地は認められないかもしれない。
八方塞がりである。どうしたものか……。
「……本当に、殺人を犯していたか、調べてみるという手もあるかな?」
今のところ、ラスト先生が過去に殺人を犯していたというのは、あいつらからだけの証言である。
実際に調べてみたら、実は死んでませんでしたとか、殺人であっても、何かしら理由があったとか、そう言ったことが明らかになるかもしれない。
ラスト先生を罪に問わない方向で行きたいなら、そもそもその事実が間違っていたと証明するほかない。
もちろん、こんなのはただの私の願望であり、調べても結果は変わらない可能性はあるけど、一応、まだ時間はある。
あと一週間以内に調べ上げて、身の潔白を証明できれば、ラスト先生を助けられるかもしれない。
「急がないと」
私はその場を後にし、エルと合流する。
エルに事情を話すと、ちょっと呆れたような顔をされてしまったけど、協力自体はしてくれることになった。
本当に、私の我儘に付き合ってくれるエルには感謝してもしきれないね。
「しかし、どうやって調べるんですか? いつ起こったことかもわかっていないんでしょう?」
「それなんだよね……」
わかっていることは、ラスト先生が行商人時代に殺人を犯したということ、その際に、子供を引き取り、どこかの町の孤児院に預けたということくらいである。
ラスト先生の行商人時代ってことは、恐らく5年以上前。下手したら、私はまだ学園に在籍中である。
そもそもどこを行商ルートに選んでいたかもわからないし、そこから調べる必要がありそうだ。
知ってそうな人物がいるとしたら、学園長だろうか?
ラスト先生は、その魔法の才を買われて、学園にスカウトされたようだし、当時のことを知っているかもしれない。
一番手っ取り早いのは、ラスト先生に聞くことだけど、素直に教えてくれるとは思えないしなぁ。
ひとまず、学園長に話を聞いてみるとしよう。
「今日はもう遅いし、明日聞くことにしようか」
すでに辺りは暗くなってしまっている。今から学園に行っても、学園長はいないだろう。
今すぐにでも行動を起こしたいが、ここは耐えるしかない。
「ちなみに、そっちは何か変化はあった?」
「いえ、特には。ああでも、売りつける予定の貴族らしき名前は言っていましたね」
エルの方は、そこまで進展がなかったらしい。
まあ、闇取引を受けようって言う貴族の名前が知れたのはいいことだけど、まだ何か買ったわけではないから、密輸を未然に防ぐなら、摘発はできなさそうだ。
そこらへんは、あんまり気にしなくてもいいと思う。
「それじゃあ、最後にラスト先生の様子だけ確認しておこうか」
念のため、何か妙なことをしていないか確認しておくことにする。
ラスト先生は、すでに家に帰っていたが、まだ起きている様子だった。
明かりもつけず、椅子に座って何もせずにいるだけだったが、一体何を考えていたんだろうか。
もし、密輸に加担していることを後悔しているのだとしたら、できる限り、助けてあげたい。
私は、そっとその場を後にする。
明日から、忙しくなりそうだ。
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