第二百八十五話:新しい店
それから更に観察を続けること数日。
いつものように、ラスト先生の尾行をしていると、今日は町に繰り出すようだった。
時刻は夕方。この時間になると、夜も営業しているお店でないとだんだんと明かりを落としていくことが多い。
どこへ行くのかと見守っていると、どうやら薬屋のようだった。
この薬屋、見たことないなと思っていたけど、ギルドマスターが言っていた、最近できたって言う新しい薬屋だった。
中に入ると、薬草や、薬壺に入った薬が棚に綺麗に並べられており、内装も相まって、なかなかおしゃれなお店という雰囲気である。
ポーションがあるこの世界だと、薬屋の主な仕事は病気に対する薬の提供である。
熱冷ましとか、あるいは気付け薬とか、そう言ったものを売っているのが一般的だね。
昔は、ポーションも薬師が作っていたらしいんだけど、錬金術師の台頭によって、大量生産することが容易になり、技術を秘匿していた薬師達は徐々にその場を奪われていった。
まあそれでも、錬金術師が作るポーションと、薬師が作るポーションでは、若干効果に差があるので、すべてが淘汰されたというわけでもないらしいけどね。
薬屋でも、ポーション自体は売ってるし。ちょっと高いけど。
「どこか体調悪いのかな」
見ていた限り、ラスト先生は体調が悪そうというわけではなかった。
一人暮らしみたいだし、接触していた先生や生徒の中にも、特に薬が必要そうな人はいなかったように思える。
無難に、保管用に買っておくのかな? あるいは、授業に使うためのサンプルとして買いに来たって可能性もあるかも。
「店主、少しいいだろうか」
「なんだね」
ラスト先生は、すぐさま店主の下に近づいていき、何事かを話している。
聞く限り、薬の調合依頼だろうか。薬草の種類や、数などを事細かに伝えていたような気がする。
聞いているだけでは、何を作るのかわからなかったけど、店主は頷くと、何かを渡し、店の奥に行くように促していた。
遠目で見ていたから何を渡したのかはわからないけど、恐らく、魔石だろうか。
ただの石って可能性もあるけど、薬屋で石を渡すとも考えにくい。
まさか、その石で薬草をすり潰してくれって言うわけでもあるまいし。
『ハク、この先に結界があるよ』
『結界? 防犯用みたいな?』
『いや、一つの部屋にかけられてるっぽい。識別した人物だけを通す結界だね』
結界に関しては、一般でも使えないことはない。
ヒノモト帝国が販売している、結界発生装置を使えば、空間魔法が使えなくても結界を張ることは可能である。
ただ、あれは物凄く高価なもので、一般人が手を出せるようなものじゃない。
確かに、この店は最近できたらしいし、もしかしたら稼いでいる商人なのかもしれないけど、それでも防犯目的で結界発生装置を置くのはコストが高すぎる。
それなら、普通に鍵をかけた方がよっぽど楽だ。
それに、店全体を覆っているとかならともかく、守っているのは一部屋だけ。防犯目的にしては使い方が限定的すぎる。
その部屋に金庫などの重要なものがあるのかもしれないけど、これは明らかに、何かばれてはいけない何かがあると言っているようなものだ。
『なんかきな臭くなってきたね……』
ひとまず、その結界の部屋へとついていく。
ラスト先生は、その部屋の扉に、先ほど貰った魔石らしきものを近づけると、そのまま扉を開けて中に入っていった。
多分、あれが結界の識別に使われていたんだろう。
ちらっと中を見てみたが、何人かの人物がいるのが見えた。
密談でもするのかな? できれば中に入って聞き耳を立てたいけど、流石に結界を無理矢理通ったらばれそう。
「解除はできると思うけど、流石にそれじゃ意味ないか……」
ワンチャン、結界の外からでも声が聞こえないかと聞き耳を立ててみたけど、うんともすんとも聞こえない。どうやら、遮音の結界もあるようだ。
『アリア、何とか中に入れない?』
『うーん、あの魔石があれば入れるんじゃない?』
確かに、あれで識別しているのなら、あれさえあれば入れるだろう。
扉を開けたらばれそうだけど、最悪精霊の抱擁を使えば、すり抜けることはできると思う。
となれば、さっさと戻って魔石を探さないとね。
「さて、どこにあるかな……?」
店内に戻ると、店主がカウンターで椅子に座っていた。
あの様子を見る限り、魔石があるのはカウンターの中、あるいはあの店主が直で持ってるかってところだろうか。
探知魔法で探れないかな? あれが魔石なら、魔力の見え方が違うはず。
「……あそこかな?」
ざっと探ってみた結果、どうやら魔石はカウンター内にある箱の中にしまってあるらしい。
ちょうど、店主が邪魔して普通には通れなさそうな位置。流石に、隠密魔法で姿を消していても、ばれそうである。
どうにか店主を動かす必要がありそうだけど……ちょっと気が進まないけど、気を引いてみるとしようか。
『エル、あそこの棚にある薬壺を落としてくれる?』
『かしこまりました』
エルは、私の指示を聞くなり、軽く手を振るう。
氷のような冷たい風が一瞬吹き込み、棚にあった薬壺の一部を床に叩き落とした。
あれがどんな薬かはわからないけど、後で弁償するから、ここは許してほしい。
「な、なんだ?」
店主は突然の事態に立ち上がり、薬壺の方に向かって歩みを進める。
ちょっとやり方はあれだけど、店主をどかすことに成功した。
今のうちに、魔石を取ってしまおう。
「鍵かかってるみたいだけど、これくらいなら」
私は解錠魔法で即座に鍵を開け、中にある魔石を取り出す。
慌てていて、一つしか取り出せなかったけど、まあ、一つあれば十分だろう。
再び鍵をかけ直し、すぐにその場を離れる。
店主は、なぜ落ちたんだと不思議そうな顔をしながらも、落ちた薬壺を回収し、床の掃除を始めていた。
あんまり焦る必要なかったかもしれない。
まあ、結果オーライだしいいか。
『これで中に入れるね』
『私は外で待機しております』
『うん、他にも誰か来るかもしれないしね』
私は先程の結界の部屋に行くと、さっそく中に入ろうとする。
魔石のおかげなのか、特に弾かれることもなく、普通に入ることができた。
ちょっと、扉を通り抜ける感覚があれだったけど、魂を触る感覚と比べたらどうってことはない。
とにかく、無事に入れて何よりである。
「さて、何をやってるのか……」
部屋の中には、ラスト先生の他に三人ほどの人物がいた。
まだ全員集まっているわけではないのか、話し合いをしているわけではないらしい。
一人が、あいつはまだかとちょっと苛立たしそうに貧乏ゆすりをしており、それを隣にいた人が宥めている。
ラスト先生は、特に会話に混ざることもなく、ただ静かに椅子に座っていた。
「おう、遅くなってすまんな」
しばらくして、最後の一人と思われる人がやって来て、席に着く。
さて、わざわざこんな結界を使ってまでしたい秘密のこととは何なんだろうか?
私は、見つからないように距離を取りつつ、話に耳を傾けることにした。
感想ありがとうございます。




