第百二話:模擬戦?
「叩き潰させてもらうぜ!」
試合開始の合図を皮切りに猛然と突進してくる。
あれだけでかい得物を持っているにも拘らずかなり素早く、開始前に取られていた距離をあっという間に詰められる。
私は即座に目に身体強化魔法を施し、振り下ろされる一撃を躱した。
殺す気ないって言ってたけど、あれ完全に真剣じゃん。しかも、先程まで私がいた場所の地面は大きく抉られ、小さな穴が開いている。
完全に殺る気満々じゃん。なに、死ななきゃ安いってこと? いや、あれ直撃したら死ぬから。私はそんな頑丈にできていない。
「はっ!」
とりあえず、回避した勢いを利用して振り返りざまに水の刃を放つ。
相手が殺る気満々なのだから手加減しなくてもいい気はするけど、一応は先は丸めて潰しておく。
攻撃の反動もあって避けるのは困難だろうと思っていたが、瞬時に飛びのくと水の刃をすべて躱してみせた。
一瞬、相手の姿が目で追えないほど速くなった気がする。何だかお姉ちゃんの動きに似てる気がするな。
とはいえ、それくらいの速さならばお姉ちゃんで見慣れている。頑張れば追いつけないほどの速さじゃない。
追撃に水の刃を生成し、直線に放つ。だが、体勢を立て直したアグニスさんは即座に大剣を振るい、水の刃をかき消した。
「どうしたどうした! その程度じゃねぇだろ!」
再び加速し、一気に距離を詰めてくる。だが、それは予測済みだ。
足に身体強化魔法をかけ、大きく跳躍して後退しながら水の矢を放つ。
即座に足を止め、剣を盾にするが、何本かは当たったようだ。だが、それを気にした風もなく、ジャンプして私のことを追いかけてくる。
「食らえや!」
距離を取ることを重視したおかげで大きく距離を引き離すことはできたが、謎の加速によって即座に詰められてしまった。
それどころか、跳躍時間が長すぎて空中で攻撃されるという状況に陥る。
空中では身動きが取れず、避けることは難しい。だが、回避する方法がないわけではなかった。
私が杖を振るうと周囲に渦巻く風が足元に集まってくる。それを足場とし、アグニスさんの足元をくぐるように再び跳躍した。
「ちっ!」
思わぬ行動にアグニスさんが舌打ちをする。空を切った大剣は風圧で風を吹き飛ばしたが、その時にはもう私はアグニスさんの後ろに回っていた。
なんてことはない。ただ、風を足場にしただけだ。初級魔法のボール系魔法の応用であり、そこまで難しいことではない。
うまくすれば風の足場を利用して空中を歩くことだってできる。理想は空を自在に飛ぶことだけど、そこら辺はまだ改良中だ。
さて、せっかく後ろを取れたのだ、これを活かさない手はない。
私は即座に水の槍を生成すると、風の力を利用して高速で打ち出した。
槍はリーチに優れ、矢よりも貫通力が高い。いくら刃先を丸めているとはいえ、当たれば結構痛いだろう。
ガキンッ! と硬い音が聞こえた。水の槍は確かにアグニスさんの背中を捉えていたが、まるで鎧にでも弾かれたかのように弾き飛ばされてしまった。
やたら硬いなぁ。何か魔法でも使ってるのかもしれない。
アグニスさんが振り返ろうとしている。私は即座に追加で水の槍を二本生成すると、同じ場所を狙って打ち出した。
空中では身動きが取れない。それは相手も同じことだろう。だけど、だからと言って隙はあまり見せない方がいいのは確かだ。
安全に着地し、即座に距離を取る。
謎の加速によって詰められる以上、距離はあまり関係ないかもしれないけど、魔法は遠距離が基本だ。近距離でも出来ないことはないけど、あまり近すぎると巻き添えを食う可能性もあるためあまり使いたくない。
牽制に放った二本の槍もやはり弾かれ、アグニスさんも着地する。数秒の出来事ではあるけど、身体強化魔法で目を強化している今だととても長い時間跳んでいたように思える。
「やるじゃねぇか。流石英雄と言われるだけはあるか?」
「私は英雄と言われるほどの器ではありませんよ」
全く堪えた様子もなく豪快に笑いながら話しかけてくる。
うーん、非殺傷モードとはいえ割と威力は込めたつもりだったんだけどな。どうやらまだまだ足りないらしい。
やってること自体は初級と中級の魔法ばかりだからね。いや、それでも十分な威力があるはずなんだけど、やたら硬いのがいけない。
どうやって勝ったものか。いや、負けてもいいんだけど、どう考えても痛そうだし、殺されないにしても半殺しくらいはされそうな気がするからあんまり負けたくない。
戦闘不能になるまでボコるか、負けを認めさせるか。できれば後者の方がいいけど、負けを認めるような性格じゃなさそうなんだよなぁ。
まあ、やるだけやってみようか。
「謙遜すんな。魔術師にしては歯ごたえがある。楽しくなってきたぜ」
「私はもういっぱいいっぱいなんですが……」
「つれないこと言うなよ。よし、今から本気で相手してやる」
アグニスさんが大剣を構え直した瞬間、剣から炎が吹き上がった。炎はまるで生きているかのように蠢き、まるで蛇のように剣に纏わりつく。
あれは、火属性の魔法かな? 炎の魔剣という響きが似合いそうだ。
確かに武器に魔法を纏わせることによって属性を付与するというのは割と理に適っているかもしれない。
属性には相性があり、相反する属性に対して効果が高い。私が使っている水魔法は火魔法と相反する属性を持っているため、相性がいいと言える。まあ、それはこちらも同じことではあるけど。
こうなると迂闊に水魔法を放っても相殺されちゃうな。私の魔法は所詮初級魔法だし。
相反する属性同士がぶつかる場合、多少差があったとしても大体は相殺されてしまうが、圧倒的な差があれば勝つのはより威力が高い方だ。魔法の場合は単純な魔力の量の勝負になるけど、ああやって剣に纏わせるとなると剣の攻撃力を計算に入れないといけない。
あんな大きな剣を片手で振るえるほどの膂力なのだから、初級魔法程度じゃ勝ち目はないだろう。となると、上級魔法も視野に入れないといけないな。
「行くぜ!」
属性剣の考察をしている間に突っ込んでくる。ルート自体はただまっすぐ突っ込んでくるだけの簡単なものだが、やはり素早い。
さっきまでなら水の刃でも牽制になっただろうけど炎を纏う剣があってはそうもいかないだろう。だが、直線的に突っ込んできてくれるならまだ手はある。
私は杖を下に振るうと、地面にいくつかの魔法陣を展開させる。そして、アグニスさんが進む足に合わせて魔法を発動させた。
瞬間、地面が小さく陥没する。土魔法を利用した簡易的な落とし穴だ。
もちろん、人一人を落とすほど大きくはない。せいぜい、少し転ばせる程度だ。だが、それで十分。
「うおっ!?」
足を取られ、よろめいたところに軸足を狙って地面を隆起させ、完全に転倒させる。
あわよくばそのまま剣を手放してくれたらよかったけど、流石にそこまで愚かな真似はしないらしい。
だが、隙はできた。私は杖を振り上げ、天に向かって魔力を流す。媒介となった魔力は形を変え、降り注ぐ雷の姿を取った。
「うぎゃっ!?」
駆け抜けた雷が倒れる背中を貫き、雷電を周囲に振りまく。周囲に散った雷電はお互いを電撃で繋ぎ、やがて一つの檻となる。
ここに、アグニスさんを中心として雷の檻が形成された。中にいるアグニスさんが起き上がるがもう遅い。
勝負は決しただろう。私はそっと杖を下ろし、ゆっくりとアグニスさんに近づいた。