第二百七十九話:件の教師
「わっ……」
「おっと、失礼」
談話室に向かう道中、曲がり角を曲がる際に、不意に人とぶつかりそうになった。
いつもは、探知魔法で確認しているし、そうでなくても近くの人の気配くらい感じ取れるので、ぶつかるなんてまずありえないのだけど、今は気分が落ち込んでいるということもあり、警戒が疎かになっていたらしい。
とっさにエルが手を引いてくれたからぶつかるまではいかなかったけど、相手を立ち止まらせてしまった。
「す、すいません……」
「いや、大丈夫……と、君は、ハクじゃないか」
「へ?」
とっさに顔を見上げてみる。
そこにいたのは、筋骨隆々とした大男だった。
一応ローブを着ていて、腰にはロッドを差しているから、先生っぽいけど、見た目だけで言うなら、こんなところより騎士団の養成所にでも行った方がいいんじゃないかと思うところである。
ただ、こんな先生いただろうか? ぱっと思い出そうとして見ても、全然記憶にない。
「えっと、どなたでしょうか?」
「ああ、こうして会うのは初めてだったか。私はラスト。商業科の教師だ」
「しょ、商業科ですか」
確かに、この学園には、様々な学科が存在し、商業科も存在するけど、見た目が全然そぐわない。
いやまあ、見た目で判断するのはよくないか。
というか、それよりも気になることがある。
「ラスト先生、ですか?」
「うむ。君の話は聞いている。留学生達の腕を、水の刃で切り落としたそうじゃないか」
「うっ、まあ、そうですね……」
ラスト先生。先程、学園長の話に出てきた、私のやり方に苦言を呈した先生である。
まさか、こんなところで会うとは……なんか凄く気まずい。
「確かに、うちの生徒とはいえ、元は他国の人間。容赦する必要はないし、彼らはそうされるだけのこともしてきたのは事実だろう。しかし、流石に腕を切り落とすのはやり過ぎではないかね?」
「そ、その通りです……」
「まあ、君も悪気があってやったわけではないだろうが、流石に過激すぎる。今後も同じようなことが起こる可能性がある以上、君の授業を認めるわけにはいかなかった」
「はい……」
「だが、他国の人間に対して容赦のないその姿勢は評価する。先生としては残念ながら落第だが、どうかその力を、この国のために役立てて行って欲しい」
そう言って、ラスト先生は去っていった。
はぁ、なんか、お前はだめだと再確認させられたようでさらに落ち込みそうである。
でも、悪い人じゃなさそうだったよね。
なんか、他国の人に恨みでもあるんじゃないかってくらい他国の人間に容赦がないことを評価していたけど、理念を考えれば妥当なところだし、私が傷つきすぎないように配慮してくれたのは素直に嬉しかった。
まあ、あんな先生に言われたんじゃ、降ろされても仕方ないよね。
私は、去っていくラスト先生をしばらく見送った後、再び談話室に向けて歩みを進めるのだった。
それからまたしばらく経った。
私とエルがいなくなった特別授業は、やはりというか、無法地帯になっていた。
集まらない生徒に関しては、私が連れ戻しているから集まりはするけど、今まで大人しくしていたのが嘘のように、やりたい放題している様子である。
強面の先生が威圧しても、聞く耳持たず、実力行使に出ようとすれば、また上にチクってやると言って牽制してくる。
先生達も、基本的には生徒に手出しできない以上、それを言われると弱く、結果として問題行動を黙認することしかできなくなっていった。
私が顔を出せば少しは違うんだろうけど、私が顔を出してしまうと、別の意味で授業が進まないのが難しいところ。
いくら私が授業しなくても、近くにいるってだけで生徒達が緊張しちゃうからね。
一応、ミーシャさんを始めとした冒険者も頑張っていたけど、結果は芳しくない。
これじゃあ、最初の状況よりも悪化している。どうしたもんかねえ。
「未だに原因もはっきりしないし……」
あれから、時間もできたので、生徒の観察に時間を割くようになった。
もしかしたら、日常的なことの中に、何かが紛れ込んでいるのかもしれない。そう思って、一人をずっと観察するのではなく、複数人を数時間ごとに観察することにしたのだけど、未だに成果はない。
せめて、原因を掴めないと、学園を引っ掻き回しただけで終わってしまうので、名誉挽回したいところだけど……。
「……ん? あれは……」
そう思いながら今日も観察を続けていると、留学生数人が先生と会話している姿を目にした。
いつもの彼らなら、先生の話なんて聞かずに走り出しそうなものだけど、その時はむしろ、彼らの方から先生の方に向かっていったように見えた。
そして、その先生というのが、先日も出会った、ラスト先生だったのである。
「何話してるんだろう」
私は、気づかれないように隠密を強めてから、耳をそばたてる。
確かに、ラスト先生は留学生達の状況を鑑みて、学園長に意見した人だ。そうなった背景には、留学生達からの意見があったはずだし、留学生達の中でも信用されている先生という風に見られている可能性もある。
だから、これは私を追い出してくれたことに対するお礼か何かだと思っていたんだけど、どうやらそんな単純な話ではないらしい。
「……」
留学生達は、確かにお礼を言っていた。あのおっかないガキを飛ばしてくれてありがとうと。
ただ、それに対するラスト先生の言葉が、妙に引っかかった。
というのも、ラスト先生はこう言った。
『その調子で、学園や町の人々を困らせろ』
このセリフを聞く限り、これではラスト先生が、留学生達に問題行動を起こすように指示しているように感じてしまう。
それに対する留学生達の反応は色々で、嬉しそうにする者や、困惑したような表情を浮かべる者もいた。
ラスト先生は、その後周りを気にしながら、去っていった。
なんか、きな臭くなってきたね。
「ラスト先生は、何が目的なんだろう?」
今の話を聞いていた限り、留学生達に問題行動を起こすように指示していたのはラスト先生ということになる。
もちろん、それはあそこにいた一部の留学生だけで、他の留学生は関係ないという可能性もあるけど、あのセリフを聞く限り、無関係とは思えない。
わざわざ、留学生に問題行動を起こさせる理由は何だ?
「ちょっと、調べてみる必要がありそうだね」
さっきの留学生達に聞いてみたい気もするが、これはラスト先生に感づかれるとまずい気がする。
ここは、秘密裏にラスト先生のことを探り、情報を掴むしかないだろう。
あるいは、留学生達が何か報酬を貰っていないか調べてみるのもいいかもしれない。
留学生達だって、わざわざ自分が悪者になるくらいなのだから、何かしらのうまみがあるんだろうしね。
ラスト先生が、金銭や何かしらの優遇をしていたとしてもおかしくはない。
そこから答えを導き出せれば、かなり前進するはずである。
私は、さっそく調査を始めることにした。
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