第百一話:アグニス
稽古を終え、私はギルドへと向かう。
ここ最近のギルドの依頼は外壁の工事関係が多いんだけど、それ以外もないわけじゃない。でも、後回しにされているのが現状だ。
外壁は王都における守りの要だし、急がせる意味でも報酬が高く設定されているため、みんなこぞって参加するのだ。その結果、他の依頼が後回しにされているというのが真相。
まあ、別にその依頼も急務というわけではないし、期限が近づけばしかるべき冒険者に紹介されるから別に問題はないんだけどね。
ただ、工事の関係で友好国である隣の国から来ているドワーフ達のおかげで若干むさ苦しさが増している。
ギルドの酒場は別に冒険者専用ってわけでもないしね。冒険者と連携することも多いし、そりゃ来るよね。
まあ、彼らとは知らない仲でもないから別にいいんだけど。
ギルドへと辿り着く。入り口をくぐると、相変わらず騒がしい室内だった。
さて、簡単に終わる依頼はあるかなっと。
「だからさ、勿体付けてないでさっさと出しなって。わかってんだよ、ここにいることは」
ふと、受付の方に目が行く。そこには大剣を背負った長身の女性が居座り、受付のお姉さんにガンを飛ばしていた。
お姉さんは困ったように手を振りながらしどろもどろになって答えている。
なんだろう、揉め事かな?
「ですから、今はいらっしゃらないというか……」
「おいおい、冗談はよせよ。大方ギルドマスターのところにでもいるんだろ? あたしが戦いたいって言ってんだ、さっさと出しな」
「そもそも冒険者同士の戦闘は禁止されていて……」
「うっせえな。あたしがやりたいって言ってんだから出すんだよ」
うわ、なんかあからさまに迷惑そうな人だなぁ。
よく聞いてみると周りの人たちも彼女の話をしているようだった。そりゃあんな大声で怒鳴ってたら目立つよねぇ。
うーん、受付さんには悪いけど、面倒事には首突っ込みたくないし、なによりあの人はなんか、その、関わっちゃいけないような気がする。なぜかはわからないけど。
というわけでそそくさとギルドを後にしようとしたんだけど、その時に一際大きな声で怒鳴り声が聞こえてきた。
「さっさと出しな! ハクをよ!」
「えっ……」
え、今ハクって言った?
聞き間違いではないだろう。あんなに大声で言っていたんだから聞き間違えるはずがない。
私に用があるってこと? えー、関わり合いたくないんだけど……。
まあ、幸いまだ気づかれていないし、さっさと逃げるとしよう。
そう思って踵を返そうとした時だった。
「あ、ハクさん! ちょ、ちょっと来てくれますか?」
まるで地獄に仏と言わんばかりにほっと安堵した声で話しかけてくるのは対応していた受付さん。
う、うーん、確かに見捨てようとしたのは悪いと思ってるけど、このタイミングで呼ばなくても……。
案の定、怒鳴り込んでいた女性は私の方を振り返る。
吊りあがった目は漲る闘志を表すような赤色を備えた瞳を持ち、頬には深い切り傷が刻まれている。オレンジ色の髪をポニーテールにまとめ、尖った犬歯は獰猛な獣を思わせる。
喜色満面の笑みを浮かべたその女性は私の姿を見るなり私ににじり寄ってきた。
「よぅ、お前がハクか。思ったよりもちっこいな。だが、見てくれは関係ねぇ、俺がお前に望むことはただ一つ。俺と戦え!」
「え、えっと……」
まくし立てるように怒鳴り込んでくる彼女に思わず一歩後退ってしまう。
そもそもなんでいきなり戦わなければならないのか、それがわからない。
私はこの女性と会ったのは初めてのはずだ。別に何か迷惑をかけた覚えはないし、された覚えもない。
助けを請うように受付さんの方を見るが、手を合わせて頭を下げるばかりで頼りになりそうにない。
あなたのせいでばれたんだからちょっとは助けてくださいよ……。
「まあ、ここではなんだ。訓練場に行くぞ」
そう言って私の腕を掴み、強引に連れて行こうとする。
うわ、この人力強い。腕が千切れそう……。
これ、下手に抵抗したら怪我するかも。ついていくしかないかぁ。
「お、おい、ハクちゃんに乱暴は……」
「ああん?」
「い、いえ、なんでもありません……」
途中、勇敢な男性が止めようと声をかけたが、睨まれただけですごすごと退散していった。
うん、まあ、気持ちはありがたいけど、相手が悪かったね。この人話聞かなそうだし。
せめて止めようとしてくれたお礼に頭だけ下げ、そのままされるがままに連れていかれる。
やがて辿り着いたのはギルドの裏手にある訓練場。武器の調子を見たり、軽く練習をする場だ。
本来、冒険者同士で戦闘をするのはルール違反なのだが、訓練の一環での模擬戦は許可されており、そこのところは結構曖昧だ。
まあ、この人のように戦闘だけが目的だとはっきりしているならルール違反なんだろうけど、どうにもこの人はそんなの気にしていないようだ。
うーん、ギルドマスターとかが介入してくれたらいいんだけど、さっきの受付さんの対応を見る限り無理そうだよなぁ。
とりあえず、この人を【鑑定】してみる。
【鑑定】でわかるのは対象の名称や種別、属性などが挙げられる。最初の頃は名称も抽象的な感じでよくわからないものだったけど、地道に使い続けていたらいつの間にかちゃんと表示されるようになっていた。
思うに、恐らくスキルにはレベルのようなものがあり、それが上がることによってより精度が上がるということなんだと思う。
この人の場合は人間であり、火属性を扱うということがわかる。多分、結構有名な人なんじゃないかな?
というのも、人物に【鑑定】を使う場合、その人の持つ称号なども見ることが出来るんだけど、その中に一つ気になるものがあったのだ。
【竜殺し】
読んで字の如く、竜を殺したことがあるということなのだろう。
そりゃファンタジーの世界なんだからドラゴンもいるんだろうなぁとは思ってたけど、ほんとに倒す人いるんだね。
竜がどれほどのものかはわからないけど、想像する限りはとんでもなく強いイメージがある。それを殺したとなればこの人もかなり強いんだろう。
そんな人と今から戦うって……ほんと、どうしてこうなったし。
いつの間にか周囲には冒険者達が集まっている。野次馬って奴だろうか、来るんだったら止めて欲しい。……いや、あの剣幕じゃ無理か。
一応、みんな申し訳なさそうに私のことを見ているから単純に私のことを心配してくれているんだろう。そう思うと、怒る気にはなれなかった。
「よし、ここならいいだろう。そういえば名乗ってなかったな。俺はアグニスだ、冥土の土産に覚えとけ」
「……ハクです。殺さないでください」
冥土の土産とか、殺す気満々じゃん……。
私が悪いって言うなら誠意を持って戦わせてもらうけど、これって完全に八つ当たり的ななにかじゃん。私悪くないよね?
周囲の一部の野次馬達もなんか盛り上がってきて引けない雰囲気だし、もうやだ。
「安心しろ、殺しゃしねぇよ」
「……そもそも、何で戦わなきゃならないんですか? 私何かしましたか?」
「……なんかずいぶん暗い奴だな。お前ほんとに王都を救った英雄か?」
まあ、英雄なんて自覚はないけど王都ではそう呼ばれてるし、その件で王様に杖を授かるくらいには貢献したとは思う。
でもそれとこれと何の関係が。
「俺はな、強い奴と戦うのが好きなんだ。王都を救ったって言うなら、かなり強ぇんだろ? どれほどの強さなのか俺が確かめてやるよ」
なんだただの戦闘狂か。
いや、薄々思ってたけどさ。そんな理由で私を巻き込まないで欲しい。
なんとなく関わらない方がいいと思ったのはこれが原因か。危ない香りがプンプンする。
とはいえ、ここまで来てしまった以上は戦わなければ収まらないだろう。ここでやっぱりできませんとか言って逃げたらそれこそ地の果てまで追いかけられそうだ。
仕方ないので背中に背負っていた杖を抜き、戦闘態勢を取る。その姿勢に満足したのか、アグニスさんも背中の大剣を抜いた。
「心底戦いたくありませんが仕方ありません。ルールはどんなものでしょう?」
「相手を戦闘不能にするか負けを認めさせたら勝ちだ。審判は、そうだなぁ……そこのひょろ長、お前やれ」
「は、はいぃ……!」
あ、さっき止めようとしてくれた人だ。なんかほんと、巻き込んですいません。
それにしても、問答無用で襲い掛かってくるかと思ったけど意外に紳士的だな。強引ではあるけど、戦いは正当であれってこと?
まあ、何でもいいけど。
「そ、それでは、ハクさんと紅蓮……アグニスさんの試合を始めます。お二人とも、準備はよろしいですか?」
「おう、いつでもいいぜ」
「はぁ……大丈夫です」
「で、では、試合開始!」