第二百六十六話:嵐のような
私が構えると同時に、男は雷音を響かせながら、姿を消した。
とっさに目で追ってみると、上空にその姿が確認できる。
こいつ、こんなに速いのか。確かに、現れた時も、一瞬だったけど。
「はっ!」
私はとっさに水の刃を放つ。
吹雪の中では、凍結してしまう水魔法はちょっと扱いにくいけど、やりようはいくらでもある。
特に、私の水魔法は、最適化に最適化を重ねた一級品だ。多少のアドリブくらいなんてことはない。
避けられるかと思ったが、男は特に避けるそぶりも見せず、そのまま食らった。
人間が食らえば、真っ二つになってもおかしくないほどの威力を持った水の刃だが、男はわずかに切り傷がついた程度で、特に堪えた様子はなかった。
『ぬるい』
〈ならばこれはどうですか!〉
私の攻撃に合わせ、エルが飛び上がってブレスを放つ。
エルのブレスは滅多に見ることはないが、それだけ威力が高いということでもある。
並大抵の相手なら、凍り付いて、そのまま砕けて死ぬだけだけど、こいつはわずかに凍り付きはしたものの、すぐに氷を破ってしまった。
『風よ』
今度はこちらの番と言わんばかりに、男が腕を振るうと、猛烈な強風が吹きつけてきた。
それは、竜の姿となっているエルですら容易に持ち上げるほどの威力であり、私は踏ん張り切れずに宙に投げ出される。
『堕ちよ』
「それくらいどうってことありません」
とっさに翼を出し、空中で態勢を整える。
ちらっと地面を見てみたけど、相当高い。この洞窟も結構広いけど、その天井に届くんじゃないかと思うほどの高さだった。
普通の人間だったら、成す術なく落下してお陀仏だろうな。
直接的な攻撃ではないけど、十分脅威である。
『お前は人ではないのか?』
「私は竜です。精霊でもありますが」
『ほう、それは面白い』
男は再び腕を振るう。そして、同時に発生する強風。
どうやら、こいつは雷だけでなく、風も操れるようだった。
私もエルも、翼があるから落下はしないけど、それでもかなりの強風である。
吹雪の寒さと相まって、肌は凍るように冷たいし、気を抜くと風に煽られて翼の制御もままならない。
どうってことないとは言ったが、かなり脅威だ。
これに合わせて、何か攻撃されたら、ちょっとやばいかもしれない。
『こんな可憐な竜もいるのだな。我が見たことのある竜は、そこの竜のように、もっと威厳があったぞ』
「威厳がなくてすいませんね!」
『よい。容易にバラバラになりそうではあるが、それでこそ愛でる意欲も沸くというもの』
「私を愛玩動物扱いしないでください!」
攻撃の合間に、水の刃で攻撃するが、ほとんどは風でかき消されるか、届いても軽い切り傷程度にしかならない。
これは、これだけでは威力が足りなさそうだ。もっと威力のある魔法を使わないと。
「これでどうですか!」
隙を見て、男の頭上から雷を落とす。
貫通力もあり、威力も高いこれならば多少はダメージを与えられるはず。
『雷は我の領分だが、その呪文はなかなかだな』
「き、効いてない!?」
しかし、結果は惨敗。傷一つついていなかった。
もしかして、雷とかを司っている神様だったりする?
考察の時に、もしかしたら嵐の神様かもしれないとか言っていた気がするけど、だったら雷は相性が悪いかもしれない。
見たところ、風魔法が得意っぽいし、そうなると最適な攻撃は……。
「なら、これです!」
『むっ』
ちょうど、天井近くにいたので、天井から土の槍を突き出し、男を串刺しにした。
属性相性が機能しているなら、風属性に相性がいいのは土属性のはずである。
案の定、先ほどまでとは比べ物にならないくらい通り、その体を真っ二つに引き裂いた。
『多彩なのだな。これほどの呪文を覚えた魔術師も珍しい』
「これでもだめですか……」
だが、倒したわけではなさそうである。
体は完全に真っ二つになっているのに、見る見るうちに傷が塞がっていき、やがて元の姿に戻った。
ダメージが通っていないわけではないと思うが、もしかしたら、神様を倒すには何かしら条件がいるのかもしれない。
『奴に同意はしたくないが、クイーンが気に入るのも頷ける』
「クイーンを知っているんですか?」
『ああ。はた迷惑な奴だがな』
十中八九そうだとは思っていたけど、やはりクイーン関係らしい。
この感じ、あんまり仲は良さそうに見えないけど、クイーンは友達とか言ってたんだよね。
一方的にそう言っているだけで、実際はそんなことないのかな?
まあ、あちらの交友関係なんてどうでもいいっちゃどうでもいいけど。
『それよりも、我はお前に興味が沸いた。もっと呪文を見せて欲しい』
「余裕しゃくしゃくって感じだね……」
私とエルでこれだけ攻撃してもピンピンしてるってことは、普通の攻撃では倒せなさそうだ。
やはり、神様を倒すには、それ相応の条件が必要になってくると思う。
そう考えると、脳裏に浮かぶのは神剣だ。
神様が持つ神剣ならば、あるいは神様も倒せるかもしれない。
だが、あの剣を使うためには、竜神モードになる必要がある。
あんまりあの姿にはなりたくないんだけど……。
「……いや、そんなこと言ってる場合じゃないか」
そもそも、人の力だけで神様を倒すのはかなり難しいだろう。
今の攻撃だって、割と本気で攻撃したのに、びくともしていなかった。
もちろん、体は傷ついているから、攻撃しまくっていればいずれはダメージが入るかもしれないけど、あの烈風を耐えながら、攻撃を続けるのはちょっと難しいだろう。
だったら、初めから全力で行った方がいい。
神様を倒すなら、やはり神様にならなければ。
「エル、ちょっとだけ時間を稼いで」
〈了解です〉
牽制になるかわからないけど、エルに気を引くように頼む。
私は、即座に竜珠から神力を解放すると、竜神の姿へと変貌を開始した。
服を切り裂き、体が巨大化していく。人の姿から、竜の姿が強い形になり、銀の鱗がきらりときらめく。
数瞬後には、私の視界はだいぶ高くなっていた。
『ほう、面白い力を持っているな』
〈これであなたを倒します〉
すかさず、【ストレージ】から神剣ティターノマキアを取り出す。
最近、あんまり構えていなかったからか、ちょっとだけ不満そうな雰囲気を感じたが、それでも、目の前の敵が何なのかを理解したのか、すぐに収まった。
〈覚悟!〉
『流石にそれは食らったら痛いな』
振り下ろした神剣を、男は両手で受け止める。
本来なら、一振りするだけでこの洞窟もろとも吹き飛びそうな一撃なのに、それに全く負けていない。
ただ、剣は止めれても、威力は殺しきれなかったのか、余波で体に無数の裂傷が走っている。
下手したらこの山ごと吹き飛ばすかもしれないと思ったけど、これならあんまり手加減しなくてもよさそうだ。
私はエルに下がるように言い、再び剣を振り下ろす。
その余波はすさまじく、辺りに積もっていた雪が弾け飛んだ。
洞窟が崩れていないのが不思議なくらいである。こいつどんだけ硬いんだ。
『それがお前の本気と見た。ならば、我も少しは本気を出さねばなるまいて』
そう言って、男は何か呪文のようなものを唱え始める。
させるものかと剣を振り下ろすが、男は詠唱を続けながら、攻撃を次々にいなしていった。
何が起こるかわからないけど、絶対によくないことなのは確かである。
私はとっさに、剣を突き出し、その体を串刺しにしようと試みた。
不意の攻撃に、受け止め損ねたのか、男の体は霧散する。
だが、どうやら少しばかり遅かったようだ。
〈これは……〉
男の体はなくなったのに、なお消えることのないこの威圧感。
それは、この男が真の姿を現した証拠だった。




