第二百六十五話:対峙するもの
空を飛んで行っても、特に妨害されるようなことはなかった。
あるとしたら、頂上に近づくにつれて、だんだんと雪が激しくなっていったくらいだろうか。
これは、もしかしたら元々こういう天候なのかもしれないね。
吹雪に関しては、エルは意に介さないし、ルーシーさんも同様。なので、特に苦労することもなく、元の場所に戻ってくることができた。
「みんなは、いないみたいだね……」
洞窟の入り口は、雪で塞がっていたが、その一部が、えぐり取られるようにしてなくなっていた。
中に入っても、誰もいない。どうやら、みんな連れていかれてしまったようだ。
探知魔法が役に立たないからよくわからないけど、恐らくは、あの祭壇があった洞窟に連れていかれたんじゃないだろうか。
「ちょっと遅かったか……」
一応、何か手掛かりがないか辺りを確認してみる。
一部、真新しい傷跡があったから、恐らく戦闘があったんだろう。
血の跡は見られないけど、この雪だし、普通に埋もれてしまった可能性もあるから何とも言えない。
「ルーシーさん、ちょっと下に行ったところに、別の洞窟があるんですけど、恐らくみんなそこにいるかと」
「なるほど。では、私は先にそちらに向かいましょう。この気配、どうやら近くにいるようですから、お気をつけて」
「は、はい」
そう言って、姿を消すルーシーさん。
私は全く探知できていないんだけど、本当に近くにいるんだろうか。
とっさに辺りを見回してみても、特にそれらしい場所は見当たらず、ただただ困惑するばかりである。
とにかく、この洞窟内では戦うにしても不利だし、一度外に出よう。
そう思って、外に出ようとした、その時だった。
「ッ!?」
突如響く雷の音。
さきほどまで、なんの気配もなかったのに、唐突に感じる圧倒的な威圧感。
恐る恐る振り返ってみれば、そこにはあの時の鹿の角を生やした赤髪の男が立っていた。
『来たか』
その声は、威圧感に似合わず、とても穏やかな声だった。
まるで、私達のことを歓迎しているかのような錯覚に陥る。
けれど、それだけは決してない。私は、こいつにとって敵なのだから。
〈何者だ!〉
エルが臆さずに声を上げる。
私の時は、見た瞬間に体が動かなくなったけど、エルはどうやらそんなことはないらしい。
流石、エルは色々と場数が違うね。
男は、ゆっくりと私とエル、そして見えないはずのアリアの方に視線を向けた後、両手を広げて穏やかな声で続けた。
『我は神なり。我が手にすべてを委ねよ』
「……お断りです」
一瞬、自然と頷きそうになってしまったが、何とか理性を保って言い返す。
こいつの言葉は、一言一言が重い。まるで、言葉の一つ一つに意思が宿っているかのように、心にまとわりついてくる。
あまり声に耳を傾けない方がいいかもしれない。どちらにしろ、こいつは倒さなくてはならないのだから。
『なぜだ。人は神を崇めるものだろう?』
「誰を崇めるかは自分で決めます。強制されるいわれはありません」
『これでもか?』
そう言った瞬間、体がぐっと重くなったような気がした。
セシルさんに重力魔法をかけられた時に似ている気がするが、これはどちらかというと、プレッシャーの類だと思う。
体が動かしにくくなると同時に、心の中に恐怖が広がっていく。
これは、まずいかもしれない……。
〈あ、あ……〉
エルがじりじりと後ずさっている、
恐らく、このプレッシャーに当てられて、恐怖しているんだろう。
私はとっさに鎮静魔法で心を落ち着かせる。
大丈夫、プレッシャーをかけられたくらいじゃ動じない。
『なぜ抗う?』
「この世界では、そういうやり方は好まれないんですよ」
『人は神を崇める者。そこに何の違いがあるというのだ?』
「恐怖で人を支配しておいて、それで崇める者も何もないでしょう。人の信仰は、その人自身が決めるものです」
『ふむ』
男は、腕を組んで手を顎に当て、何か考えるような仕草をしている。
元々、神様は人とは考え方が違うとは思っていたけど、本当にその通りだと思う。
こいつにとって、人はただ自分を崇める存在であって、そこに人の意思は関係ないんだろう。
信仰されることによって、何を得るのかはわからないが、それを満たすための道具とか、そのように考えているのかもしれない。
わかっていたことだけど、話し合いは無理そうだな。
『では、お前は何を崇める?』
「私は何も崇めませんよ。少なくとも、あなたは」
『なぜだ。信仰無き者ならば、我を信仰すべきだ』
「そういうのは、こちらの要望を一つでも聞いてからにしてもらいたいですね」
『見返りが欲しいか? くれてやってもいいが、何が欲しい?』
「私が求めるのはただ一つ、この世界から立ち去ってください」
そう言って、精一杯睨みつける。
相変わらず、男は理解できないと言った様子で考え込んでいる。
そんなにこちらの世界のことをわかっていないのなら、なんで来たんだと言いたい。
それとも、この男が住む世界は、すでに滅んでいて、仕方なくこの世界に来たとか?
いや、そうだとしても、この世界の神様に助けを求めればいいだけの話であって、勝手に信仰を広めることはダメだろう。
すでに、一部ではあるけど、被害も出てしまっている。少なくとも、この世界の神様にとって、こいつは害でしかない。
『それはできぬ。この地はすでに、凍てつく荒野の精霊のものだ』
「先住民に竜がいたはずですが?」
『奴は我が配下となった。故にこの地は我のものである』
服従状態とか言うので無理矢理従わせていたくせによく言う。
しかし、精霊なのか、あれ。どう見ても人間に見えるんだけど。
いや、確かに精霊も、人型ではあるけど、あんな獰猛な感じじゃない。
世界によって、精霊の在り方も変わっているのかもしれないね。
「それならば、私がこの地の所有権を主張します。私はあの竜の上司に当たる者ですから」
『ならば譲るが良い。褒美は用意する』
「そんなものいりませんよ。とにかく、出て行ってください。この世界は、あなたのような神が来るところじゃありません」
『なぜ、頑なに我を嫌う? お前にとって、人とは何ぞや?』
「今世界に生きる、この世界を存続させ続けるために必要な大事な生命ですよ」
まあ、人である私が言えたことではないかもしれないけど、私が神様なら、恐らくこういう答え方をするだろう。
人がいなければ世界は存続できない。時折神様の意思が入り込むことはあっても、基本的には人が自分で考えて、自分で未来を切り開いていかなければならない。
この世界の神様だって、昔は人族と盛んに交流していた。
それによって、戦争が起こってしまったことは残念だけど、私はそのやり方を間違いだとは思わない。
こいつのように、人を道具のように考えている奴とは違う。
『納得はできぬが、理解はした。人族を我に奪われることを、お前は良しとしないのだな』
「当たり前です」
『ならば、我らの利害は反発する。我は、お前を排除しなくてはならなくなった』
「望むところですよ」
やはりというか、こうなってしまった。
まあ、話せていた方ではあるけど、あちらも退けない理由があるなら、戦うのは致し方ない。
さて、神様に勝てるかはわからないけど、精いっぱい戦ってみよう。
私は、一度深呼吸をした後、構えた。
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