第二百六十四話:狂気を司る神様
ルーシーさんは、あれから異世界の神様について、色々と調べていたらしい。
この世界以外にも、世界は無数に存在しており、いくつかの世界の神様は、この世界の神様とも交流があるようだ。
だから、それらの世界の神様なのではないかと問い合わせをしていたようなのだけど、それらしい情報は見当たらなかったらしい。
その神力からして、神様であるのは間違いないが、正体は全くの不明。
強いてわかっていることを上げるとするならば、それらの神々は、狂気を司っているということだった。
「狂気、ですか?」
「はい。この世界の神々は、人族と寄り添い、友好関係を築くことによって、この世界を統治してきましたが、例の神々は、その逆。恐怖によって、人々を支配してきたと考えられます」
人々を恐怖で縛り付け、自分達を崇めるように仕向けているってことか。
確かに、セシルさん達は普通じゃなかった。まるで、壊れた機械のように、ひたすらに祭壇に向かって頭を下げ続けていた。
眷属化のこともあるし、恐怖によって感情を支配し、自分の都合のいいように動かしているのかもしれない。
「その性質上、見ただけでも正気を失う可能性があります。神ならば、それに抗えるかもしれませんが、人族ではその恐怖に打ち勝つのはなかなか難しいでしょう」
「確かに、あれはまともに見ちゃいけない奴ですね」
私はもちろん、エルやアリアでさえ、油断したら恐怖に飲み込まれそうになっていたのだから、その影響力は計り知れない。
幸いなのは、たとえ発狂しても、鎮静魔法を使うことで、正気に戻すことができるってところだろうか。
心に干渉する作用だから、心を落ち着かせる鎮静魔法とは相性がいいのかもしれない。
まあ、完全に防げるわけではなく、あくまで対処療法だから、対策と言えるかはわからないけど。
「神様が関係しているとしたら、どうしたらいいですか?」
「異世界の神は、この世界に無断で侵入している立場です。本来なら、元の世界に送り返し、二度とこの世界に立ち入れないようにするのが普通ですが、元の世界がわからない以上、送り返すのは難しい。となれば、やることは一つです」
「それは?」
「消滅させること、ですね。元々、神は不滅の存在ですから、消滅させても死ぬことはありません。消滅させてしまえば、この世界から退去させることも可能ですので、強制的に退去させようって形ですね」
要は、いくら言っても聞かないなら、無理矢理追い出してしまおうってわけだね。
もちろん、まだちゃんと話をしたわけではないから、話せば素直に帰ってくれる可能性もなくはないけど、クイーンの態度を見るに、それはあまり考えられない。
そもそも、別の世界から来た神様が、この世界の理に干渉することは許されないことだし、それを一方的に押し通そうとしてくるなら、倒されても文句は言えない。
このまま、異世界の神様が跋扈すれば、この世界が乗っ取られてしまう可能性もあるわけだし、対処するなら早めの方がいいだろう。
ただ、消滅させるのはいいけど、問題がある。
「それって、私がやることになりますよね?」
「そうですね。ほとんどの神は地上に降りることを禁止されていますし、相手が神となれば、私達天使でも手に余ります。なので、神であるハク様に頼むしかありません」
「ですよね……」
まあ、一部の神様は、地上に降りることもできるから、その神様に任せるというのも手ではあるけど、現状はすぐ近くにいる私が対処する方が自然だし、そもそも、他の神様だって、そんな暇じゃないだろう。
神様でありながら、人間でもある私が、立場的にも動きやすいのは確かだ。
「……本当は、こんなことを頼むのは間違っているのですが、どうか、手を貸していただけませんか?」
「そういうことなら、やりますよ。私も、いつまでもここをこのままにしておくのはどうかと思いますし」
どのみち、元凶であるあの男を放置して帰ろうとは考えていなかった。
仮に、どうにかしてこの山から脱出できたとしても、元凶がそのままである限り、被害は広がっていくだろう。
もしかしたら、この山だけに留まらず、もっと広い範囲を支配下に収めてしまうかもしれない。
ポクランの町のためでもあるし、この世界のためでもある。
私で対処できるのなら、ぜひとも力を貸したいところだ。
「でも、私なんかで倒せるんですか? あれ」
「情報が不足しているので、まだ何とも言えません。ハク様は、元凶となった神と対峙したのですか?」
「はい。なんか、鹿の角が生えた、赤髪の男でした」
「ふむ、恐らく仮の姿でしょうが、なんの神でしょうか」
今わかっていることと言ったら、雷を操ること、もしかしたら天候を操るかもしれないってこと、状況的に人間もどきに命令を出せるってことくらいだろうか。
雷とかだけ考えるなら、嵐の神とか、そんなイメージがあるけど、人間もどきがよくわからない。
ただの魔物ってわけでもなさそうだけど、あいつも眷属か何かなんだろうか?
「とにかく、私ども天使も微力ながら手伝わせていただきます。何なりとご命令ください」
「あ、ありがとうございます。それなら、ちょっと手伝ってほしいんですが……」
私は、頂上付近に、転生者達を置いてきてしまったことを話す。
洞窟に押し込んだから、雪崩には巻き込まれていないだろうが、それでも近くには大量の人間もどきと、元凶の姿があった。
洞窟の入り口が雪で塞がれて入れないとかでもない限り、転生者達は再び奴の手に落ちたことだろう。
もしかしたら、まだ戦っていて、無事な可能性もあるし、なるべく急いで救出しなければならない。
だから、ここで人手が増えるのは、素直にありがたかった。
「わかりました。しばらくしたら援軍もくるので、救出はお任せください」
「お願いします。私は、どうにかあいつを倒してみます」
天使達なら、人間もどきくらいなら相手にできるだろうし、眷属化させられていたとしても、解除することができるだろう。
私も救出に参加したいところだけど、元凶のあいつが神様となると、相手できるのは私しかいないし、私はそちらに注力した方がいい。
まあ、どっちにしろ、頂上に行くまでは同行することになりそうだけどね。
「まずは移動しましょう」
「了解です」
話もまとまったので、移動を開始する。
空を飛ぶかどうか迷っていたけど、ひとまず飛ぶことにした。
ルーシーさんがここにいるってことは、恐らく結界を破ってきたってこと。元凶がそれに気づいていないわけはないと思うし、どっちにしろ警戒はされているはず。
どうせ見つかるなら、時間がかかる徒歩より、パッと直線で進める空の方が断然いい、という判断だ。
最悪、見つかって攻撃されても、多少なら耐えられる。むしろ私は、元凶を倒さなくてはならないんだし、あちらから出てきてくれるなら好都合だ。
エルの背に乗り、空に飛び立つ。
さて、うまく行くといいのだけど。
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