第二百六十一話:吹雪の中の包囲
みんなを連れて、洞窟の出口へと向かう。
ただ、仮にこの洞窟から連れ出せたとして、どこに連れていくかは考えていない。
安全な場所と考えるなら、雪山の外なんだろうけど、この雪山は、恐らく結界に封じられている。
洞窟の入り口の結界を壊した要領で破壊することは、もしかしたらできるかもしれないけど、流石に雪山全体を覆うような巨大な結界を攻撃したとあっては、元凶が黙っていないと思う。
気づかれる前に壊して、さっさと脱出するのが一番だとは思うけど、それはちょっと現実的ではない。
そうなると、この雪山内のどこかに、一時的に避難させるってことになると思うんだけど、恐らくこの雪山に安全な場所などないと思う。
もちろん、あの人間っぽい魔物くらいなら、転生者達なら倒せるかもしれないけど、天候も悪いし、何よりいつ発狂するかもわからない状況なのが怖すぎる。
シンシアさんみたいに、ちょっと騒ぐくらいだったら問題はないけど、竜みたいに自傷行為に及んだり、ましてや他人を傷つけようとしたりしたら堪ったものではない。
鎮静魔法をかけるにしても、これだけの人数をずっと気を使うとなると、私は離れることができなくなるし、それだと完全に動けなくなる可能性が高い。
転生者の中に、鎮静魔法を使える人がいるなら話は早いんだけど、みんな戦闘寄りな能力っぽいしなぁ。
ワンチャン、エミさんが行けるかもしれないってところか。
エミさんの能力は、完全な治癒だからね。それが発狂にも作用するなら、なんとなるかも。
「この気配……ハクちゃん、どうやら一筋縄ではいかなそうなのです」
「そうみたいですね……」
洞窟の出口に近づくにつれて、殺気を感じられるようになってくる。
この気配は、恐らくあの人間もどき。
まあ、この洞窟には元々結界が張ってあって、どう考えても重要な場所だった。
であるなら、それを無理矢理破壊されたと気づいて足止め、もしくは確保を目的として戦力を送ってきても不思議はない。
もしかしたら、元々この近くにはたくさんいて、私達の気配に惹かれて近寄って来ただけかもしれないけど、どちらにしろ、普通に出るのは難しそうである。
「皆さん、戦闘はできそうですか?」
「もちろん……と言いたいが、万全とは言い難い。どうにも、魔力が回復してないようでな」
「魔力切れですか……」
「ある程度は戦えるだろうが、長くは持たないかもしれん」
そう言って、申し訳なさそうに顔を歪めるセシルさん。
元々、転生者達の持つ特殊な能力は、魔力に依存しないことが多い。セシルさんが持つ重力を操る力や、ルナさんの武器破壊能力なんかは、魔力がなくても発動するだろう。
ただ、それでも魔力に全く依存していないかと言われたらそんなことはないようで、身体能力の向上や、能力の補助として使うことも多く、それなしとなると、長くは戦えないとのこと。
そもそも、魔法が主体の転生者達は、魔力の影響をがっつり受けるしね。
となると、戦えそうなのは、魔導銃で実弾を使えるシンシアさんと私くらいなものか。
「あんまり多くないといいんだけど……」
数が少なければ、この戦力でも突破はできるだろう。
最悪、私が範囲魔法を放てば、一時的に道を作ることくらいはできるだろうし、隙を見て洞窟から脱出するというのも手かもしれない。
淡い希望を抱きながら、洞窟の出口までやってくる。
外は、相変わらず吹雪いていたが、そこには目を疑いたくなるような光景が広がっていた。
「……多すぎない?」
吹雪で視界が悪いにもかかわらず、私の視界には、おびただしい量の人間もどきの姿が映っていた。
視界を遮られててこれなのだから、恐らく見えてない範囲にも結構な数が存在するだろう。
最悪、範囲魔法で一掃すればいいやとか思ってたけど、これは流石にそれでどうにかなる次元ではない。
一体どこからこんなに集まってきたんだ。森を抜けている時は、数体くらいしか見かけなかったのに。
「お、おい、どうする?」
「どうすると言われても……」
人間もどきは、獰猛な視線でこちらを睨みつけながら、じりじりと近づいてきている。
まるで、さっさと洞窟に戻れと言っているかのように。
足場も視界も悪い中、こいつらを蹴散らしながら進むのは自殺行為に等しいだろう。
かといって、ここで戻っても、解決にはならない。
恐らく、こいつらの目的は、私達を洞窟に押し留めること。
こうも組織立って動いているところから見るに、命令した人物がいるだろうし、命令したってことは、私達が洞窟から脱出しようとしていることには気づいているということ。
セシルさんが言っていた、鹿の角が生えた人物なんだろうけど、そいつに会ってしまったら、また同じように眷属化してしまう可能性が高い。
先に進むのはリスクが高く、戻るのはただ死を待つだけとなってしまう。
前向きな考え方をするなら、洞窟で待っていたら元凶がやってくるんだから、そいつを返り討ちにして解決、と考えられなくもないけど、私だけならともかく、戦闘要員として数えられない転生者達を抱えたまま相対するのはできれば避けたい。
私としては、どうにかこの場を脱出したいところなんだけど……。
「この近くに、どこか休めそうな場所はありませんか?」
〈洞窟なら、もっと上の方にいくつかありますが……〉
「なら、まずはそこを目指しましょう。少なくとも、妙な祭壇があるここよりはましなはずです」
あの祭壇に置いてあった石板は、明らかに魔導書の類だったし、あれに向かって頭を下げさせられていたってことは、あれが眷属化や服従状態を付与していた可能性もある。
祭壇を破壊してしまうのも手だけど、あの禍々しい雰囲気、何が起こるかわからないし、だったら別の洞窟に行って、入り口に壁でも作って籠城した方がましな気がする。
幸い、私の神力はほぼ尽きることがない。範囲魔法を連発すれば、あるいは行けるかもしれない。
「皆さん、退路を開きます。遅れないでついてきてください」
「おう」
私は、手始めに巨大な氷柱を空中に出現させ、その切っ先を落としていく。
一気に気温が下がったような気がするけど、現状だと、氷魔法が最も効率的に使える魔法だ。
得意なのは水魔法だけど、この吹雪じゃ、制御がしにくいだろうからね。
大量にいるだけあって、適当に狙っても面白いように当たってくれる。
元人間なんじゃないかという心配もあったけど、これだけ大量にいるってことは、恐らくその線はないし、遠慮する必要はないと信じたい。
「今です!」
私の合図と同時に、みんな一斉に駆け出す。
この吹雪の中、みんなが逃げ切れるかどうかは運だけど、先頭に竜、殿に私がつくことによって、なるべく見落とさないように注意していく。
ただ、予想はしていたけど、数が多すぎる。
あれだけ派手に魔法を放ったのに、すぐさま体制を整えて、進路を塞いできた。
これは、一筋縄ではいかなそうだね。
私は、追加の魔法を準備しつつ、気を引き締めた。
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