第二百六十話:不気味な石板
洞窟の中は、重い空気が漂っていた。
結界越しだというのに、思わず体が震えてくるような、冷たさを感じる。
まるで、私達がこの先に進むのを拒むかのようなこの感覚。その空気に当てられてなのか、みんなも不安が募っているようで、いつ発狂してもおかしくない状況だ。
先に進むのは私一人の方がいいだろうか。洞窟の入り口あたりで待っていてもらえば、そこまで影響はないだろうし。
「あ、あれは……」
そんなことを考えながらも進んでいると、奥の方に何かが見えた。
元々、竜が住処にするだけあって、この洞窟はかなり広い。だけど、その空間は、それを考えても相当広く、人工的に作られた感じがあった。
そして、そんな広い空間の只中にある、不気味な祭壇。
祭壇の上には、古びた石板が置かれており、何か文字が書かれているようだ。
しかし、それよりも異様なのは、その祭壇の周りにいる、数人の人々である。
彼らは、うつろな表情をしながら、祭壇に向かってひたすらに頭を下げている。
集団であるにもかかわらず、寸分違わぬその動きは、祭壇の不気味さもあって、かなり狂気じみていた。
まるで、怪しげな宗教団体が、神様を崇拝するかのごときその光景は、下手なホラーより怖いかもしれない。
「あ、セシル! それにルナにエミちゃんもいるのです!」
そうして頭を下げる中には、シンシアさんの仲間である、セシルさん達の姿もあった。
シンシアさんは、思わず駆け寄って体を揺さぶっていたが、彼らはそれに全く反応せず、ただただ頭を下げるばかり。
洗脳でもされてるんだろうか。あの祭壇が何か関係ありそうだけど……。
「これ、何語ですかね……」
石板には何か文字が書かれていたが、近寄ってみてみても、よくわからない文字だった。
ただ、読もうとしただけで、背筋がぞくぞくするような感覚がする。
この感覚、以前にもどこかで感じたことがあったような気がする。
確か、聖教勇者連盟で、禁書庫に行った時だっただろうか。
あの時は、魔導書を読んでそう感じたんだけど、ということは、この石板もその類ってことなんだろうか?
もしかしたら、悪魔も何か関わっているのかもしれない。
「ハクちゃん、全然反応してくれないのです……」
「とりあえず、鎮静魔法をかけてみましょうか」
この状態が、発狂している状態なのだとしたら、鎮静魔法をかければ少しはましになるはずだけど、果たして。
セシルさん達を含め、全員にかけてみたが、特に反応はなし。
どっちかというと、洗脳だろうか? だったら、浄化魔法の方がいいかな。
続けて浄化魔法をかけてみる。すると、わずかではあるが、動きが鈍った気がした。
「洗脳っぽいですね。あるいは、眷属化されているのかも」
竜の時も、眷属化の状態は浄化魔法で解除することができたし、浄化魔法なら効果があるかもしれない。
そうとわかれば、即実行だ。
何度か浄化魔法をかけていると、セシルさん達の動きが完全に止まる。そして、辺りをきょろきょろと見まわしたかと思うと、シンシアさんの姿を見て、驚いたように声を上げていた。
「シンシア、無事だったか!」
「よかった、はぐれちゃって、心配してたのよ」
「それはこっちの台詞なのです! ほんとに、無事でよかった……」
「ここはどこー?」
正気に戻った様子のセシルさん達を見て、シンシアさんは目に涙を浮かべながら抱き着いていた。
まだ他の人達は正気に戻っていないけど、この様子を見るに、何回もかけてれば元に戻りそうだね。
「ハクがいるってことは、助けに来てくれたのか?」
「はい。無事で何よりです」
「そっちの竜は、なんか見覚えがあるんだけど?」
「それはそうでしょうが、操られていただけっぽいので、どうか許してくれると嬉しいです」
「まあ、そういうことなら仕方ないか」
自分達もこんな感じだったしな、と、竜に同情した様子を見せている。
ここでいきなり殺し合いに発展しなくてよかったと喜びたいところだけど、そうも言ってられないよね。
数えてみたけど、ここにいるのが行方不明者の全員で間違いないらしい。だから、後は脱出すれば、一応の解決ではあるんだけど、それだと結局元凶をどうにもできないというのが問題だ。
このままでは、ポクランの町の人達も安心して暮らせないし、どうにか元凶は排除しておきたい。
恐らく、この祭壇が関係あると思うんだけど、セシルさん達は何か知っているだろうか?
「セシルさん、ここに来た時の状況を覚えていますか?」
「ああ、朧気ではあるが、何となく覚えてる」
そうして、セシルさんはここに来た時の状況を話してくれた。
シンシアさんの話だと、竜と戦っている最中に吹雪が激しくなり、自分だけ町の外に放り出されて、みんなとはぐれてしまったと言っていた。
で、その時のセシルさん達だけど、どうやら気絶させられて、雪山へと運ばれたようだった。
気が付いたら、この洞窟におり、周りには祭壇に向かって頭を下げ続ける行方不明者の姿があった。
だから、どうにか助け出そうと思ったようなのだけど、それよりも前に、ある人物が現れたらしい。
「ある人物とは?」
「人型ではあったが、人かどうかはわからん。シカのような角が生えていて、赤い髪をした背の高い奴だった」
その人物は、セシルさん達に向かって、仲間になって欲しいと言ってきたらしい。
この人物が何者かはわからないが、仲間を攫った奴に仲間になれと言われて頷くわけもなく、セシルさん達は武器を取った。
が、その後の記憶は朧気で、気が付いたら私達に助けられていた、ということらしい。
恐らく、その人物が何かしたせいで眷属化させられ、こうして祭壇に向かって頭を下げるだけの機械にさせられていたんだろう。
いったい何のためにそんなことをさせられていたのかは知らないが、黒幕と思われる人物の目的は、仲間を増やすことってことになりそうだね。
「宗教組織でも作ろうとしてたのかな……」
以前にも、ニグさん関連で似たような組織が出来上がっていたが、流れはそれに似ている気がする。
人々を眷属化して、その忠誠心を利用して崇めさせる。そうして、宗教を作ろうとしていたということなんだろうか。
行動だけなら、確かにありそうな気がしないでもないけど、問題なのは、なんでこんな山奥でやっているかってことだね。
こんな、明らかに辺境の山奥にわざわざ宗教組織を立ち上げたところで、人なんて集まらないだろう。
仲間が欲しいと言っていた割には、場所が悪すぎる。
それとも、ここでなければならない理由でもあったんだろうか?
「……まあ、理由はわからないけど、今は脱出することが先決かな」
元凶について少しでも情報が手に入ったのはいいけれど、いつまでもここにいたら、また眷属化させられてしまうかもしれない。
元凶を排除するのは当然として、まずはセシルさん達を安全な場所に避難させた方がいいだろう。
「この石板は、どうしようかな」
見たところ、なんて書いてあるかはわからないが、魔導書の類であることは間違いないと思う。
解析したら、今回の元凶について、何かわかるかもしれない。
なんか、取ったら呪われそうな雰囲気があるけど、持って帰った方がいいだろうか?
「あんまりそれに触らない方がいいと思うぞ。それは、正気を狂わせる」
「何か知ってるんですか?」
「わからん。だが、よくないものであることはわかる」
まあ、確かに取ったらやばそうな雰囲気ではある。
これが、元凶にとって大切なものなら、取ったら激怒して襲い掛かってきそうだし、脱出を目指す今は、そっとしておいた方がいいかもしれないね。
なら、今は放置でいいだろう。
私はさらに浄化魔法をかけて、他の人も正気に戻していく。
さて、うまく脱出できるといいんだけど。
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