第二百五十九話:竜の住処
竜はしばらくして目を覚ました。
かなりの血を流していたせいか、ぐったりした様子だったけど、治癒魔法が効いたのか、動けないほどではないらしい。
ひとまず、無事だったことを喜ぶとしよう。
〈本当に、重ね重ね無礼な真似を、申し訳ありません……!〉
「気にしないでください。今回も仕方ないことですから」
竜は、こちらが申し訳なくなるぐらいに頭を下げていたが、今はそれを気にしてもしょうがない。
そもそも、この空間の妙な魔力が問題なのだ。
竜でさえ抗えない狂気となると、相手は竜と同等か、それ以上の力を持っているということになる。
この雪山全体が、初めからこの魔力に覆われていたとは考えにくいし、これをやった犯人がいるはず。
一体どれだけやばい存在なんだろうか。ちょっと怖いんだけど。
「何があったか覚えていますか?」
〈は、はい……〉
とりあえず、せっかく合流できたのだから、情報共有をすることにした。
竜は、山の反対側辺りに飛ばされたらしい。
詳しいことは覚えていなかったが、この空間の雰囲気は何となく記憶に刻まれていたようで、ここがすぐにやばい場所だと感じ取ったようだ。
しかし、脱出しようにも、私を置いて逃げたとあっては、エルに何を言われるかわからないから、まずは私を救出しようと、あちこちを探し回っていたらしい。
そして、しばらく飛び回っているうちに、だんだんと不安が溜まっていき、その後はよく覚えていないようだった。
状況から察するに、恐らくは自傷行為の結果なんだろう。敵に出会っていたなら、何か覚えていそうなものだし。
一歩間違えば、そのまま死んでいたと考えると、無事でよかった。
「エルのことは見てないですか?」
〈は、はい、申し訳ありませんが……〉
残念ながら、エルに関する手掛かりはないようだ。
まあ、山の反対側ってことは、入った場所は関係なく、ランダムな場所に飛ばされていそうだし、かなり離れた場所に出る確率が高そうだから、見ていないのも無理はない。
せっかく合流のチャンスだと思ったけど、エルに関しては、地道に探す必要がありそうだね。
「先程から雷のような音が聞こえるんですが、何か心当たりはありますか?」
〈それは私も聞きました。ですが、この山に雷を操る魔物は存在していないと思うのですが……〉
「なら、人間をそのまま獰猛にしたような魔物に心当たりは?」
〈それもないです。ゴブリンですらいませんから〉
となると、あの化け物は、元凶が連れてきた可能性が高いかな?
そして、もしかしたらそいつは、雷属性の魔物なのかもしれない。
いや、魔物と断定するのは早いか。もしかしたら、人の可能性もあるし、悪魔とかの人外である可能性もある。
竜が恐れるほどとなると、最悪神様である可能性もあるかも? ……いや、流石にそれはないか。
「そうだ、例の洞窟はどこにあるんですか?」
〈もう少し上の方ですね。案内します〉
そう言って、竜はついてくるように促してくる。
空を飛ぶのは、と思っていたけど、案外飛んでいても捕捉されることはないようだ。
まあ、発狂していたから放置されたって可能性もあるから、あんまり飛ばない方がいいに越したことはないだろうけど。
でも、竜の体で飛ばずに移動するにはかなり大変なので、ここは必要経費と割り切るしかないか。
私は、竜の後を追って飛び立つ。
「空から見ても不気味ですね……」
空から見下ろしてみたが、空にある赤い月に照らされて、全体的に不気味な雰囲気に包まれていた。
よく観察してみれば、あの時の化け物の姿もちらほら見えるし、山全体が、あいつらのテリトリーと言っても過言ではないのかもしれない。
私達が、森を抜けた後に会わなかったのは、単純に運がよかっただけか。
「不安になったらすぐに言ってくださいね。また発狂されても困りますから」
〈わかりました。ご迷惑をおかけします……」
発狂に気をつけつつ、ひとまず洞窟を目指す。
エルも、先に辿り着いているかもしれないからね。
しかし、洞窟に近づくにつれ、辺りの天候は酷くなっていった。
「この吹雪は、あなたのせいじゃないですよね?」
〈も、もちろんです〉
「となると、元凶の仕業ですかね」
洞窟が近くなるにつれて、雪が降り始め、さらには霧も出始めてきた。
風も強くなり、時折聞こえていた雷の音が断続的に聞こえるようになる。
元凶に近づいているのは間違いなさそうだけど、これほんとに大丈夫だろうか。
私だけならともかく、竜やシンシアさんを守れるだろうか。
ちょっと心配になってきた。
〈あ、あそこです〉
しばらくして、竜がそう言って一点を示す。
吹雪と霧のせいでかなり見えにくいが、確かに洞窟のようなものが見えた。
相変わらず探知魔法が役に立たないので、中の様子はわからないけど、この環境からして、元凶がいる可能性は高そうである。
「吹雪も酷いですし、中に入って見ましょうか」
元凶がいるとなると、不用意に入るのはちょっと危ないかもしれないが、この吹雪の中、ずっと待機しているわけにもいかない。
慎重に耳を澄ませながら、洞窟へと降りていく。
どうやら、中にまでは吹雪は入ってきていないようだけど、入ろうとすると、何かに弾かれてしまった。
「これは、結界ですか?」
見たところ、単純に中に入るのを防ぐための結界が張ってあるようである。
雪が入ってこないようにするため、とも思ったけど、それにしては厳重過ぎる気がしないでもない。
「ますます何かありそうですね」
「どうするです? これじゃ中に入れないのです」
「どうにか解除して見ます。結界は、得意な方なので」
結界は、空間魔法の一種である。
その性質上、結界は長い間その場所に維持し続けなければならないので、局所的な結界はともかく、長期的な結界は割と穴が多い。
もちろん、穴と言ってもそれは些細なもので、言うなれば、針の穴のようなものだ。だから、それで結界の能力が落ちるということはない。
けれど、少しでも穴があるなら、そこを起点に別の魔法を潜り込ませることは可能である。
穴を見極め、そこに完璧に魔法を通す技術があれば、結界を破壊することもできるはずである。
そういうわけで、解析も含めて、色々と魔法を試してみる。
解錠魔法みたいに、すぐに解除できるわけではないけど、それでも何度か試せば、結界が緩むのを感じた。
「後は、これを通して、と」
最後に、魔力を流すと、結界はパリンと音を立てて崩れさる。
何とか解除できたようだ。
雪も鬱陶しいし、早く中に入ってしまおう。
「さて、何が出てくることやら」
もしかしたら、天候すら操っているかもしれない得体のしれない相手。
竜ですら、恐ろしいと感じるようなものなのだから、もしかしたら私の手に負えない可能性もある。
だからこそ、確認しなければならない。行方不明者を助けるためにもね。
そんなことを考えながら、洞窟の中へと進んでいった。
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