第二百五十六話:雪山の結界
翌日。雪原地帯とは言っても、常に雪が降っているというわけではないようで、空は快晴となっていた。
シンシアさんが持ってきてくれた暖房器具のおかげで、特に寒さを気にすることなく過ごすことができたし、こんな厳しい環境での野営としては、かなり充実した目覚めだったと思う。
調理器具を使って簡単な食事を作り、それを食べながら、今日の行動を確認する。
と言っても、雪山に向かう、くらいしか考えていないんだが。
「奥地って言ってましたけど、どれくらい奥なんですか?」
〈頂上近くにある洞窟です。人の足だとわかりませんが、私なら約半日で着けます〉
「となると、徒歩だと一日以上はかかりますかね」
竜の飛ぶ速度は、それぞれの竜にもよるが、馬車よりもよっぽど速い。それを考えると、徒歩なんかで行ったら、余裕で数日かかるだろう。
特に、今から行くのは雪山だ。当然、雪が積もっているだろうし、足を取られることを考えると、数日じゃすまない可能性もある。
まあ、こちらはシンシアさん以外全員飛べるんだし、別に徒歩で行く必要は全くないが。
「今回は、飛んでいきましょうか。シンシアさんは、私が運びますね」
「ありがとうなのです、ハクちゃん」
「それじゃあ、さっそく行きますか?」
「うん。早い方がいいだろうし」
食事を食べ終え、片付けをした後、さっそく向かうことにする。
先導は氷竜に任せ、私達はその後に続くことになった。
念のため、結界を全員に張り、不意の攻撃の対策をした後、飛び立つ。
流石に、上空だと風が冷たいけど、結界のおかげもあって、特に寒さは感じない。
さて、雪山には何があるんだろうね。
「見た感じは、特に何か気配を感じたりはしないけど……」
まだ遠いということもあるだろうが、探知魔法にも、それらしい反応はない。
竜でさえ、恐ろしいと言わしめる何かなら、邪悪な気配を発していてもおかしくないと思ったんだけど、そういうわけでもないんだろうか。
一応、不意の攻撃を警戒しながら、進んでいく。
しかし、すぐに異変は訪れた。
「なっ!?」
突如、先導していた竜が姿を消した。
急な出来事に、すぐさま止まろうとしたが、すぐに止まることはできず、私達も竜が消えた場所へと突っ込んでしまう。
だからなのだろうか、急に辺りの雰囲気が一変した。
先程まで、雲一つない快晴だったにも関わらず、今では赤い月が浮かぶ不気味な空間へと変わっている。
雪山も、雪などはそのままだけど、ところどころに血のような汚れた泥のようなものが散っていて、今ここで殺人事件でもあったかのような様相である。
「これって、結界?」
結界にも色々あるが、結界内のものを外から認識できないようにする結界というものも存在している。
だから、結界内に入ったことによって、急に景色が一変したように見えているんだろう。
遠くから見た限りでは、ただの雪山だったのに、まさかこんなことになっているとは。
明らかに、やばい雰囲気が漂っている。気を引き締めた方がいいかもしれない。
「シンシアさん、無事ですか?」
「大丈夫なのです。でも、他の人の姿が見えないのです」
「そうみたいですね」
辺りを見てみても、竜も、エルの姿もない。
どうやらアリアはいるようだけど、個別で行動していた人達は、みんな別々の場所に辿り着いたってことなんだろうか。
ただ隠しているだけじゃなく、入った者を逃さないための仕組みなのかもしれない。
「探知魔法は……役に立たなそうですね」
探知魔法を見てみても、すべてが真っ赤になっていて、何の役にも立たない。
この赤いのは、魔力だろうか。この雪山全体を、特殊な魔力が覆っているのかもしれない。
これじゃあ、エル達を探すこともできないね。
「どうしたものか……」
こちらが探知魔法を使えないってことは、あちらも同じことだろう。
合流を目指すなら、下手に動かず、来てくれるのを待った方がいい気がしないでもないが、この空間の異常さを考えると、留まりすぎるのも危険な気がする。
変な魔力もあることだし、見つけてもらうのではなく、見つけに行った方がいいだろう。
幸い、こちらは無傷だしね。結界のおかげもあるだろうが、雪が守ってくれたってところだろうか。
エルはともかく、竜の方はまた服従状態にされても困るし、早いところ見つけないと。
「シンシアさん、行きましょう」
「はいなのです」
改めて、場所を確認する。
恐らくだけど、ここは山の中腹辺りだろう。辺りには雪が積もっており、近くには森っぽいものが見える。
例の場所は、頂上付近と言っていたから、行くなら登った方がいいかな。
空を飛ぼうかと思ったが、この不気味な空の中を飛ぶのは、少しためらわれた。
この結界が、入った者を逃さないようにしているなら、空に逃げだす奴は真っ先にマークされそうだし、下手に飛ばない方が身のためかもしれない。
そう思って、私は森の中を進むことにした。
本当は、森の中にも入りたくなかったけど、頂上に向かうためにはここを通るほかない。
敵が出てこないか慎重に耳を研ぎ澄ませながら、シンシアさんと手を繋いで歩いていく。
『ここ、すっごい嫌な雰囲気だよ。鳥肌が立ちそう』
『何か感じるものがあるの?』
『感じるものというか、何かに侵食されていく感じがする』
アリアが、そんなことを言っている。
何かに侵食されるか。
竜が服従状態やら眷属化やらがあったのは、この魔力のせいだったりするんだろうか?
竜の住処はここなんだし、知らずのうちにこの魔力に当てられて、どうしようもない状態に陥った、とか。
だとしたら、私達も長居するのはやばそうだけど。
「早いところ抜けたいね」
慎重に歩みを進める。
今のところ気配はしないが、果たして。
「ッ!?」
「か、雷なのです?」
歩いていると、不意に雷の音が聞こえてきた。
不気味な空とはいえ、雨が降っているわけでもないのに、雷?
音はかなり遠かったけど、耳を澄ませていたせいで、ちょっとびっくりしてしまった。
「敵の攻撃でしょうか」
「わからないのです。一応、先の方から聞こえた気がするですが」
もし、さっきのが何者かの攻撃なら、戦っているということ。
竜やエルがその対象なら、音を頼りに進んでいえば、会える可能性もあるかも。
私は、若干歩みを早める。雪のせいでそこまで早くはならないが、せめて気持ちだけでも。
「は、ハクちゃん、何か聞こえるのです!」
「今度は雄たけびですか……」
雷の次は、何かの雄たけびが聞こえた。それも、今度は割と近くである。
この山には、何か敵がいるのは間違いないらしい。
多少の敵なら、相手にできる自信はあるけど、竜の証言を考えると、油断できない。
私は、いったん進むのをやめ、待ち構えることにする。
果たして、何が出てくるのか。
徐々に近づいてくる雄たけびを前に、緊張が走った。
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