第二百五十五話:氷竜の証言
〈うっ……〉
「気が付きましたか?」
〈ここは……〉
しばらくして、竜は目を覚ました。
状況が理解できていないのか、辺りをきょろきょろと見まわし、そしてエルの姿を見つけると、時が止まったかのように身をこわばらせていた。
竜の谷に住んでいない竜でも、流石にエンシェントドラゴンのことくらいは知っているんだろうか?
特に、エルは氷竜だし、同じ氷竜なら有名でもおかしくはないよね。
〈え、エル様、ですよね? なぜここに……〉
「それはこっちのセリフです。普段、山奥でひっそりと暮らしているはずのあなたが、なぜこんなところまで来ているんですか?」
若干不機嫌そうなエルの態度に、少しびくびくしながらも、竜は答えてくれた。
しかし、竜自身も、なぜこんなところにいるのかはよく覚えていないらしい。
やはり、服従状態や眷属化の影響で、記憶がないんだろうか。
少しでも情報を得られたらよかったんだけど、これは無理そうかな?
「何か、覚えていることはないんですか?」
〈……すいません、よく覚えていなくて。でも、何か恐ろしいものを目にした気がします〉
「恐ろしいもの?」
〈はい〉
竜が恐ろしいものと表現するとなると、かなりやばいものだろうな。
竜脈が乱れていたりするんだろうか?
以前、聖教勇者連盟の竜脈を治す際も、エルがめちゃくちゃ頑張って治していたし、あれと同じレベルのものなら、普通の竜なら手に負えないかもしれない。
しかし、ただ竜脈が乱れていたってだけなら、竜の谷に報告すればいいだけの話だ。
どちらかというと、未知の生き物を見て、恐ろしいと感じたのかもしれない。
服従状態に関しても、誰か主人がいなければ成立しなさそうだしね。
「場所は?」
〈雪山の奥地です。以前までは、特に何もなかったはずなのですが……〉
元々、その場所は竜が住処として使っていた場所らしい。
これと言って特徴があるわけではなく、ただの雪山だったらしいのだが、ここ最近になって、何かが現れたってことなんだろう。
それを見て、竜は眷属化してしまったって感じかな?
でも、見ただけで眷属化なんてありえるんだろうか。それとも、普段から口にしていたものに、黒き聖水のような何かがあったとか?
もしかしたら、クイーンも関わっているかもしれない。ちょっときな臭くなってきたね。
「この町の惨状については覚えていますか?」
〈いえ……ただ、やったのは恐らく私だと思います〉
この町を覆っている氷だが、事前情報でもあった、アイスクリスタルという氷で覆われているらしい。
そして、そのアイスクリスタルの生産には、竜が関わっているようだった。
簡単に言えば、竜が放つブレスが、アイスクリスタルと同等の成分を持っているということだね。
この近くにある雪山は、この竜のテリトリーらしいし、そこで発生する吹雪から作られる氷は、少なからずアイスクリスタルになりうるということらしい。
竜自身、特に意識していたわけではないが、そのせいで町ができたということは認識しているようだった。
だから、町に対してはそれなりに愛着を持っており、間違っても、自分で凍らせるなんてことはないと断言できる。
しかし、こうしてアイスクリスタルで覆われているということは、自分がやったことに他ならない。
努めて冷静に話しているけど、内心はかなり動揺していそうだね。
「何人かあなたに挑んだ人族がいると思うのですが、それについては?」
〈人族、ですか? いえ、記憶にありません……〉
「本当に、ただ操られていただけってことですか」
普通に考えれば、服従って別に記憶を改ざんするようなものじゃないと思うけど、何か特別な力が働いていたりするんだろうか。
竜が記憶を取り戻したのは、こうして目覚めた後のことだったようだし、服従状態になっていた間の記憶はすっぽり抜け落ちているってことか。
なんか少しひかっかかるけど、得られた情報としては、雪山の奥地に、何かやばいものがいるってことくらいかな。
〈……あの、エル様? そちらの人族は誰なんでしょうか。さっきから気になっているんですが〉
「ハクお嬢様を知らないんですか? いや、確かにあなたは滅多に竜の谷には訪れませんし、仕方ないと言えばそうですが」
〈お嬢、え……?〉
「こちらのお方はハクお嬢様。ハーフニル様のご息女ですよ」
〈えええ!?〉
竜は、心底びっくりしたようで、文字通り体を浮かせていた。
エルの人間姿を知っているんだから、私のことも知っているのかと思っていたけど、そういうわけではなかったらしい。
まあ、いくら竜の間で有名でも、竜の谷に来ていなければわからないものかもしれない。
私だって、竜の谷以外に住んでる竜のことはよく知らないし。
〈こ、これは失礼しました。まさかハーフニル様のご息女だとは思わず、飛んだご無礼を……!〉
「いや、気にしなくていいですよ? 操られていたっぽいですし、仕方ないことです」
〈か、寛大なご配慮、ありがとうございます!〉
なんか、いきなりへりくだって来たな。
まあ、竜王の娘なんだから仕方ないっちゃ仕方ないけど、私としては、もっとフレンドリーに接してくれてもいいんだけどね。
地面に頭を擦り付けんばかりの勢いの竜を宥め、ひとまず話を整理する。
竜は、何者かに操られている状態で、この町の惨状も、聖教勇者連盟の行方不明者も、恐らくは竜の仕業だった。
しかし、操られている間の記憶はなく、行方不明者がどこへ行ったかは不明。
ただし、雪山の奥地で何か恐ろしいものを目撃したという記憶があり、恐らくはそれこそが今回の元凶であると推測できる。
となれば、取るべき手段は一つしかない。
「とにかく、その雪山の奥地に行ってみましょう。行方不明者も、そこにいるかもしれませんし」
「そうですね。竜が恐ろしいと表現するほどのものですから、かなり厄介なものがあるのは間違いないでしょうし、準備を整えて、排除してしまいたいです」
「それなら、さっそく向かうのです! 善は急げなのです!」
「いや、もう日没ですし、流石に明日にしましょう。夜の雪山はかなり危ないですし」
行く気満々のシンシアさんだが、流石に夜に雪山に挑むのは怖い。
そりゃ確かに、結界を張っていれば、寒さも魔物の奇襲も気にしなくていいとはいえ、仮にも元凶がいると思われる場所である。
もしかしたら、結界が機能しない可能性もあるし、もし戦闘になるとしたら、明るいうちに戦う方が断然有利である。
気持ちはわかるが、ここは一度待つべきだろう。
「すいません、ちょっと気が急いてしまったのです……」
「気持ちはわかります。でも、それでこちらも遭難してしまったら元も子もありませんから」
「それなら、野営の準備をするのです」
そう言って、シンシアさんは、背負っていたリュックから、様々な道具を取り出す。
どうやら、今回のために色々と道具を作ってきたらしい。
特に、暖房関連には気合を入れたらしく、雪の中だというのに、かなり暖かく過ごすことができそうだった。
やっぱり、シンシアさんは道具を作らせたらピカ一だね。
頼もしさを感じつつ、ひとまず町の外に出て、野営の準備をするのだった。
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