第二百五十四話:灰色の杭
しばらく浄化魔法を繰り返していると、ようやく眷属化の状態が消えた。
ひとまず、問題の一つは解決したけど、これで止まるかどうか。
「……まだ暴れてるよね」
エルの拘束はかなり強力で、運よく逃れられたとしても、すぐさま別の拘束がかけられるので、竜が手を出すことはほぼ不可能である。
飛べているだけましだけど、効率を考えるなら、叩き落としてもよかったかもしれないね。
まあ、それはともかく、眷属化が消えてもなお、竜は暴れ続けている。
いや、拘束が嫌だから暴れてるって可能性もあるから、服従状態の効果なのかはわからないけど。
「エル、会話してみたいから、口の拘束を取って上げてくれる?」
「わかりました」
ひとまず、会話が成立するかどうかを確認してみる。
口の拘束が解かれると、竜はすぐさまブレスを吐こうと構えたが、エルがそれを見逃すはずもなく、思いっきり頭をはたかれて黙らされていた。
眷属化が消えても、服従状態が消えない限りは、やっぱり敵対的なままなんだろうか。
自力で解除してくれたらいいんだけど、それは難しそうだし。
〈落ち着いてください。私は、あなたと話したいだけなんです〉
〈ぐ、ぐ……〉
何とか話しかけてみるけど、やっぱり暴れている。
いや、これはどちらかというと、苦しんでいるって感じだろうか。
さっきまでは、淡々と攻撃してきたように見えたけど、眷属化が消えた影響で、多少なりとも自我が戻ったのかもしれない。
でも、服従状態のせいで思うように体が動かせないってところだろうか。
ちょっと可哀そうなことをしてしまったかもしれない。
「どうにか服従状態を解除できればいいんだけど……」
どのように服従させているのかにもよるんだよね。
例えば、呪いのような感じならば、以前やった、精霊の抱擁で直接魂をいじれば、解除できる可能性もある。
この感じを見るに、力で無理矢理押さえつけているって感じはしないし、そっちの方が可能性あるだろうか。
浄化魔法が効かないのが気になるところだけど、やってみる価値はあるかもしれない。
「エル、精霊の抱擁を試してみてもいい?」
「大丈夫なのですか? かなり暴れてますが」
「何とかするよ。このままだと、可哀そうだし」
「わかりました。なら、一回気絶させちゃいましょう」
そう言って、エルは竜の背に氷の塊をぶつける。
不意の攻撃だったためか、竜はそのまま落下し、道の真ん中に倒れ伏した。
「そ、それはそれで可哀相なんじゃ……」
「ハクお嬢様に危険が及ぶ方が問題です。それに、服従だか何だか知りませんが、竜がそんなものに屈する方が悪いのです」
どうやら、いきなり私に攻撃して来ようとしたことを根に持っているらしい。
確かにその通りかもしれないけど、竜が屈したってことは、相手は相当やばい相手だってことだし、仕方ないことなんじゃないかなぁ……。
まあ、でも、気絶してくれたおかげで、暴れるのを心配する必要はなくなった。
私は、竜に近寄って、精霊の抱擁を試みる。
体が大きいから、ちょっと心配だけど、まあ、多分何とかなるだろう。
「さて、どうなってるか……」
慎重に、竜の体に手を沈めていく。
竜の魂ではあるけど、大きさとかは他の人とそこまで大差はない。しかし、この感覚、何かに染まってる?
ユーリの魂に触れた時もそうだったんだけど、魂の色というか、それが通常とは異なっている気がする。
ただ、ユーリと違って、男女の違いによるものというわけではなく、どちらかというとこれは、精神に関することじゃないだろうか。
私も、魂について詳しく知っているわけではないから、よくわからないけど、これが原因で、行動が変化しているんじゃないかと思う。
つまり、簡単に言えば、この色を元の状態に戻せば、服従状態は解除されるってことだ。
しかし、色を戻すって、どうやるんだ?
呪いのように、呪いの根が張り付いている状態であるならば、それを丁寧に剥がしていけば呪いは解けるけど、そもそも染まっているものを元の状態に戻すって言うのがよくわからない。
絵の具でも混ぜればいいのか? そんなイメージだとしても、絵の具に当たるものがあるわけもないが。
「とりあえず、元の色が何なのかを把握しないとかな」
もしかしたら、元の色さえわかれば、それを基に広げていけるかもしれない。
そう思って、魂の形を再確認する。
すると、途中でなにやら異物があるのに気が付いた。
「これって……杭?」
見えないので感覚でしかないが、杭のようなものが刺さっているように感じる。
もしかして、これが色が変化した原因?
私は、杭を慎重に引き抜いてみる。すると、先ほどまで染まっていた色が、見る見るうちに変わっていくのを感じた。
恐らく、元の状態に戻った?
どうやら、本当にこの杭が原因だったらしい。
後は、これを完全に取り除いてしまえば……。
「……ぷはっ。取れた」
落とさないように引き抜いていくと、ようやくすべてを抜くことができた。
今、私の手の中には、灰色の杭がある。
本来、呪いのような、根のように張り付くタイプのものならば、魂から引きはがした時点で霧散する。
だから、こうやって引き抜いた後も形として残るというのはありえない。
しかし、現に精霊の抱擁をやめた今でも、手の中にあるということは、これがかなり異質な存在だということを物語っている。
見た目は、特に装飾もない杭だ。これで悪魔の心臓を突けば倒せそうな気がしないでもないが、雰囲気はかなり邪悪で、むしろ力を与えてしまうんじゃないかとも思う。
持っているだけでも、ぞくぞくとした悪寒が走るのがわかる。
寒さのせいじゃないだろうし、いったいこれは何なんだろうか。
「ハクお嬢様、大丈夫ですか?」
「あ、うん、大丈夫。多分、これで治ったんじゃないかな」
改めて、【鑑定】で確認してみたが、服従状態が消えていた。
どうやら、無事に治ったようである。
「それが原因ですか?」
「うん。かなり邪悪な何かを感じるけど、なんだろうね、これ」
このまま放置しておいたら、何か良くないことが起きる気がするし、とりあえずこれは封印しておこう。
【ストレージ】にしまうと、邪悪な雰囲気もなくなる。
これについては、後で詳しく調べた方がよさそうだね。
「ハクちゃん、大丈夫なのです?」
「シンシアさん。はい、もう襲ってこないと思いますよ」
竜に気を取られて、ついついほったらかしにしてしまっていたシンシアさんが近づいてくる。
すぐに取り押さえたからいいけど、流れ弾が当たったりしなくてよかったね。
「流石はハクちゃんなのです! 竜でさえいちころなのです!」
「エルのおかげだけどね」
今回、私は何もしてないからね。
同じ氷竜で、多少相性が悪いにもかかわらず、華麗に取り押さえたエルが今回のMVPだろう。
「後は、竜が目を覚ましたら、色々話を聞きたいところだけど」
気が付くと、竜の鱗の色が、鈍色から白に変わっている。
もしかして、あれも何かしらに汚染されていた影響だったんだろうか。
いずれにしても、それがなくなったということは、多分安全になったんだと思う。
念のため、背中の傷は治しておくけど、また暴れたら、その時はまたエルに何とかしてもらおう。
そんなことを考えながら、ほっと一息つくのだった。
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