第九十九話:学校
午前中はサクさんの道場で剣の稽古をし、午後は外壁修理の様子を見に行ったりサリアとダンジョンに潜ったりして過ごす。
アリアは常に一緒にいるから例外だけど、ここ最近で一番一緒にいる時間が長いのはやはりサリアだろう。
危なっかしくて一人にしておけないというのもあるし、友達として寄り添いたいといった手前誘いを断るわけにもいかず、誘われるままに遊びに行っていたらこうなっていた。
サリアにとって、街に繰り出すことは目新しいことがたくさんあって新鮮であり、とても楽しいことらしい。よく、ダンジョンへ行く前や帰ってきてからいろんな場所を探検している。
比較的娯楽の多い中央部はもちろん、外縁部でも露店が珍しいのかよくはしゃいでいるのを目にしている。とはいえ、よく通る道なので粗方目ぼしいものは見終わっており、ダンジョンから帰った後はもっぱら中央部の探検に重点を置いていた。
今日もそうやって当てもなく歩いていたのだが、ふと目の前に現れたのは立派な建物だった。
中央部は貴族が多く住むから建物は基本的にどれも立派なのだけど、目の前にある建物は格が違う。
いくつかの建物群によって形成されているその建物は黒を基調とした外壁で覆われており、一番大きな建物に至っては城とも比肩するような立派さだった。
広いグラウンドも付いており、そこには多くの子供達が集まって何かをやっている。皆同じ服装で、深緑を基調としたローブを羽織っている。
建物の雰囲気と言い、子供達と言い、どうやらここは学校のようだ。
異世界の学校ってこんな感じなんだね。ちょっと豪華すぎるけど、それだけ学業に力を入れてるってことかな?
そういえば、この世界の学校って何歳から入るんだろう?
義務教育ってわけじゃなさそうだけど、遠目で子供達を観察する限りみんな12、3歳のように見える。あれが何年生なのかはわからないけど。
よく見てみると中には見知った顔も多くいることがわかった。というのも、サリアと探検しているといろんな人に出会う機会があり、その中には子供達も含まれているというだけだ。
友達、と言えるかどうかはわからないけど、別にサリアに怯えるわけでもなく普通に接してくれているから悪い子達ではない。まあ、サリアの能力を知らないというのが大きいんだろうけど、これは黙っておく。
「学校みたいだね」
「学校ってなんだ?」
「まあ、学ぶ場所かな?」
ここが何を教えているのかはわからないけど、観察している限りは魔法かな?
遠くにいくつかの的があり、子供達は先生らしき人の指導の下その的に魔法を放っている、ように見える。
魔法学校ってことなんだろうか。だとしたら少し興味がある。
私の魔法はほぼ独学だから、一般的な魔法というものをあまり知らない。せいぜい、詠唱が必要ってことくらいだ。
私の場合は詠唱を必要としないから早さという点では私の魔法の方が優れていると言えるけど、だからと言って一般的な魔法を知らなくていいことにはならない。
敵が魔法を使ってくるかもしれないし、その時に詠唱を知っていれば対処しやすくなるかもしれない。それに、私がまだ知らない魔法もあるかもしれない。
魔法で重要なのはイメージであり、イメージさえできれば実質どんな魔法でも使えるとはいえ、思いつけないものはできないのだから。
「それって楽しいのか?」
「……もしかして、サリアは学校に行ったことないの?」
「ないぞ」
まあ、それも当然か。ほぼ軟禁されていたようなものだし、危険な能力を持っている人物を子供が集う場所に通わせるなんてことしないだろう。
サリアは礼儀作法とかについてもそんなにできないし、本当に孤独に過ごしてきたんだなとわかる。
うーん、誰か教えてくれる人がいればいいんだけど。一応、アンリエッタ夫人が色々教えてはいるみたいだけど、出来ればちゃんとした場所で学んでほしいよね。
とはいえ、今更学校に入れて欲しいなんて言っても通らないだろうな。一時は幽閉も視野に入れられていたのに学校へ行かせるなんてリスクの高いことを許すとは思えない。ちょっとしたきっかけでまた人をぬいぐるみにされても困るし。
もちろん、サリアはそんなことしないと信じているけど、周りがどう思うかが重要だから。こればかりはどうしようもない。
一応、ダメ元で頼んでみるか? いや、それよりも本人の意思が大事か。
「サリアは学校行ってみたい?」
「楽しいなら行ってみたいぞ」
「そっか」
学校が楽しいかどうかはともかく、一応行く気はあるようだ。
サリアはすでに16歳。学校に通うには少し遅れているかもしれないけど、今までできなかったことをさせてあげたいとは思う。
あわよくば学校で多くの友達を作り、もし私がいなくなったとしても寂しくないようにしてあげたい。
うーん、もし断られたらサクさんの道場にでも案内してみようかな? あそこの弟子達なら人当たりもいいし、いい友達になってくれそう。
「少し聞いてみる」
「学校行けるのか?」
「まだわからないけどね」
期待に満ちた表情で問いかけてくるサリアを宥めつつ、考えを巡らせる。
目下の課題は王様だな。うまく説得できればいいけど。
後はアンリエッタ夫人もだけど、こっちは大丈夫だろう。基本的にサリアのしたいことに口を出すような人じゃないし。
能力のこととか年齢のこととか色々問題はあるけど、まあダメ元だしやってみてもいいだろう。
考えているうちにいつの間にかグラウンドの子供達はいなくなっていた。まあ、時間も時間だしそろそろ下校なのだろう。
私達も探検を切り上げ、帰ることにした。
宿の部屋に戻ったところで、私は懐からあるものを取り出す。
結晶質の黒い石。形は様々で、欠片ほどの小さなものから拳大のものまで色々ある。
これは魔石だ。ダンジョンで狩った魔物から採取したもので、本来なら売ってしまうところなのだが、少し気になって少し残しておいたものだ。
魔石とは魔力の結晶で、魔物の体内や鉱山などからとることが出来る。
主に魔道具の材料にされたり魔法の触媒にされたりと使用用途は多く、魔石を専門に扱う商人などもいる。
なぜこれを持ち帰ったかと言えば、少し調べてみたかったからだ。
以前、私は魔法を改良し、日常生活における火を起こしたり水を出したりといったいわゆる生活魔法を編み出した。
魔法は基本的には攻撃という役割であり、日常で使うにはあまりにも不向きだったから。
でも、別にそんなことをする必要はなく、多くの場合は魔道具がその役割を担っていることを最近知った。
当たり前のように使っていたお風呂だって水の魔法の役割を持つ魔道具のおかげで水が出ていたわけだし、ちょっと覗けば厨房で使われている火も魔道具によるものだった。
魔石自体が魔力を持つが故に魔力が少ない人間でも簡単に扱うことが出来ることからも生活するにおいては魔法よりも優れていると言える。
なら、その魔道具とはどうやって作られているのだろうか。
魔道具は水の魔石や火の魔石などと呼ばれるものが最も簡単な構造をしている。見た目には色が違うだけで魔石そのものであり、キーとなる魔力をほんの少しだけ流してやることでそれぞれの属性の魔法が発動する。水が出たり火が出たりね。
この部屋を照らしている照明も光の魔石が使われていることだろう。
だが、本来魔石自体に属性はなく、ただ魔力を持っているというだけの石だ。それがそれぞれの属性の魔石となるには一体どのような処理がなされているのか、単純に少し気になった。
そこで色々実験してみることにしたわけだ。
隣でお姉ちゃんが微笑まし気に見ているのを気にしながら私は魔石を手に取った。
誤字報告ありがとうございます。