第二百五十二話:雪原の町
その雪原地帯の町だけど、名前をポクランというらしい。
アイスクリスタルという、異常に溶けにくい氷が取れるらしく、それで生計を立てていたようだ。
確かに、この世界では氷は割と貴重なものだ。氷の魔石が手に入らない環境であれば、氷室に氷は必須である。
そんな氷を生産していた町なんだけど、二か月ほど前に、聖教勇者連盟に依頼が来たようだ。
内容は、町の近くにある雪山の方で、凶悪な唸り声が聞こえてきたから、調査してほしいというもの。
元々、この町はかなり辺境に存在していて、魔物の被害も多かったようだ。
本来なら、多少の魔物程度なら、聖教勇者連盟は動くことはないけれど、その文面が、鬼気迫るものだったようで、もしかしたらやばいのかもしれないと思い、念のために向かったのだという。
そうしたら、帰ってこなかったってわけだね。
「気温は氷点下を余裕で割るのです。なので、防寒着はしっかりと用意した方がいいのです」
「普通の防寒着では不足ですかね?」
「できれば、それに加えて下に何枚か着ておいた方がいいと思うのです」
正確な気温はよくわからないが、マイナス数十度は余裕で行くらしい。
下手したら凍り付きそうだな。結界を使えば寒さはシャットアウトできるけど、念のため、防寒着はしっかり着ていくことにしよう。
「私はいつでも大丈夫なので、ハクちゃんの準備ができたらいつでも行けるのです」
「そうですか? なら、ちゃちゃっと準備してきますね」
私は、一度転移魔法で自宅へと帰還する。
一応、【ストレージ】には多くの服がしまい込んであるし、防寒着もあるから別に帰る必要はなかったけど、どちらにしろお姉ちゃん達に連絡しなくちゃいけなかったからね。
もしかしたら、一日で調査が終わらない可能性だってあるし、心配をかけないためにも、念のため伝えておくのは大事だ。
「あ、ハク、お帰りなさい」
「ユーリ、うん、ただいま」
家の中に入ると、ちょうどユーリがいた。
私はこれから雪原地帯の町に向かうことを伝える。すると、ユーリは少し心配そうな顔をしていた。
「また前みたいなことにならないよね?」
「それはわからないけど、多分大丈夫じゃないかな」
「ほんとかなぁ」
今のところ、何が原因で行方不明になっているのかはわからない。だから、絶対に大丈夫とは言えないけど、だからと言って行かないわけにもいかない。
ユーリの心配はもっともだけど、私だって、そんなしょっちゅう世界の危機レベルのトラブルに巻き込まれるわけじゃない。
それに、今回は無理をする気はない。カムイからも言われたけど、私がいなくなることで、色々と問題が起こることはわかっているからね。
安全第一、とまではいかないけど、命大事に、くらいで行こうとは思ってるよ。
「ついて行きたいところだけど、流石に雪山じゃ私はお荷物だと思うから、待ってるね」
「なるべく早めに戻ってくるから」
「約束だよ?」
心配そうなユーリに軽くハグをして安心させる。
さて、お兄ちゃん達にも伝えないとね。
私は、ユーリと共に、それぞれの部屋へと向かった。
みんなと、ついでに王様にも挨拶した後、私は再び聖教勇者連盟へと戻ってくる。
そこまで時間は食っていないけど、後数時間で日没ということを考えると、日を改めた方がいいかもしれない。
そんなことを考えながらシンシアさんの下に向かうと、リュックを背負ったシンシアさんが建物の前で待っていた。
「お帰りなのです」
「ただいま戻りました。もう向かいますか?」
「もちろんなのです。準備は万端なのです」
そう言って、背中のリュックを見せつけてくるシンシアさん。
今から行っても、すぐに日没だと思ったけど、シンシアさんはすぐにでも行きたい様子。
まあ、仲間が行方不明なんだし、気持ちはわかるけどね。
いざとなれば結界で寒さは防げるし、町が機能していないのだとしても、野宿くらいはできるだろう。
そういうわけで、転移部屋へと向かう。
今回は、私が行ったことのない場所だから、転移は転生者達に任せる他ない。
すでに神代さんからの許可が下りているのか、スムーズに手続きは終わり、いざ転移。
気が付くと、辺りは雪で覆われた雪原地帯になっていた。
「ここが、ポクランの町ですか……」
「やっぱりここは寒いのです……」
ぶるりと肩を震わせるシンシアさん。
確かに、あんまり気温の変化を感じない私でも、ちょっと寒いと感じるくらいには寒い。
防寒着として持ってきたマフラーで口元を覆い、シンシアさんを抱き寄せる。
雪は降っていないようだけど、離れたらまずいし、なるべく手を繋いでおこう。
「それでは、後は頼みます」
「はい、ここまでありがとうございました」
そう言って、ここまで転移させてくれた人は帰っていく。
ここからは、私達だけで進むことになるだろう。
「シンシアさん、大丈夫ですか?」
「はいなのです。まずは、町の中に入るのです」
そう言って、前を歩くシンシアさん。
手を繋いではいるけど、雪のせいでかなり歩きにくい。
かなり積もっているようで、場所によっては私の胸元辺りまで積もっているところもある。
これは、下手に歩くと埋もれてしまうかもしれないね。
「本当に、凍り付いてるんですね」
町まで行っても、雪の高さは変わらない。全然整備されてない証拠だ。
事前情報で、凍り付いているという話を聞いたけれど、確かにその通りのようである。
道行く人も、まるで一瞬で氷に覆われたかのように、そのままの態勢で凍り付いている。
何らかの原因で気温が下がり続け、それで凍ったというよりは、何かが一瞬にして凍らせていった、と考える方が自然な気がするね。
それこそ、氷竜ならできないことはないだろうけど、そんなことをする意味はない。
一体誰の仕業なのか。
「シンシアさんは、どこで戦ってたんですか?」
「この先なのです。ただ、吹雪いていたせいもあって、正確にどことは言えませんが」
恐らくは町の広場的な場所なんだろう。円形に広い空間がある。
ただ、そのほとんどは雪で覆われていて、戦闘があったかどうかを判断することはできない。
行方不明と言っていたけど、この雪に埋もれていたりしないだろうか?
私はとっさに探知魔法を確認してみたが、それらしい反応はなかった。
死んでいるなら別だけど、あの人達がそう簡単に死ぬとも思えないし、ここにはいないってことでいいんだろう。多分。
「なんでこんなに凍り付いているのか……」
凍り付かせることができる存在がいるとしても、ではなぜ凍り付かせたのかがわからない。
氷竜が、行方不明の原因から守るために凍り付かせたとも考えたけど、そのために町一つを壊滅させたんじゃ意味がないだろう。
それをやるくらいなら、どうにかして町から人を追い出す方がましだ。
となると、凍り付かせたのは行方不明の原因の方ということになる。
氷を司る魔物でもいるんだろうか。何らかの理由で町に近づいてきて、邪魔な町を凍らせた、とか?
流石にそれは強引か。
「何か手掛かりがあればいいんだけど」
とにかく、この町を調べないことには始まらない。
そう考えて、色々と探索することにした。
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