第二百五十話:行方不明事件
第二部第九章、開始です。
あちらの世界に行っていたにもかかわらず、時間があまり経っていないというのは、ちょっと新鮮な気持ちだった。
以前なら、一週間も滞在していれば、秋になっているところだったのに、今は麗らかな風が心地よい春である。
この季節は、町も全体的に活気づいているし、町の外の草原には、ところどころに花が咲き始める頃でもある。
別に、あちらの世界が嫌いというわけではないが、この季節は、家でのんびりと過ごしていても怒られない気がして、ちょっと気に入っていた。
「ハク、いるー?」
「はーい?」
と、家でのんびりしていると、家の玄関がノックされた。
出てみると、そこにはカムイの姿。
聖教勇者連盟に定期連絡をする際に、私の様子も聞かれるらしく、割とよく会う方だけど、逆に言うと、最近はそれくらいでしか顔を合わせていなかった。
だから、定期連絡にはまだ日があるこのタイミングで訪れるのは、ちょっと珍しかったりする。
「カムイ、どうしたの?」
「ちょっと、気になることがあってね。一応、ハクにも伝えておこうと思ったのよ」
ひとまず、応接室に案内し、お茶を用意する。
気になることと言っていたけど、一体何があったんだろうか。
私は、お茶で唇を湿らせた後、話を促していく。
「ちょっと前に、聖教勇者連盟の方に帰ってたんだけどね。その時に、妙な事件があるって話を聞いたのよ」
「妙な事件?」
カムイの話によると、ここ最近、聖教勇者連盟の転生者達が、立て続けに行方不明になっているらしい。
転生者達は、基本的に特殊な能力を持っており、戦闘力はその辺の冒険者とは比べるべくもない。
だからこそ、凶悪な魔物の討伐なんかを任されることもあるのだが、そんな彼らが行方不明のまま、何日も帰ってこないのだという。
これはおかしいと、調査隊を派遣したが、その調査隊も帰ってこないようで、何かやばいものがいるんじゃないかと噂になっているようだった。
「何か凶悪な魔物が現れたとか?」
「そこまで詳しくは聞いてないんだけど、後々考えたら、かなりやばいことだと思ってね。一応、ハクにも伝えておこうかなって」
「確かに、気になるね」
仮に、凶悪な魔物が現れたってなったとしても、転生者達に勝てるかと言われたらそんなことはないだろう。
そりゃ、確かに相性とかもあるだろうし、一度ならそれで運悪く食われてしまった、って可能性もあるかもしれない。
けど、その後に送った調査隊すら帰ってこないとなると、そういうことではない気がする。
そもそも、転生者に勝てるほど強い魔物だとしたら、その魔物が転生者って可能性もある。
以前の事件もあって、そういう魔物にはきちんと確認を取るようにしているはずだし、意識がしっかりしているなら、攻撃をやめるだろう。
あるとすれば、完全に魔物の本能に支配されていて、転生者達を蹴散らした、とかだろうか。
なんにしても、気になる事件である。
「詳しい話を聞きに行ってみようかな」
転生者がどうなっているかはわからないけど、行方不明であるなら、探さないわけにはいかないだろう。
転生者は、強力な力を持っているし、そんな彼らが負けるような何かがあるなら大問題だし、転生者達が何かに操られているとかだったとしても大問題だ。
良くも悪くも、転生者は貴重な戦力であり、無駄に浪費することは許されない。
未だに見つかっていないのだとしたら、こちらも協力した方がいいだろう。
「まあ、ハクならそう言うわよね」
「カムイも一緒に行く?」
「私はいいよ。あいつらにそんなに思い入れないし」
そう言って、カムイは舌を出して苦々しげな顔をする。
まあ、カムイって、聖教勇者連盟ではつまはじき者だったらしいしね。
今でこそ、神代さんやコノハさんのおかげもあって、だいぶ接触しやすい環境にはなったけど、それでも積極的に助けたいとは思っていない様子。
薄情かもしれないけど、そもそも転生者達のほとんどがそんな感じだし、仲間意識を持っているのも一部の人に限るって感じだから、仕方ないかもしれないけどね。
「じゃあ、うまく解決できたら知らせるね」
「うん。もし、何か危なくなったら、真っ先に逃げてよね? ハクがいなくなる方が損失は大きいんだから」
「善処はするよ」
カムイのことだから、私にこのことを話せば、絶対に行くだろうって確信していそうだけど、だからと言って、私が危険な目に遭うのは嫌らしい。
それでもあえて話したのは、少しくらいは、他の転生者のことを許し始めたってことなのかもしれないね。
素直じゃないカムイに代わって、私が詳細を聞きに行くとしよう。
その後、近状報告と雑談をした後、私は聖教勇者連盟へと向かった。
時刻はお昼過ぎ。聖庭は、相変わらず美しく、花壇には色とりどりの花が植えられている。
こうしてみた限りは、そこまで慌てたりしている様子はなさそうだけど、とりあえず話を聞いてみようか。
そう思って、私は神代さんの下へと向かう。
神代さんの部屋に入ると、そこには他にも、コノハさんとシンシアさんの姿があった。
「あ、ハクちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは。お邪魔でしたか?」
「いや、そんなことはないよ。ハクちゃんにも、意見を聞こうかと思っていたし」
どうやら、例の事件について話をしていたらしい。
神代さんとしても、この事件は放置することはできないと思っているようで、なんとか救出できないかと考えを巡らせていたようだ。
それにしても、リーダー的存在であるコノハさんはともかく、なんでシンシアさんが?
いや、転生者に上下はそこまで存在しないけど、あんまり接点はなさそうだけど。
「ハクちゃんは、ここ最近、転生者達が行方不明になっている事件は知っている?」
「はい。その話を聞こうと、ここに来たんですよ」
「それなら話は早いね。今議論しているのは、まさにそのことだから」
そう言って、神代さんはコノハさんに視線を送る。コノハさんはそれに頷くと、説明をしてくれた。
話によると、行方不明になっているのは現在11人。いずれも、同じ場所の探索に向かった後に、行方不明になっているらしい。
その場所というのは、この大陸の北の方にある雪原地帯にある町らしく、その町から、最近雪山の方で凶悪な唸り声が聞こえるから、調査してほしいという依頼を受けて、向かったそうだ。
最初に向かったのは4人で、雪山ということで、火や氷の魔法を扱える転生者を選んだとのこと。しかし、調査に向かってから一週間経っても応答がなく、これは遭難してしまったのかもしれないと考え、調査隊を派遣。
しかし、その調査隊も帰ってこず、現在の11人という数まで膨れ上がったのだそうだ。
「唯一帰ってくることができたのが、ここにいるシンシアってわけ」
「なるほど」
最後に調査に向かったのは、セシルさん率いる、チーム『流星』だったらしい。だが、シンシアさん以外の人は帰ってこず、行方不明者が増えることになった。
唯一帰ってきたシンシアさんの証言を基に、これからどうしようかと議論をしているところだったということらしい。
まさか、知り合いまで巻き込まれているとは。
私は、無表情の裏で、心配で胸を痛めた。
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