第二百四十八話:魔石への欲求
アパートの方だけど、みんな今のところは順調に生活できている様子だった。
まだ正式にではないけど、働き口も決まったようで、後はうまい具合に溶け込めるかと言ったところ。
夏とかでも関係なく、見た目を隠すために厚着をしなくちゃいけないっていうのはちょっと可哀そうだけど、それさえクリアできれば、何とかできそうである。
ただ、この二週間くらいで、多少なりとも問題点も浮上してきているようである。
それが、魔物特有の習性に関してだ。
例えば、冬は冬眠する、とかだね。後は、魔物全般に言える、魔石の摂取欲求である。
一応、【擬人化】によって、みんな見た目は人に近いけれど、その本質はやはり魔物だ。
冬は眠すぎて何もできない人だっているし、逆に暑さや日差しに弱くて外を出歩けないなんて人もいる。
そのあたりは、それぞれの特徴を確認し、最適な人材配置をしていけばまだ何とかなるかもしれないけど、魔石への欲求はかなり深刻だと思う。
魔物が魔石を求めるのは、強さを求めるが故である。
魔石を食らった魔物は、魔石の力を吸収し、自分の力とすることができる。魔石は大きければ大きいほど吸収できる力も多く、それ故に、強い魔物は巨大な魔石を持っていることも多い。
もちろん、みんなは元々人間だし、強さにそこまで執着があるわけではない。けれど、やはり魔物の本能として、欲しいと思ってしまうことはあるようだった。
特に、こちらの世界だと、魔力がないから、少しでも補給しようと考えて、魔石を欲している可能性もあるかもしれないね。
しかし、当然ながら、こちらの世界に魔石など存在しない。
あちらの世界では、魔石と同じような性質を持つものに宝石もあったから、宝石なら、とも思ったけど、こちらの世界には元から魔力がないから、宝石もただの石である。
なので、魔石を用意するためには、必然的にあちらの世界から持ってくる必要があった。
「これは、結構大きな問題だよね」
ここにいる転生者達は、あちらの世界に転生したものの、また元の世界に帰りたいと願い、こうして帰ってきた者達である。
当然ながら、彼らにとっての故郷はこちらであり、できることなら、生活圏はこちらで整えたいと思っているだろう。
しかし、今後魔石が必須となってくると、あちらの世界との繋がりは切っても切れないものとなる。
今のところは、私やローリスさんがそこそこの頻度で来ているから、要望を伝えることもできるし、魔石の調達も可能だろう。
しかし、もし誰もこちらの世界に来られないような状況に陥ったら、彼らは生きていけないことになる。
そもそも、彼らはこちらの世界に住みたいと言っているだけであって、ローリスさん達に何かメリットを提示しているわけではない。その上で、生活を維持するためには魔石を用意せねばならず、その調達を永遠とやって行かなければならないと考えると、ヒノモト帝国にメリットが少なすぎる。
もちろん、今のところは神力の実験も兼ねているし、実際に暮らせるかどうかの確認も兼ねているから、これからもずっと彼らがこちらの世界で暮らし続けるかはわからない。
けれど、続けるのであれば、何かしらのメリットを提示しないといけないのではないだろうか。
強いて挙げるなら、正則さんに対してビジネスを持ちかけることができている点かな?
正則さんの益は、ローリスさんの益でもあると思うし、そういう意味では一応メリットはあるかもしれないね。
「なんにしても、魔石の問題をどうにかしないといけないか」
一応、今の彼らは神力を持っているし、普通の魔物と比べたら、強さへの欲求も少ない。だから、量はそこまで多くなくても大丈夫だろう。
しかし、問題なのは、それがこちらの世界で作れないものだってことだ。
永続的な生活を望むなら、やっぱりそこら辺を用意したいところだけど……。
「まあ、そこらへんは後で考えるしかないか」
魔力のない世界で、魔力のあるものを生み出そうっていうのは、かなり無理がある話である。
それができるとするならば、それこそ神様くらいなものだろう。
そう言えば、こちらの世界にも、神様っているんだよね? そんなような話を聞いた気がするし。
神様なら、何とかしてくれないだろうか。流石に図々しすぎるかな?
「はっちゃん、終わった?」
「うん。大丈夫」
ひとまず、転生者達の要望をある程度聞いて、ローリスさんに伝えることにした。
私も考えないわけではないけど、元々このプロジェクトはローリスさんの発案だしね。
ウィーネさんも頭がいいし、何かしら案を出してくれることだろう。きっと。
アパートを終え、お次は実家である。
一昨日にも行ったけど、帰るというならできるだけ会った方がいいだろう。
すでに時刻は昼過ぎ。ちょっと微妙な時間だったけど、お母さんは快く出迎えてくれた。
「なるほど、またあっちの世界に行くのかい」
「うん。まあ、また帰ってくるけどね」
「無事に帰ってきてくれるならそれでいいさ。しっかりやるんだよ」
お母さんは、そう言って頭を撫でてくれた。
こちらの世界に来ると、どうにも安心してしまうけど、私の居場所はあちらの世界だ。
いくら強い力を手に入れたとは言っても、それが十全に発揮できるシーンばかりでもない。
お母さんの言う通り、しっかりしなくちゃいけないね。
あちらの世界に戻る前に、気合を入れておく。
「あとは、アケミさん達だね」
しばらく、実家でゆっくりした後、アケミさんに連絡を入れた。
学校終わりで申し訳なかったけど、アケミさんはそんなの気にしなくていい、むしろ大歓迎! とテンション高めにはしゃいでいて、駅で待ち合わせることになった。
アケミさん達と買い物するのも久しぶりな気がする。
いや、こちらの世界で考えると、そこまででもないのかもしれないけど、私にとってはね。
あの時は、全部奢ってもらっちゃったし、今回は私が奢れたらいいな。
「あ、いたいた。おーい!」
指定の駅で待っていると、すぐにアケミさん達がやってきた。
学校帰りにそのまま来たのか、みんな制服姿である。
こういうのって、帰りに買い食いとかしてはいけないとかあったような? いいのかな。
「大丈夫大丈夫。そんな校則はないから」
「かなり緩い高校ですしね」
疑問に思っていると、そんな答えが返ってきた。
まあ、露骨にゲームセンターとか行かなければ大丈夫なのかな?
それでも、あんまり遅くなると補導されそうだけど。
いや、補導は私の方が心配しなくちゃか。
「それより、ハクちゃん帰っちゃうの?」
「はい、なので、帰る前に皆さんに挨拶しておこうかと」
「なるほどね。確かに、もう一週間くらい経つし、頃合いなのか」
別に、こちらの世界に来た時は、必ず一週間で帰らなくてはならないというわけではないけど、大体それくらいの日数で収まっている気がする。
時間差があるからって言うのが一番の理由なんだけどね。流石に、あちらの世界を一年放置するのはやばいだろうし。
でも、次からは大丈夫のはずである。
それを伝えると、アケミさん達も喜んでくれた。
「それじゃ、しばらく会えなくなる前に、買い物楽しんでいこうか」
そう言って、みんなで歩き出す。
その日は、日が暮れるまで買い物を楽しんだ。




