第二百四十七話:帰る準備
翌日。いつものように目を覚まし、朝食を食べながら、テレビを見る。
テレビでは、昨日の騒ぎが報道されていた。
どうやら、SNSに投稿された動画を、テレビが取り上げたらしい。
例の警察署の近くでは、空に大きな音を立てる花火が散り、地上では巨大なねずみ花火が駆け、さらには竜らしき謎の物体まで確認されているとあっては、取り上げないわけにもいかないのだろう。
もちろん、それが起こったのはごく一部の地域だけで、多くの人は、捏造だ、とか、合成だろ、とか騒ぎ立てていたけどね。
テレビのコメンテーターも、この動画の信憑性を議論しているし、多分、よくある心霊写真とかと同じように、次第に埋もれていくだろう。
あの日、対応に追われていた警察の人や、その近隣の住人には申し訳ないが、あんまり注目されすぎるのも困るので、そのまま忘れて行って欲しい。
「そういえば、今日で一週間経つけど、大丈夫なの?」
「ああ、そういえばそうだね」
一夜に言われて、滞在期間を思い出す。
元々、今回は、およそ一週間くらいを目途に帰る予定だった。
ルーシーさんに教えてもらった、新しい転移魔法のおかげで、時間の経過を気にしなくてよくなったとはいえ、実際にそれを確認したわけではない。
もしかしたら、うまく行かずに、あちらの世界で半年以上経っているって可能性もあるし、その確認も含めて、今回は一週間くらいで帰ろうってことにしていたのだ。
まあ、こうしてこちらの世界に私の力だけで転移できた以上、多分大丈夫だとは思うんだけど、万が一を考えると、そろそろ帰った方がいいかもしれない。
昨日の配信でも、そのつもりで話していたしね。
「私としては、もっといてくれてもいいんだけど」
「私もできればそうしたいけど、まだうまく行く保障がないからね。一回くらいは、試しておかないといけないんだよ」
もし、これで時間経過が抑えられているとなったら、もっと頻繁にこちらの世界に来てもいいかもしれない。
元々、ローリスさんの計画で、転生者達の面倒は見ないといけないんだし、ローリスさんを連れていくと約束もしている。
例の転移魔法陣を起動するには、多くの魔石、あるいは神力が必要だから、私一人で転移できるんだったら、こっちの方が断然楽だしね。
「まあ、すぐに来てくれるなら、文句は言わないよ」
「ありがとう。そうなると、挨拶しておかないとだね」
別に、こちらの世界では、およそ二週間程度しか経たないとは思うけど、それでも『Vファンタジー』は所在を気にしていたし、最低限そこくらいには報告を入れておいた方がいいだろう。
今回は大丈夫だったけど、報告を怠ったせいで、警察を呼ばれても困るしね。
「また買い物する?」
「んー、どっちでもいいけど」
以前は、もう戻ってこれない可能性も考えて、色々と買いこんだけど、もうこちらの世界に来るのはそう難しいことではない。
であるなら、一夜が満足する以外の目的で、急遽買い物をする必要もない。
まあ、どうせなら、またアケミさん達と一緒に、買い物するのも面白いかもしれないけどね。
コラボはしたけど、プライベートでは全然だと思うし。
「じゃあ、これからアケミさん達のところに行くから、一緒に買い物でもどう?」
「まあ、そういうことなら」
一応、今日は平日ではあるけど、夕方なら時間も空いてるだろう。
まずは『Vファンタジー』に行って、有野さんに報告しないといけないね。
「それじゃ、さっそく行こうか」
「はーい」
準備を整え、部屋を出る。
エルには、お兄ちゃん達の方へ行ってもらうことにした。
今日帰るのなら、準備しておいてもらわないといけないからね。
ちょっと急になっちゃったのは申し訳ないけど、元から一週間程度とは言っていたし、そこまで慌てることはない、はず。
電車に乗り、『Vファンタジー』の本社へとやってくる。
受付に話を通すと、すぐに有野さんがやってきてくれた。
「いらっしゃい、ハクちゃん、それにアカリちゃんも」
「こんにちは。ちょっと、ご報告したいことがありまして」
「なにかしら」
私は、また二週間ほど家を空ける旨を話す。
せっかく、住む場所を手に入れたのに、それをわざわざ放棄するのはどうなんだと思わなくもないが、私にも色々事情がある。
ただ、有野さんには、私が異世界から来たとは伝えてないので、どう伝えるかは苦労した。
一応、しばらく一夜の家に泊まるとか、探検に行くとか、色々考えたけど、どれも苦しい言い訳にしか聞こえないので、冷や汗をかいてしまった。
まあ、それでも有野さんは、納得してくれたけどね。
いや、納得したというよりは、私が裏で何かこそこそやっているのは気づいているけど、それを指摘して関係性を悪くしたくないって感じだろうか。
私は、確かに『Vファンタジー』に所属しているけど、その立ち位置はとても不安定である。
入ってすぐにやめる宣言をしたというのもあるし、下手に束縛して留めておくよりも、私の好きにさせて、罪悪感を抱かせるほうがいいと考えたのかもしれない。
まあ、いずれにしても、助かったけどね。
いずれは、有野さんにも私の素性を話した方がいいかもしれないけど、今はこのまま行くとしよう。
「色々大変なんでしょうけど、困ったらいつでも頼っていいんだからね?」
「は、はい、ありがとうございます」
有野さんは、心配そうな顔でそう言ってくる。
あんまり心配されると申し訳ないんだけどな……。
何となく微妙な気分になりつつも、『Vファンタジー』を後にした。
「あとは、お母さんのところ?」
「一応、アパートの方にも寄っておこうかと思ってる。様子を確認しておきたいし」
あの時は、緊急事態だったから見れなかったけど、こちらの世界できちんと生活できているのか、心配ではあるしね。
まあ、あくまであの転生者達はローリスさんの管轄であって、私がどうこうする必要はないかもしれないけど、同じ転生者だし、少しは気にかけてあげたい。
「じゃあ、先にそっちだね」
「うん。転移で行くけど、一緒に行く?」
「もちろん」
転移での移動は、なんだかんだ気分が悪くなるものだと思うんだけど、一夜はそれよりも、好奇心が勝っている様子。
まあ、実家に行った時もはしゃいでたしね。普通に考えたら、瞬間移動なんて夢のような体験なわけだし、気持ちはわかる。
私は、本社を出た後、人気のない場所に移動して、転移で移動する。
さて、今日中に終わるかね。
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