第二百四十二話:裏の伝手
『あ、もう一回取り調べするみたい。できるだけ引き延ばすけど、なるべく早く助けに来てね』
「あ、ユーリ……」
そう言って、通信は切れた。
これはまずい。非常にまずい。
お兄ちゃん達の身分を証明するのは難しい。一応、あちらの世界の市民証はあるけど、それは何の意味も持たないだろうし。
このままでは、どことも知れない外国に送り帰されることになってしまうかもしれない。
まあ、仮にそうなったとしても、転移魔法を使えば戻ってくることは簡単だし、普段はあちらの世界にいるんだから問題ないと言えなくもないけど、あれだけ目立つ容姿をしている以上、こちらの世界にいる間、不自由をすることは間違いない。
理想としては、どうにか身分を証明して穏便に出ることだけど、こちらの世界に戸籍がない以上、それは難しい。
さて、どうしたものか……。
「……正則さんなら、何とかしてくれないかな」
ふと、ローリスさんの父親の顔が浮かぶ。
あの人、何をやっている人なのかは具体的に知らないけど、ある程度裏の世界に通じていることは確かだろう。
スマホの契約や、銀行口座の開設など、私の身分証もないのに簡単に作って見せていたし、もしかしたら身分証をでっちあげることくらいはできるかも?
「考えていても仕方ないし、電話してみよう」
私は、ローリスさんから貰ったスマホに入っている連絡先にかけてみる。
数コールした後、通話が繋がった。
『こちら一条正則の携帯ですが、どなた様でしょうか?』
「あ、えっと、ハクと申します。正則さんに、相談したいことがありまして……」
電話に出たのは、知らない声だった。
正則さんのスマホを持ってるってことは、付き人か何かだろうか?
初めて会った時も、部下らしき人を連れていたし。
『ハク様ですね。少々お待ちください』
そう言って、一時保留になる。
ちゃんと出てくれるだろうか。話では、日本でも有数の大商家らしいし、もしかしたら忙しくて出られないってこともあるかもしれない。
この手が通じなかったら、いよいよ無理矢理脱出させるくらいしか思いつかないけど。
『あー、もしもし、正則だ』
「あ、正則さん。お久しぶりです」
『おう。相談があるって話だが、何かあったのか?』
私の不安は外れ、ちゃんと正則さんは電話に出てくれた。
私は、すぐさまお兄ちゃん達の現状を話す。
『なるほど、話はわかった』
「それで、できそうですか?」
『そいつの顔写真か何かないか? それがあればできんこともない』
「ほ、ほんとですか!?」
ダメ元で連絡しただけだったけど、まさか本当にできるとは……。
なんか、犯罪に手を染めているようでちょっと落ち着かないけど、今はお兄ちゃん達を助けることが先決である。
ここは、多少無理をしてでも、作ってもらわなくては。
「写真なら用意できます。どうすればいいですか?」
『そうしたら、そうだな。例のアパートがあるだろう? あそこに持っていってくれ。朝倉に回収させる』
「わ、わかりました」
朝倉というと、以前会った時に一緒にいた人か。
その人に渡せば、すぐにでも偽の身分証を作ってくれるらしい。
果たして、そんな簡単に偽造できるのかって話だけど、何かしらの伝手があるんだろう。
最悪、警察の目を逃れられれば何でもいい。とにかく、急がなくては。
《エル、急いで出るよ》
《何かあったのですか?》
《お兄ちゃん達が警察に捕まった。早く助けてあげないと》
《なるほど。わかりました、お供します》
一夜やお母さん達に伝えようかとも思ったけど、こんなこと大っぴらに言えることではないし、急いでいるから、今は黙って出ていくことにする。
後で怒られるかもしれないけど、それはもう仕方ない。
窓から外に出て、転移魔法でアパートへと向かう。
転生者達がこちらの世界で暮らすための拠点。外観は変わっていないけど、きちんと生活できているんだろうか。
気になるところだけど、今はそれを確認している時間はない。
私はすぐさま、大家さんの部屋をノックした。
「おや、あんたは……」
「突然失礼します。あの、朝倉さんはいらっしゃいますか?」
「いや、来てないね。ついさっき、来るって連絡はあったが」
「そうですか……」
流石に、転移魔法で即座に来ただけあって、まだ到着していないらしい。
当たり前っちゃ当たり前だけど、なんとなくもどかしく感じた。
「なにかあったのかい?」
「いえ……あの、外で待っててもいいですか?」
「それは構わないけど……」
恐らく、大家さんも事情は知っていそうだけど、流石に今から偽造身分証を作るんですよ、とは言えない。
少し訝しげな顔をされてしまったが、特に追及してくることはしなかったので、遠慮してくれたのかもしれない。
私はアパートの近くでしばらく時間を潰す。
しばらくして、一台の車がアパートの前に止まった。
「おや、もう来てましたか。遅くなって申し訳ありません」
「いえ、こちらこそ、早く来すぎてしまって……」
「ではおあいこですね。それよりも、例のものは?」
「あ、はい、これです」
私は、お兄ちゃん達の写真のデータを手渡す。
写真に関しては、元々は持っていなかったんだけど、こちらの世界に来た際に、服の問題をどうこうしていた時に、アケミさん達が撮っていたのを送ってもらったのだ。
雑談していた際に、ふと思い出したように送られてきて、少しびっくりしたけど、おかげで写真を確保することは簡単だった。
いざとなれば、念写魔法みたいなのを作って、それで写真を作ってもよかったけどね。
いつもお兄ちゃん達を見ている私なら、そうそうかけ離れたものにはならないだろうし。
「確かに。それと、現状の確認ですが、今お兄さん達はみんな警察に捕まっているのですか?」
「はい。ちょっと、人助けをしたら、その際に身分証がないことに気づかれてしまって……」
「なるほど。それは災難でしたね」
元はと言えば、電車で騒いでいたおじさんのせいである。
そう考えると、そのおじさんに不満が募っていくけど、その人は無事に逮捕されているようだし、罰は受けているだろう。
今はそれよりも、お兄ちゃん達の方が心配だ。
「偽造パスポートを作るには少し時間がかかります。すぐに逮捕とはならないでしょうが、少し時間稼ぎをする必要はあるかもしれませんね」
「時間稼ぎ、ですか?」
「はい。例えば、爆破騒ぎでも起こすとか」
もし、このままお兄ちゃん達が逮捕されるようなことになれば、前科がつくことになる。
仮に、後に解放されるのだとしても、今後日本で過ごすのは難しくなってしまうだろう。
だから、できるなら、まだ容疑をかけられている段階で、身分証を持って駆け付け、遅くなってすいませんが、この人達の身分は保証されていますよー、という展開にしたいわけだ。
もちろん、パスポートを持っているからと言って、詳しく調べられたらばれてしまうかもしれないが、そこらへんはうまくごまかしていくしかない。
最悪、研究中の忘却魔法を試す必要もあるかもしれないね。
そんなことを考えながら、どう時間稼ぎをしようかと思案した。
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