第二百四十話:心配事
「いつでも来ていいとは言ったけどね、まさかこんなすぐに来るとは思わなかったよ」
「あはは……ごめんなさい」
インターホンを押すと、すぐにお母さんが出迎えてくれた。
流石に、電話してからすぐに来るとは思っていなかったらしく、少し窘めるようにそんなことを言ってくる。
まあ、お母さんにも色々準備ってものがあるだろうし、それを考慮しなかったのは確かに失敗だったかもしれないね。
「まあいい。入んなさい」
「うん」
どうやら、今はお父さんは仕事でいないらしい。
さっそく予感が的中してしまったけど、まあ、こればっかりは仕方ない。
「今日は一夜も一緒かい」
「うん。ただいま、お母さん」
「お帰り。全く、全然帰って来やしないんだから」
お母さんはそう言いながら、ミカンを差し出してくる。
一夜も、上京してからはほとんど家に帰ってはいなかったらしい。
確かに、仕事も忙しかったみたいだし、帰るのは大変だったとはいえ、元旦とかは帰ってもよかったとは思うけどね。
まあ、私も帰ってなかったから、人のことは言えないが。
「白夜、嫁さんやお兄さん達に迷惑をかけてないだろうね」
「かけて……ないよ?」
「なんだいその間は。何か思い当たる節でもあるのかい?」
「いや、迷惑ってほどではないと思うんだけどね……」
私は、これまでにあったことを軽く話す。
別に、私がお兄ちゃん達に特別迷惑をかけたとは思っていない。思っていないが、喜んでもらえているかと言われたら、そういうわけでもないと思う。
なにせ、最近離れていることが多かったからね。
学会発表や、シルヴィア達の護衛など、家を離れる機会が多く、結果的に顔を合わす機会が減っていた。
もちろん、夕食時とか、絶対に顔を合わすタイミングはあるけれど、それだけでは不安なのか、よく近状を報告するようになってきている。
私はトラブル体質というか、妙なことに巻き込まれることが多いし、それ故に心配をかけることも多い。
だから、会えないというのは、それだけでみんなを不安にさせるのだ。
今この時だって、危険があまりない世界とはいえ、離れてしまっているしね。
「なるほどね。別に、そこまで気にするようなことじゃないと思うけど」
「まあ、そうなんだけどね。でも、私が同じことをやられたら、不安に思うだろうからさ」
一応、お兄ちゃん達とは、いつでも連絡を取ることができる。
通信魔道具を持たせているし、なんなら転移魔法で直接会いに行くこともできる。
いざという時の備えとして、防衛用のアクセサリーも渡しているし、私が駆けつけられない間に何かが起こるってことはほとんどないだろう。
でも、それは私だからできることだ。
ユーリは転移魔法が使えるからともかく、お兄ちゃん達はそうじゃない。何かあっても、すぐに駆け付けられないというのはやはり不安だろう。
もちろん、そんなの気にしていたら籠の鳥にでもしない限り、安心して過ごすなんてことはできないから、ある程度の妥協は必要だと思うけど、ふと、そんなことを思う時があるのだ。
今では、お兄ちゃん達は守る対象であって、私が守られる側ではないけど、お兄ちゃん達にとっては、いつまでも私は守る対象だろうしね。安全を確認したいと思うのは当然のことだ。
「私がいる世界は、結構死が身近にあるからさ。私も、何回も危険な目に遭ってきたし」
「それなら心配するのは当然だねぇ。それを聞いて、私まで心配になってきちまったよ」
「うっ、ごめんなさい」
「いくら成長しようが、自分の子供を心配しない親はいない。それは兄弟だって同じだろう。だから、できるのは、なるべく心配をかけないようにするってくらいだ」
結局、対策法はそれくらいしかない。
いくら強くなったところで、心配なものは心配なんだから、できる限り報告を密にして、心配かけないようにするくらいしかないのだ。
まあ、わかっていても、うっかり忘れてしまうのが私なんだけどね。
忘れてしまうというか、それ以上にやばいことが起こっているからって言うのはあるけど。
カオスシュラームの時とかが、まさにそんな感じかもしれない。あの時は連絡はできたけど、会いには行けなかったからね。
「一夜も、心配かけてばかりだったからね。一体誰に似たのやら」
「あはは……」
「まあ、無事ならそれでいい。それより、今日は泊っていくのかい? できるなら、お父さんにも会ってやってもらいたいんだが」
「ああ、どうする?」
「私はそれでもいいよ」
「なら、泊って行こうかな」
「あいよ。お父さんも喜ぶね」
その後も、色々と話をした。
私の話すことは、お母さんからすると、夢物語のように聞こえるだろうけど、それでも茶化すことなく、真面目に聞いてくれる。
一夜は、それを聞いて、また異世界に行ってみたいと言っていた。
前から行きたい行きたい言っていたけど、本当にどうしたものか。
以前なら、絶対に行かせないと思っていたけど、今ならば、私には神様もどきの力もある。
防御魔法を始めとした守りを万全にかけ、防衛アクセアサリーも完備し、さらに私がつきっきりでという条件でなら、ちょっとくらいはいいのだろうか。
いやでも、そもそもこちらの世界の人間が、あちらの世界に行って無事であるかどうかもわからない。
近い例で行くと、神代さんがそうなんだろうけど、神代さんの場合、身体能力や耐性がとんでもないことになってしまっていた。
あれが、勇者召喚による弊害なのか、それとも、こちらの世界の人間があちらの世界に行ったら、もれなくそうなってしまうのか、どちらかはわからないけど、もし後者だった場合、一夜を連れて行ったら、とんでもないことになってしまう可能性がある。
今の、私との精霊契約だけでも、結構身体能力が上がっているのに、それにさらに勇者並みの能力を得てしまったら、もう元の生活には戻れないだろう。
それを考えると、やっぱり迂闊に連れていくわけにはいかないかもしれない。
それを伝えると、一夜は不満げな顔をしていたけど、こればっかりは流石に許可するわけにはいかないね。
《ハクお嬢様は愛されておりますね》
なかなか話の輪に入れていなかったエルだけど、お母さんがちょいちょい話を振って、なるべく話に引き込むようにしていた。
エルに関しては、私の育て親のようなものだと伝えてある。
私があちらの世界でも腐らずに成長できたのは、エルの功績が大きいだろう。
今でも、私のことを良く支えてくれているし、本当に感謝しかない。
エルも、お母さんの言っていることはあまりわかっていない様子だったが、通じるところはあったのか、なんだかんだ仲良くなっていた。
形は違えど、親というくくりだからなのかな。まあ、エルはどちらかというと、姉妹って感じがしないでもないけど。
「お、帰ってきたのか」
その後、夕方になると、お父さんも帰って来て、一緒に食卓を囲むことになった。
やはりというか、お母さんの作る料理は絶品である。
私は懐かしさを感じながら、実家の空気を楽しんだ。
感想ありがとうございます。




