第九十七話:サリアとダンジョンへ
サリアは今年で16歳になる。この世界では15歳で成人だからすでに成人しているんだけど、精神的にはまだまだ子供だと思う。
ここ最近、ダンジョンの付き合いも含めて結構な時間をサリアと共に過ごしてきたが、会話の端々から伝わるのはやはりまだ未熟だなというところだ。
ほとんどを家から出ずに過ごしてきたから世間の事情にも結構疎いし、令嬢として身につけられるべき所作なんかも全然できていない。程度で言うならそこらの平民とあまり大差ない。
最低限、目上の人と会った時の喋り方は教えられていたようだったけど、それもあまり使おうとは思っていないようだ。
彼女が目を向けるのは基本的に可愛いものとか珍しいもの、好奇心によってもたらされるものが多い。
どうやって取り入ったのかはわからないが、サリアを祭り上げてボスとしていたあの犯罪組織はそうした欲求を満たすことで密かな援助を受けていたらしい。まあ、それでも資金難であったようだったけど。
まあ、ともかく、彼女は幼いのだ。それこそ、精神年齢だけで言えば私の身体より劣るだろう。
それは環境のせいだったということはわかるし、別に責めるつもりはないけれど、でもこれから生きていく上ではやはり成長してほしいと思う。
事情を知っている人ならともかく、それ以外の人からしたら不自然に思うことだし、いずれ不都合が起きてもおかしくはないから。
だから私はサリアにできる限り自立してもらうように促しているんだけど……。
「なあ、ハク。あれ食べたい」
「また? さっきも食べたでしょう?」
「あれもうまそうだから! な、いいだろ?」
「うーん……はぁ、わかったよ。買っておいで」
「やったー!」
……まあ、自分で物事を考えて行動するのはいいことだ。ちょっと我儘すぎるところはあるけれど、出来ないことまではやろうとしないし。
ただ、何でもかんでも私に判断を仰いでくるのだ。
いや、重要な場面だったり判断が必要な場面で聞いてくる分には別にいい。精神的に幼いサリアはそういった判断がまだできないというのはわかるから。ただ、さっきみたいに些細なことでも私に判断を仰いでくるのはちょっと甘えすぎかなぁとも思う。
他にも、髪をポニーテールにしたのだって聞かれた私がそう答えたからだし、こうして一緒に歩いてるのだって一緒にいたいというから許可した結果だ。
ダメと言ったら少しごねるけど、きっぱり断ればちゃんと言うこと聞いてくれるのはありがたいんだけど、自分の中ですでに決まっていることだったらいちいち私に許可を取らずに自分でやってもいいと思う。
まあ、私が律義に全部答えるのも悪いと思うんだけどね。
問題を起こして能力を暴走させないかも心配だし、何より頼ってくれるのが嬉しいからついつい答えてしまうというのはある。
せっかくできた友達だしね。力になりたいと思うのはしょうがない。
友達として悩みに答えてあげるべきか、自立を促して突き放すべきなのか、そこら辺の線引きができていないのが問題だ。
……まあ、今は無理に突き放すのはよくないかな。王様に言われた件もあるし、今何か問題が起こるのはまずい。しばらくこうして仲良くしてて、少しずつサリアが学んでくれたらそれでいいのかな。
自立も大事だけど、サリア自身が幸せを感じるのも大事だし。うん、そう言うことにしておこう。
「ハクも食うか? うまいぞー」
「あ、うん。それじゃあ貰おうかな」
結局現状維持で収まるんだよなぁ。私も大概甘い気がする。
楽しげに笑うサリアを見て、まあ、それも悪くないかと思うことにした。
今はまだこの関係のままでいい。私より大きくて、年上でもあるけど、かわいい妹分の成長を気長に待つことにしよう。
もう何度も足を運んでいることもあって門番に驚かれることもなくなった。ギルド証を見せ、ダンジョンへと足を踏み入れる。
ダンジョンは基本的にギルドが管理しており、それぞれ危険度によってランクが決められている。入るためにはそのランク以上のギルド証を提示する必要がある。
サリアは冒険者ではなく、ただの貴族だったのだが、私とダンジョンに潜るには不便ということもあり、早々にギルドで冒険者登録を済ませていた。
まあ、入ろうと思えば隠し通路があるから入れないことはないけど、ダンジョン内で魔物を狩って換金しようってなったらどうやって見つけたんだってことになるから正式に入れるならそれに越したことはない。
王都近くにあるダンジョンのランクはC。元々はEだったが、オーガの変異種が出たことによって見直され、Cランクへと格上げされた。
登録したばかりのサリアのランクはFで、普通は入れないのだが、私とパーティを組むという形で入れるようにしている。
長期的なパーティを組むって言うと少し抵抗があるが、臨時のパーティくらいだったらそこまで抵抗はない。それに相手はサリアだし、気兼ねする必要もないからね。
さて、ダンジョン内に入ると奥から漂ってくる冷たい空気を肌に感じる。
落ち着いたとはいえ、ダンジョンには一定の間隔で魔物を生み出す機能がある。定期的に専門の冒険者が間引きをしているが、それでも残った強い個体に出会って危険にさらされるという可能性もある。
そう言った個体を倒せれば大きな魔石が手に入る可能性があって一気に稼ぐチャンスでもあるのだが、基本的には不運に入るだろう。ただ、私達の場合はそういった個体に会うために何度も来ているという節がある。
というのも、私達が求めている魔物の血は魔法の高い適性および耐性を持つ魔物のものだ。普通の魔物の血ではダメ。
それは触媒としての機能が足りなく、ぬいぐるみから元に戻す際に中途半端に戻ってしまう可能性があるからだ。
幸い、今までにそういった戻り方をした人はいないけど、だからこそ気を付けなければならない。
強い魔物は大体ダンジョンの奥の方にいる。最奥ともなると間引きも行き届かないので強い個体が残りやすい。だから、私達は序盤の魔物は無視し、奥地の魔物だけを狙っている。
強い個体と言ってもそこまで恐れるものではない。基本的には奇襲で片が付いてしまうし、何より【鑑定】によってある程度の敵の情報は知ることが出来る。
ポーション作りくらいにしか使えないと思っていたんだけど、最近になって生き物にも使えるということを知った。
【鑑定】って聞くと物品に対してするものだという考え方があったからやってこなかったんだけど、以前【鑑定】をしようとした時、偶然人物を鑑定できたことで生き物にも使えるということがわかり、こうして戦闘にも活用するようになった。
まあ、言われてみれば見たものを【鑑定】することが出来るなら生き物ができても不思議ではなかったか。もっと早く知っていれば役に立つ場面もたくさんあっただろうに。
とはいえ、人に対してはあまりやらないようにしている。なんか、勝手に人を【鑑定】するのは失礼な気がするし。やるのは敵に対してだけだ。
さて、ずんずん進んでいけばダンジョンの壁に生えている発光する石は徐々に少なくなり、やがて暗闇が訪れる。
以前は光魔法の光球を使って照らしていたが、今ではその必要もなくなった。
【暗視】というスキルがあり、これがあれば暗闇でも大体は見通すことが出来る。
何度も暗いダンジョン内をさ迷っていたおかげか、いつの間にかこのスキルを身に着けることが出来ていた。
サリアも同じく【暗視】のスキルを獲得しており、もはや私達にとって暗闇は障害ではなくなった。
ミーシャさんだけはまだ未獲得みたいだけど、私達が【暗視】のスキルを取得したと話すと自分も欲しいといって暗闇に甘んじている。気配察知能力に優れているのか、暗闇でも特に戦闘に支障はないようだった。
奥から魔物の鳴き声が聞こえてくる。この辺りからそろそろ狩っても大丈夫だろう。
私は目に身体強化魔法をかけ、戦闘に備える。
今日はどのくらい狩れるかな。
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