第十一話:宿屋に泊まる
ギルドでの用も済んだので外に出る。終始食い入るような視線に晒されていたせいかなんだか少し疲れた。
待たせていたロニールさんと合流し、無事に冒険者登録できたことを伝える。
「それはよかった。これでハクちゃんも一端の冒険者だね」
「はい。わざわざギルドまで送っていただいてありがとうございました」
頭を下げてお礼を言う。ロニールさん達がいなかったらこうもスムーズにはいかなかっただろう。ロニールさんが私を馬車に乗せてくれたから迷うことなく町に着けたし、リュークさんがいなかったら登録の際にもう少し手間がかかっていたことだろう。二人には大きな借りができてしまった。
「あ、そうだ。これ、報酬です」
先程もらったギルド証から小金貨5枚を取り出してリュークさんに渡す。協力して狩ったのだから分け前は渡さないといけないだろう。そもそも、リュークさんは正式な護衛だし、護衛中に現れた魔物の素材なのだからリュークさんが全額もらうべきなのかもしれないけど、さすがに無一文になってしまうと宿にも泊まれないので半額だ。ちょっと図々しいかな。
「いやいや、それはお嬢ちゃんのもんだよ。俺はほとんど何もしてないし、止めを刺したのも全部お嬢ちゃんだ。ただ一緒にいただけで報酬を受け取るわけにはいかない」
「え、でも……」
「いいんだよ。護衛依頼の報酬はちゃんと貰ってるし、お嬢ちゃんも何かとお金がいるだろう? だから、それはお嬢ちゃんが使ってくれ」
手に持ったお金をそっと押し返し、にっこりと笑顔を返す。
リュークさん、ほんといい人だわ……。
確かに、お金が必要なのは事実。ここで無理矢理渡すのもありかもしれないけど、ここは厚意に甘えておこう。この借りは必ず返す。
「ありがとうございます」
「いやいや」
「それでハクちゃん、これからどうするんだい? 俺は商業ギルドに行くつもりだけど」
「あ、それなんですけど」
商業ギルドというのも少し興味があるけど、いつまでもロニールさんの厚意に甘えるわけにもいかない。当初の予定通り宿の場所を聞くと、私でも泊まれそうな宿の場所を教えてくれた。
数日間は滞在しているので困ったことがあればいつでも頼ってほしいと言ってくれたのは本当に助かる。馬車を引いて去っていくロニールさんを私は見えなくなるまで手を振って見送った。
リュークさんはこれから別の依頼を受けるそうで、再び冒険者ギルドへと入っていった。一人になったところで、早速紹介された宿へと向かってみる。
大通りから少し外れた場所にある一件の宿。料金は一泊銀貨2枚。食事は別料金だそうだ。銀貨10枚で小金貨1枚だから今の手持ちでもそこそこ泊まれる。内装もそこそこ綺麗だし、いいところを紹介してくれた。
受付でひとまず一泊すると告げて部屋を借りる。銀貨2枚の割には部屋も広く、扉には鍵もかけられるようで盗難の心配もなさそうだ。
少し古ぼけたベッドに腰かけると、ずっと姿を隠していたアリアが目の前に現れた。
「ああ、やっと出てこれたよ」
「ごめんねアリア。こんな人の多いところに来て」
妖精はその希少性から人前に滅多に姿を現さない。街で見たという記録も恐らくないだろう。もしあったとしたら、その妖精がどんな末路を辿ったのかは想像に難くない。つまり、街にいる間、アリアはずっと姿を隠していなければならないことになる。
私の我儘に付き合って付いてきてくれていると思うとちょっと胸が痛い。
「いいんだよ。私がハクと一緒にいたいから付いてきたわけだし、ハクはハクの思うがままに行動すればいいよ」
若草色の髪を揺らしながら優しく微笑むアリア。そう言ってくれると私も心がざわつかない。
しかし、姿を消している間は話せないのが少し残念だ。
姿を消している間も声を出せば聞くことはできるから会話しようと思えばできる。けれど、アリアの姿は見えないわけだから端から見たら一人で喋っているように見える。
そんな姿を見られれば怪訝な目で見られてしまうし、話しかけられたらどう言い訳していいのかもわからない。アリアのことを明かすわけにもいかないからね。
小さな声で話せばいいのだろうけど、人混みのざわざわしている場所ではそれもやりにくいだろうし、何かいい方法はないだろうか。
「姿を消していても話せたらいいんだけどなぁ」
「まあ、私も退屈だしねぇ。それだったら、【念話】でも使ってみる?」
「【念話】?」
「そう。思っていることを相手に伝える時に使うスキルだよ」
なるほど。思っていることがそのまま伝わるならば確かに声に出す必要はない。
「どうやって使うの?」
「そんなに難しいことじゃないよ。魔法と同じで、伝えたい言葉を構築して相手の元に届けるだけだから。ハクならすぐにできるようになるんじゃないかな?」
例えば、と前置きをすると、頭の中にアリアの声が響いてきた。アリアの口元を見ても全く動かしていない。今のが【念話】?
得意げな表情を浮かべるアリアに促されて私の方でも実践してみる。
魔法を使う要領で、頭の中に伝えたい言葉を思い浮かべる。それをアリアの元に届けるように道筋を作り、押し出すように言葉を飛ばす。
『こんな、感じ?』
『そうそう! やっぱりハクは優秀だね。あっさりできるようになっちゃった』
口を動かしていないのに相手の言っていることがわかるというのは何だか変な感覚だけど、やはり言葉を交わさずに話ができるというのは便利だ。アリアとより親密になれたようで少し嬉しい。
とはいえ、毎回こんな時間かけて構築してたら会話はままならなそうだ。これは要練習かな。最終的には普通に話すのと同じくらいの速度でできるようになりたい。
しばらく【念話】の練習がてらアリアと話していたら晩御飯の時間になった。食堂に行くと、多くの宿泊客で賑わっていた。
食事は宿泊代に含まれていないので料金を払い、席に着く。しばらくして運ばれてきたのは豆のスープだった。付け合わせとしてパンが置かれている。
できればお肉が食べたかったけど、文句を言うわけにもいかない。食べられるだけありがたいことだ。
手を合わせてからスープに手を付けると、うん、悪くない。村で食べたような薄いスープではない。ちゃんと味が滲み出している。パンも柔らかくておいしい。
少し質素だけど、この料金で食べられるのなら十分すぎるだろう。美味しい料理に舌鼓を打ちながら食べ進め、すぐに完食した。
ふぅ、アリアにも食べさせてあげたいね。でも、アリアは食事の必要はないって言ってたし、食べられないのかな? だとしたらちょっと残念。
食事の後はお風呂に向かう。浴場がない宿屋もあるみたいだけど、ここにはあったようだ。そこまで大きくはないみたいだけど。
お風呂なんていつぶりだろう。魔法が使えるようになってからはちょくちょく水で体を洗ってたりはしたけれど、湯船なんてなかったし、まともにお風呂に入るのは初めてかもしれない。
体を洗ってから湯船に身を沈めるととても気持ちがいい。旅の疲れが洗われていくようだ。
前世ではお風呂に入るのが面倒くさいとか思ったこともあったけど、無くなってからやっぱりお風呂は必要だと気づいたよね。お風呂最高。
久しぶりのお風呂を噛みしめるように長湯していたら少しのぼせてしまった。
ふらふらとしながら部屋に戻るとアリアが呆れたような顔をしていた。
しょうがないじゃん、気持ちよかったんだもの。
そのままベッドに横たわると、旅の疲れもあってか、早々に眠りに落ちた。