第二百三十話:配信を終えて
その後も、筆の人は私の前から動く様子はなく、邪魔をし続けた。
制限時間が残り少なくなれば、多少なりとも動くかなと思ったんだけど、そんな様子もなし。
おかげで、コメント欄は荒れに荒れて、この人を特定しようという動きまで出始めてしまった。
「結果は、一応勝ったみたいだね。お姉ちゃんが頑張ってくれたおかげかな?」
(コメント)
・いや、ハクちゃんもめちゃくちゃ頑張ってた
・アカリちゃんが強くて敵が出てこれなかったのは確かだけど、抜けてきたのを的確にキルしてたのは凄いと思う
・よくこんなお邪魔キャラがいながら当てられるよな
・最後まで邪魔しまくってたな、この筆
リザルトを見る限り、本当に何もしていなかった。
筆は、基本的には塗りが強い武器で、高い機動力を生かして、相手を攪乱しながら敵陣を荒らしていくっていうのがよく見る戦法だけど、この人は私の前から退かなかったので、ほぼ塗っていない。
真面目に塗っていれば、1000ポイント以上は余裕で稼げる武器なのに、結果はわずかに300ポイント程度。ほんとに、なんで試合に参加しているのかわからなくなるレベルである。
「まあ、ちょっと悲しいすれ違いはあったけど、結果的に勝てたから良しってことにしておいて」
「ハクは甘いわね。こういうのはちゃんと通報しておかないと、また被害が出るわよ?」
(コメント)
・その通り
・多分こいつと当たったことあるかも。その時もハイドラに粘着してた
・わからせないといつまでも反省しないからな
・フェスっていう楽しい場所で利敵する意味がわからん
・利敵するくらいなら回線切って落ちればいいのに
・それはそれで腹立つけどな
一夜もリスナーさんも、こういうのはきちっと対応しなくちゃいけないと思っている様子。
配信者が名指しで通報してもいいものかと思わないことはないけど、悪を放置するのは確かにだめだし、一応しておいた方がいいか。
「わかった。通報はしておくね。でも、この話はこれでおしまい。次からは、あの人のことは忘れて、楽しんでいこうね」
(コメント)
・天使かな?
・ハクちゃんは優しすぎる
・まあ、せっかくの配信で嫌な思いしたくないし
・敵で会ったらぼこしとくわ
・楽しんでいこうって言ってるだろ
・この話はこれで終わり、閉廷!
幸いにも、一度部屋を抜けたら、次からはその人とマッチングすることもなく、平穏にプレイすることができた。
新しい武器もたくさん試せたし、リスナーさんも楽しんでくれていたようなので、配信としては成功と言っていいだろう。
一時はどうなるかと思ったが、無事に済んでよかった。
「それじゃあ、えいえんも達成したし、今回はここまで。みんな、見てくれてありがとうね」
(コメント)
・楽しかった
・ああ、終わってしまう……
・ハクちゃんもアカリちゃんも強かった
・楽しかったぜー
・こちらこそありがとう
「お疲れ様でした。バイバイ」
最後の挨拶を終え、配信を終了する。
久しぶりにこのゲームやったけど、やっぱり楽しいね。
「お疲れ様、ハク兄」
「一夜もお疲れ様。結構長引いちゃったね」
勝率としては、結構勝っていたつもりだったが、それでもステージや編成の運によって負けることもそれなりにあった。
まだ日付は超えていないけど、二時間ちょっと集中しっぱなしだったということもあって、若干目に疲れがある気がする。
「これくらいなら許容範囲でしょ。それよりも、エルさんが退屈だったかなって心配だったんだけど」
「ああ、それはそうだね。エル、待たせてごめんね?」
《いえ、見ているだけでも楽しめましたから》
エルは、ずっと後ろで待機してくれていた。
先に寝ててもいいとは言ったけど、やっぱり気になるのか、ずっと見ていたようだ。
まあ、待つことには慣れているだろうけどね。
《エルもやってみる?》
《私は……その、後ほどやらせていただきます》
ちょっとうずうずしている感じだったけど、流石に今からやろうとは思わなかった様子。
私達が長時間プレイした直後だったから、遠慮したんだろうか。
まあ、その気になればあちらの世界でもできるし、それでもかまわないだろう。
……いや、流石にオンラインゲームは無理かな? マッチングしないだろうし。
「それにしても、利敵に会うとはね」
「ああ、あれね」
一夜の話によると、利敵って、割といるらしいんだよね。
今回みたいに、フェスでやってくるのはなかなかいないけど、ガチとかでやってくる奴はそれなりにいるようだ。
ガチは、勝敗によってポイントが左右されるし、昇格戦ともなると、負ければ昇格できないことになるので、非常に鬱陶しい存在である。
普通にプレイすればいいのに、何が楽しんだろうね?
似たようなところで、高速でびちびちするなど、煽り行為もあるみたいだけど、友達同士のじゃれあいとかならともかく、公の場でやる理由がわからない。
「あそこまで露骨なのは私も初めて見たけど、実際やられるとむかつくよね」
「まあ、あれくらいだったら適度に難易度上がってよかったけどね」
正直、私がチャージャーを持つと、ほぼ確実に当てられる。
もちろん、目に身体強化魔法をかけたり、集中して狙う必要はあるけど、雑に狙ってもそこそこの確率で当たる。
なので、通常の状態だと、難易度が低すぎるのだ。
まあ、当てられるからと言って、イコール全勝できるかと言われたらまた違うけど、ああやって邪魔してくれたおかげで、適度に難易度が上がり、面白みが増したのは確かである。
だから、何やってんだろうとは思うけど、それに怒り狂うとか、そういう感情は浮かんでこないのだ。
と言っても、ハクになる前の私だったら、こうはいかなかっただろうけどね。
「やっぱり魔法ってチートだよね」
「この世界ならそうかもね」
その気になれば、もっとうまいプレイもできたわけだし、魔法の恩恵は大きいだろう。
あんまりやりすぎて、またチートを疑われるのはごめんだけど、そう言いたい人の気持ちはわかる。
魔法が空想上の存在として広く知れ渡っているのも、そういう憧れから来るものもあるかもしれないね。
「ちなみに、私も魔法使えたりしない?」
「多分無理じゃないかな。魔力を持ってないし」
「そっか。まあ、そうだよね……」
一夜に魔法を教えるっていうのは面白そうだけど、流石にこちらの世界の人間が魔法を使うのは難しいだろう。
まあ、神星樹の実を食べさせて、無理矢理魔力を身に着けさせるとかすれば、もしかしたらできるかもしれないけど、そこまでして魔法を覚える必要はないように思えるし。
そもそも、一夜は私との精霊の契約によって、身体能力では通常の人間よりも優れている状態である。
今更魔法なんてなくても、十分だと思うけどね。
まあ、それとこれとは話が別なんだろうけども。
色々と雑談しつつ、後片付けを済ませる。
またいつものように、一夜と一緒にベッドに潜り、眠りにつくのだった。




